第52話 ベッドで一緒
短パン一枚の涼と温かいお湯で濡らして絞ったタオルを持った奏が向かい合っている。
2人とも緊張のあまり目を合わせられない。
「か、奏、やっぱり自分でやるよ」
「ダメ、私がやるから。大丈夫だよ」
「そうか」
「……」
「……」
「そ、それじゃあ、背中から拭くね。後ろ向いて」
「ああ、分かった」
素直に後ろを向く涼。
涼の背中は逞しい。さまざまなトレーニングを行っているから、十分に鍛えられているためだ。
(広い背中。筋肉も盛り上がっててかっこいい)
思わず素手で触ってしまう。
筋肉の質感はそのままに、弾力があり、柔らかい。
(私と全然違う)
さわさわと撫でてみる。
肌はスベスベで、汗をかいたはずなのにベタベタせずサラサラしている。
(気持ちいい手触り。涼君は汗かいてもサラサラしている体質なのね。
ずっと触ってられるかも)
「か、奏、く、くすぐったいかも」
「ああ、ごめんね。すぐ拭くね」
(ああ、つい触りすぎちゃった。これじゃあ、痴女じゃない)
奏は、涼の背中を拭き始める。
背中を拭いたあと、腕を持ち上げて拭いていく。
熱めのお湯を絞っているから気持ちいいはずだ。
「どう、涼君」
「ああ、すごく気持ちいい」
「良かった」
「今度は前を拭くね。こっち向いて」
「ああ、分かった」
「涼君は胸板が分厚くて逞しいね」
「そ、そうか。ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
胸を拭き、腹を拭く。
「わあ、腹筋すごい割れてるね。力入れてみて」
「こうか?」
涼が腹筋に力を入れると、はっきりと6つに分かれた腹筋があらわれた。
「すごいすごい。硬いね」
「ああ、腹筋は結構鍛えてるからね」
「私じゃ、こんなにならないよ」
「ハハ、女の子がこんなになるのも少し問題あるんじゃない?」
「ふふ、そうかも。でもいいもの見せてもらっちゃった」
「なんか、恥ずかしいな」
「恥ずかしがらなくていいよ。かっこいいから」
「あ、ありがとう。じゃあ、あとは自分で拭くね」
「足も拭くよ」
「足も?」
「全身拭くって言ったでしょ」
「……じゃあ、頼む」
「うん」
奏は一度お湯で絞り直し、足を拭いていく。
(うわー、太腿も脹脛も逞しい。涼君って、本当に均整のとれた体をしてるな)
「はい、終わり」
「ありがとう」
「あ、でも」
奏が赤くなって、イタズラっぽい上目使いで言う。
「もし、涼君がして欲しいなら、パンツの中も拭いてあげるよ」
「っ! い、いいから」
「ふふふ、冗談よ。本気にしちゃった?」
「あー。もう。やめてくれよ、そういうの」
「ごめんね。私、シャワー浴びてくるから、残り拭いといてね……パンツの中とか」
「いいから、早くシャワー行きなよっ!」
涼は顔を真っ赤にして、叫んだ。
そんな涼を楽しそうにみながら、奏がリビングを出ていった。
「……こ、小悪魔だ。奏、あんな子だったっけ?」
恥ずかしい思いをした涼だが、今のやり取りで、奏とさらに近づいた気がして悪い気はしないのだった。
(奏と俺って、かなり仲良いような気がする。奏は他の男子にはこういうことはしないだろうし。
あ、でも、大山とはこういうこともしていたのかな?)
賢治と奏が先ほどのようなやりとりをしているところを想像すると、ちくりと胸が痛んだ。
(恋人同士だったんだから、別におかしいことじゃないのにな)
奏がシャワーを浴びて、2人で涼の部屋にいる。
2人は顔を赤くして、言い合っている。
「奏、やっぱり2人で同じ部屋っていうのは、問題があるんじゃないか?」
「問題がないとは言わないけど、今回は涼君の経過観察が目的だから仕方ないんだよ」
「うーん、そうでもなぁ」
「それに、女性の私がいいって言ってるんだからいいんだよ」
「それはそうかもしれないけど、そうじゃない気もするなあ」
「それに涼君のベッド、すごく大きいから、2人で寝ても大丈夫だよ」
何やら不穏な言葉が聞こえて、慌てて聞き返す。
「奏、まさかと思うけど、同じ部屋どころかこのベッドで一緒に寝るっていうのか?」
「そうだよ。涼君に何かあってもすぐわかるように一緒に寝るんだよ」
「え? いや、100歩譲って同じ部屋はいいとしても、同じベッドはダメだろ」
「だから、それじゃあ私がいる意味がないでしょ」
「いや、布団は違ってもいいんじゃないか」
「ダメよ。同じベッドじゃなきゃ」
「いや、布団を持ってくるよ」
涼がらちが開かないと、別の部屋から布団を用意しようと動き出すと、奏が鋭い声で叫んだ。
「涼君!」
見ると奏は目に涙を溜めて今にも泣きそうである。
「か、奏?」
「私ね、今日、本当に怖かったの。涼君死んじゃうかもって思って。
今だって心配なんだよ。
頭ぶつけた人って、急に容体が悪くなることがあって、その時は早く処置しないと命に関わることがあるって聞いたの。
私、涼君が同じ部屋にいるのに、私が気づかなかったばっかりに涼君に何かあったらって思うと怖いの。
だから、一緒のベッドで寝て欲しいの。ダメかな」
奏の瞳からは涙が一粒こぼれ落ちた。
涼は悟った。今日の学校から今まで、過保護すぎると思われることをしてくれていた。
それはひとえに涼が心配だったのだ。
(俺はバカだ。いくらなんでも普通だったら一緒のベッドで寝るなんていうわけがない。
本気で奏が心配してくれてるんだ。
それだったら、恥ずかしがって断っていいわけがない)
「奏、ごめんな。俺のことをそこまで心配してくれて。
誓っていうよ。奏に変なことをしない。
だから、一緒のベッドで寝てくれないか?」
すると、奏がパァっと笑顔になった。
「うん!」
涼は、奏を笑顔にできて良かったと心底思った。
それでも、緊張するのは緊張するもので、2人ともガチガチになっていた。
「じゃ、じゃあ、寝ようか」
「……うん」
ベッドに入ると、自然に人一人分の間隔をあけて横になる。
変なことはしないと言った涼だったが、心臓は高鳴って仕方ない。
「あ、あのね、涼君」
「何?」
「もっと近くないと、涼君の様子がわからないと思うの。もっと近づこう」
「あ、ああ、分かった」
2人は体温が伝わってきそうな距離に移動する。
うるさいほど心臓が高鳴ってしまい、相手に聞こえてしまうのではないかと心配になる。
「涼君、手を繋いでいい? その方が様子がわかるから」
「うん、分かった。よろしく頼むね」
「うん」
2人は恐る恐る手を繋いだ。
(奏の手、柔らかいし、すべすべしていて気持ちいい。それに奏の方から、いい匂いがしてくる。
なんか体温も伝わってくる気がする)
涼の頭の中は奏のことでいっぱいだ。
「ねえ、私たち初めて手を繋いだね」
「俺が握ったことはあったろ」
「あれは、ありがたかったけど、手を繋いだ感じじゃなかったから」
「そっか」
「緊張してる?」
「そりゃもちろん」
「ふふ、私もだよ」
「今晩、寝られるかなぁ」
「私も心配。でも……」
奏は「寝るのが勿体無い」と、続けるが涼には聞こえないくらいの小さな声だった。
「でも、何?」
「んーん、なんでもない」
「なんか言ってたろ。教えてくれよ」
「いいの。早く寝ないとダメだよ」
「分かったよ。おやすみ、奏」
「おやすみ涼君」
長かった1日もようやく終わったが、2人ともどきどきしすぎていて、なかなか寝付けなかったのは言うまでもない。




