第79話 もう1人の妹
涼と海の行き先を決めた夜、奏はまどかと通話していた。
「それで、そこの海に行くことにしたんだけど、どうかな」
『いいんじゃないかな。花火大会もあるし、楽しそう』
「うん、きっと楽しいと思うよ。それで、宿なんだけどね。全然とれなくて、やっと見つかったのが、4人部屋1つだけだったの。涼君と一緒の部屋になっちゃうんだけど、まどかは大丈夫?」
『涼君と一緒なの?』
「うん、ダメかな?」
『私は大丈夫だよ。でも、涼君と一緒かあ。ドキドキしちゃうかも』
「うん、私もドキドキしちゃうと思う」
『私、涼君誘惑しちゃおうかな』
「ダメに決まってるでしょ」
『冗談だよ』
「もう、変な冗談やめてよ」
『でも、2人の部屋だったら、するかもよ』
「え、本気で言ってるの?」
『ふふ、今はまだ冗談だよ』
「今は、なの?」
『うん、奏は早く態度を決めてね。私だって、涼君はいいなって思ってる1人だよ。今は、奏を応援してるけどね』
「う、うん」
『涼君は、今フリーだってこと忘れないでね』
「わ、分かった」
空気を変えるようにまどかが明るい声で言う。
『花火大会ってことは、浴衣着て行きたいね。でも無理だよね。旅先だし』
「あ、それなんだけど、涼君が浴衣を宿に送っちゃおうって言ってたの」
『あ、それいいね』
「ちなみに、涼君も浴衣を着る予定だって」
『涼君の浴衣見てみたい』
「ねー」
『じゃあ、水着だけじゃなくて浴衣も買いに行かなくちゃ』
「うん、涼君と天音と買いに行く予定なんだけど、まどかもどう?」
『うん、行きたい』
「涼君には水着も浴衣も現地まで見せないけどね」
『それがいいね。現地で反応みたい』
「ね」
『じゃあ、あとは親にどう言うかね』
「やっぱり、男の人と同じ部屋だと、反対されるよね」
『どうかなー。奏と天音ちゃんと一緒だって言えば、涼君と一緒でも文句なさそうなんだけど。いっそ、黙っておこうかな』
「うーん、何かあった時のために、言っといたほうがいいよ」
『そうだよね。親はどう言うかな? もし、反対されちゃっていけなくなったらごめんね』
「それは仕方ないよ。残念だけどね」
『よし、じゃあ、まだお父さん帰ってないし、先にお母さんに話してくる』
「うん、頑張って、まどか」
『ありがとう。結果は明日言うよ。それじゃあ、おやすみ』
「おやすみ」
通話を切って、スマホを机の上に置く。
「まどか、大丈夫だったらいいけど」
先ほどのまどかとの会話を思い出し、1人呟く。
「まどかは涼君のことが気になってるんだな。でも、私に気を遣ってるんだろうな……私はどうなんだろう」
奏は、自分の中でいまだに整理がついていない気持ちに少し焦りを感じる。
「大山君が好きって言う気持ちは、もう残っていないはず。でも、涼君に怪我を負わしたことを怒ってはいるけど、幼馴染の時の弟に対しているような情は少し残っていると思う。
だから、こんな気持ちで、涼君に好きって言う感情を向けるのは悪いと思う。
だけど、涼君の周り、これからも女の子増えそうなんだよね」
いっそ、自分勝手に告白できればと思う。でも、それではきっと涼に対する罪悪感が生まれてしまうだろう。
奏は涼と付き合うにしても、スッキリした気持ちで付き合いたいと思った。
「自分の中でいつ整理つくんだろう」
奏は、ベッドにダイブした。
「ほんと、ままならないって言うのかな。こういうの」
同じ頃、涼はかかってきたスマホの画面を見て、顔を綻ばせていた。
「もしもし」
『もしもし、お兄ちゃん?』
「ああ由佳、久しぶり」
『もう、全然連絡くれないんだもん。いとこのこと忘れちゃったの?』
「ごめんごめん。なんだかんだ忙しくてな」
『おばさんの49日の時ぶりだね。元気にしてた?』
「ああ、元気だよ」
『うん、そんな感じする。電話の声が明るいもん』
「そんなに違う?」
『うん、5月の頭に話したときは、すごく辛そうだったから、電話するの悪いと思って、控えてたんだ』
「ああ、気を使わせて悪かったな」
『いいよいいよ。それくらい気を使わせて』
「ありがとうな」
『うん』
「ところで、今日はなんか用あったのか?」
『お兄ちゃんの声を久しぶりに聞きたかったのと、お母さんがそろそろお兄ちゃんの顔を見に行きたいから、予定を聞いておいてだって。週末で、空いてる日ある?』
「今週はもう埋まってるんだよな」
『え? デート、とか?』
「いや、投資物件を見に行くのと、知り合いの子のバスケの練習試合の応援に行くんだ」
『お、お兄ちゃん、知り合いがいたんだ』
「人をなんだと思ってるんだ?」
『だって、お兄ちゃん、少なくとも中学時代に友達はいなかったよね』
「そ、それはそうだな」
『知り合いって、女の子?』
「そうだよ、中2の女の子」
『ガーン! お兄ちゃんに女の子の影が』
「ガーンって口で言うかよ」
『も、もしかして、投資物件を見に行くのも1人じゃないとか?』
「そうだよ、一緒に行く人がいる」
『そ、それは、もちろん男性だよね』
「女の子だよ。同級生」
『ガガーン! お兄ちゃんがモテてる』
「モテてるって、あのな。まあ、確かに最近は女性が周りにいることがあるけど」
『そんな、お兄ちゃん、本気出しちゃったの?』
「本気って……まあ、髪切ってメガネも外したけど」
『うわーん、このすけこましー』
「人聞きが悪いこと言うな!」
『ちなみに、投資物件見に行く人はどんな人?』
「ああ、さっきの中2の子のお姉さん。いつもうちに来てバスケやったりボルダリングやったり、勉強したりしてるよ」
『何それ、付き合ってるの?』
「付き合ってないよ」
『嘘だ! 隠さないでよ』
「隠してないって」
『本当?』
「うん」
『それならいいけど。早くお兄ちゃんのうち行かないと。お兄ちゃん、いつ行けばいいの?』
「そうだな、来週はテスト前だな」
『私もそう』
「じゃあ、再来週の土日だったらどっちでもいいよ」
『分かった、お母さんと泊まるね』
「え?泊まるの」
『うん、お母さんに言ってないけど、決めた』
「いや、まず相談しろよ」
『いいの、お母さんがダメなら1人で泊まるから。そのほうがお兄ちゃんとイチャイチャできるしね』
「イチャイチャは恥ずかしいな」
『早く会いたくなってきた?』
「そりゃ早く会いたいよ。由佳だからな」
『わあ、嬉しい』
「じゃあ、再来週だな」
『うん、それまで、他の女に手を出しちゃダメだよ』
「別に手を出してないし、由佳にも手を出さないよ」
「お兄ちゃんのいけず」
「いけずって」
「じゃあね、お兄ちゃん」
「ああ、おやすみ」
涼はスマホをソファーの上に投げた。
「そういえば、由佳と久しぶりに楽しく話したな。今まではそれどころじゃなかったし。由佳にも気を使わせてたんだろうな。今度来たら埋め合わせしたいな」
涼は、由佳が来る時を楽しみにするのだった。




