第55話 奏にとっての初戦
奏が教室に入ると、多くの女子生徒が声をかけてきた。
「栗山さん、おはよう」
「おはよう」
「あの、ね、栗山さん。羽山君の具合はどうだったの?」
(一昨日まで誰も涼君に関心を持たなかったのに……)
「ええ、今のところは大丈夫そうよ」
「本当、良かった。私、あの時見てたけど、すごい音がしていたから心配だったんだ」
「そうなのね。1週間くらいは運動をしない方がいいって言われているけど、月曜日からは普通に来れると思うよ」
「そうなんだ。良かった」
女子たちはそれを聞いて口々に安堵している。
それから、涼の昨日の活躍やイケメンに変化したことなどを興奮して話している。
今までの涼への態度を考えて、イラつきながら笑顔で彼女達を見る奏。
「そろそろ荷物下ろしに席に行くね」
「あ、うん。引き留めてごめんね」
自分の席に行くと、奏の後ろの席にまどかが座っていた。
「おはよう、まどか」
「おはよう、奏」
「昨日は先に帰っちゃってごめんね」
「気にしないで、仕方ないよ。それで、涼君は大丈夫?」
「ええ、今朝も普通に起きていたし、問題なさそうだよ。まだ経過は見ないといけないけど」
「そっか、安心したよ。昨日はひどかったよね」
「うん、本当に。心臓が止まるかと思ったよ」
「でも、なんでもないなら良かった」
「うん、まあ続きは試合の合間にでも話そう。もう体育館に行かないとでしょ」
「そうだね」
すると、向井がやって来た。
「栗山さん、おはよう」
「向井君おはよう」
「羽山はどうだった?」
「涼君はとりあえず今のところは大丈夫そうよ。経過は見ないといけないけど」
「そうなんだ。良かったよ。それじゃあ、俺はもう行くね。3回戦の第一試合なんだ」
「頑張ってね」
「まあ、羽山がいないからどこまでやれるか正直わからないけど、頑張るよ」
「頑張ってね」
「うん。が、頑張るからさ、よ、良かったら、応援してくれたらなって思うんだけど」
「うん、応援してるね」
「本当! 頑張るよ。じゃあね」
笑顔になって走り去る向井。
ジトっとした目で奏を見るまどか。
「な、何? まどか」
「奏、あんなこと言っていいの?」
「応援するってこと? クラスメイトなら当然じゃない?」
「そうなんだけど、変な気を持たせちゃってるってこと」
「え? そうだったの。涼君と仲良く話してたから、応援はしたほうがいいかなって思って」
「まあ、今のは仕方ないね。さ、私たちも行こ」
着替えてから、ギャラリーで1組男子の試合を見ている奏とまどか。
退屈であくびを噛み殺しながら応援する。
すると、まどかが小声で言う。
「やっぱり涼君がいないと、素人丸出し集団って感じで、面白くないね」
「うん、涼君がいた時は、涼君の指示でみんな動いてたから、それなりに見れた動きだったけどね」
「だよね。そういえば、涼君は今頃どうしてんだろ」
「ああ、今は経過を見ないといけないから、妹の天音が一緒にいるよ」
「ええー、2人っきりなの?」
「そうよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それを言うなら私は昨日から今朝までずっと涼君と一緒だったんだし」
「え? 一緒だったの?」
「うん、まだ目が離せなかったからね」
「涼君ちに泊まったってことだよね」
「そうだよ」
「ちょっと、そこのところ詳しく」
まどかがすごい圧で、奏に迫ってくるものだから、奏は上半身を仰け反らして避けようとするも、まどかに両手を掴まれて逃げられない。
「話すから、まどか落ち着いて」
「分かった、包み隠さずに話してよ」
奏は、昨日体を拭いたことや同じベッドで寝たことを話した。
もちろん、抱き合って寝たことは伏せてある。
「同じベッドで?」
「まどか、声が大きい」
「ごめん。同じベッドに寝たのに何もしなかったの?」
「う……うん」
「何、今の間は。奏何か隠してるでしょ。ほら、早くしゃべって楽になりなさい」
取り調べ中の警察のようなことを言ってくるまどか。
かわせそうになくなったので、仕方なくベッドの中での一部始終を話した。
「あなた達、本当にまだ付き合ってないの?」
「付き合ってないよ」
「もう、ほとんど彼氏彼女じゃない。抱き合って寝ちゃってるんだよ。
もう、事後の恋人達みたいじゃない」
「まどか、言い方」
「それで、その先は本当になかったの?」
「うん、なかったよ」
「それはおかしいよ。高校生男子がそれで我慢できるものなの?」
「いや、涼君は昨日怪我人だったし」
「それもそうか。それで、奏はどうだったの?」
「どうって?」
「涼君に抱かれて寝たんだよ。その感想は?」
「うん、すっごく安心した」
「どきどきはしなかったの?」
「どきどきもしたよ。最初は寝れなかったもん。
でも、なんだかりょう君に抱きしめられていると、すごく守ってもらってる気がしてきて、本当に心地よかったの」
「そうなんだ。羨ましい」
「え? 何? まどか」
「ううん、なんでもない。それで、奏の気持ちは何か変わった?」
「気持ちって、涼君に対する気持ちのこと?」
「うん」
「すごく信頼できる人って感じかな。大切な人よ」
「好きって気持ちじゃないの?」
「うん、まだそこがよくわからないんだ。
好きは好きだと思うんだけど、そう簡単に好きになってはいけない気もするし」
「奏が考えすぎているとは思うけどね。それ以上は言わないわ」
「うん」
ちょうど、1年1組男子の試合が終わった。18対30で負けたようだった。
「男子負けちゃったね」
「まあ、仕方ないよね」
「私たちも試合だから、下に降りようか」
「そうね」
フロアに出ると、向井たちが引き上げて来たところだった。
「栗山さん、見ててくれた?」
「ええ、残念だったね」
「うん、悔しいけど羽山がいないとうまく行かなかったよ」
「涼君はシュート力あったものね」
「うん……女子の試合ももう始まるんでしょ。俺、栗山さんを応援してるよ」
「あ、うんありがとう。でも無理しないでね」
「ああ、それじゃあ、頑張ってね」
奏たちは自分たちのコートに向かっている。
それを見たギャラリーが騒ぎ始めた。
「お、今度の女子の試合、栗山さんが出るみたいだぞ」
「お、ついてる。昨日は見れなかったからな」
「栗山さんって、成績優秀だけど、スポーツも万能なんだよな」
口々に奏のことが噂されている。
ギャラリーの注目はほぼ奏に集中していた。
そんな中、クラスにとっては2回目、奏にとっては初戦の開始のホイッスルが鳴った。




