第103話 一緒に住まない?
「うちに来て一緒に住まない?」
奏が反射的に口を開いた。
「ダメ! 涼君はこのうちから離れてはダメなの」
「そうです。お兄ちゃんは私たちのそばで十分楽しいの」
由佳が、冷静に口を開く。
「でも、それはお兄ちゃんが決めることですよ」
「そ、それは」
奏と天音は言葉に詰まり、涼を見る。
その様子を見ていた涼は嬉しそうににこりと笑って口を開く。
「うーん、前はそれもいいかなって考えていたんだけど、今の生活は捨てられないんだよ」
「それは奏さんと天音さんがいるから?」
「うん、さっきも言ったように今では2人は俺の大切な人だし、他にも大切な仲間がいる。
ついこの間、同好会も作ったんだ。
よろず同好会って言って、いろんなことに挑戦する同好会。
もっぱらの目標は3x3の大会とボルダリングのコンペ 後、登山って感じかな」
「お兄ちゃんが活動的になってる!」
「ひどいな。でも、もうこのうちで落ち込んでいた時の俺じゃないんだよ。だから、この生活は大切なんだ」
「そっか、でもやっぱりお兄ちゃんにはうちに来て欲しいな」
そこへ由理恵も口を出した。
「そうねえ、涼君にはきちんとご飯を食べてもらいたいし、家族の愛情も必要だと思うのよね。
あんなことがあった後だから、なおさら」
ほとんど反射的に奏が叫んだ。
「涼君のごはんは毎日私が作ります。それに家族ではないけど、家族みたいな安心感は私が与えることができると思います。
毎日、私がここに来て、涼君の面倒を見ます。」
天音も口を開く。
「お兄ちゃんのことは私たち姉妹に任せてください。できるだけ一緒にいて、決して寂しい思いはさせませんから」
涼は流石にやりすぎの部分は訂正しないといけないと思った。
「奏、流石に毎日ごはんは無理だろ。奏にも家族での時間が必要だから」
「だったら、何日かおきに作りにくるわ。他の日はうちで食べてよ。……だから、引っ越すなんて言わないで」
「そうだよ、お兄ちゃん。……どこにも行かないでよ」
奏と天音は感極まって、泣きそうになっている。
涼は慌てた。
「2人とも、俺に引っ越すっていう選択肢はないよ」
「本当に?」
「本当? お兄ちゃん」
「ああ、本当だよ」
奏と天音が肩にもたれかかって顔を埋めてきた。
由理恵は、微笑ましいものを見る顔で、口を開く。
「あらあら、振られちゃったみたいねえ。
でもこれなら安心かしら。え? どうしたの? 由佳」
由理恵の声に涼が由佳を見ると涙をボロボロこぼして泣いていた。
「だってぇ、お兄ちゃんが来ないっていうんだもん。
我慢してたけど、グス、もう結婚できないかと思ったら、グス、涙が止まらないー」
「あらあら。涼君、慰めてあげてもらえるかしら」
「はい。ごめんね、奏、天音」
涼は、奏と天音から離れると、由佳の隣に座り肩を抱いて引き寄せながら言う。
「相変わらず泣き虫だな、由佳は」
「だってぇ、お兄ちゃんと暮らせるとずっと思ってたんだもん」
「ごめんな。いけなくなっちゃって」
「だから、すぐにくればよかったのにー」
「うん、でも今はこっちにいることが大切だから」
「お兄ちゃん、私のこと嫌いになっちゃったの?」
「嫌いになんかなってないよ。昔から由佳は可愛い妹だから」
奏と天音は気持ちがわかるから、申し訳なさを感じていた。
しかし、次の由佳の一言で、顔が青くなる。
「じゃあ……結婚して。今すぐは結婚できないから、婚約して」
涼は顔が引き攣る。
「結婚を決めるのはまだ早いよ。由佳だってこれからいい人に巡り会えるかもしないだろ」
「お兄ちゃんよりいい人なんかいない。結婚してよ」
「あ、いや。由理恵さん?」
涼は由理恵に助けを求める。しかし、由理恵にもどうしようもなかった。
「あらあら」
「あらあらって。娘が人生の決断を早まろうとしてますよ」
「私は早まっていないよ。お兄ちゃんのこと大好きだもん」
そうまで言われては、涼としてはきちんと対応しなければならなかった。
「由佳、聞いてくれ」
「うん」
「俺は、今好きな人がいるんだ。だから、結婚はできない」
(これで納得してくれ)
由佳は、じっと涼を見つめる。
そして、奏と天音を見回す。
「誰?」
「それは今はまだ言えない」
「教えて?」
「ダメだ」
「じゃあ、後でこっそり教えて」
「うーん、それならいいかな。」
「じゃあ、いいよ。」
「よかった」
「でも、まだ時間があるんだから、結婚は諦めないからね」
「え? そうなの?」
「だって、私お兄ちゃんと小さい頃から結婚するって決めてたんだもん。簡単に諦めないよ」
「そっか。でも俺は結婚を考えたことはなかったけど」
「お兄ちゃんの意地悪! 頭撫でて」
「ああ、分かった」
しばらく撫でると、満足した顔になった由佳。
ほっとした表情の奏と天音。
しかし、奏には気になったことがあった。
(涼君の好きな人って、誰だろう。私……とか? きゃー。そんなこと、あったら嬉しいな。両思いだよ。
でも、違ったらどうしよう。たとえば、天音とか。ありえるかも。天音かも。天音だよ。
だって、私と同じくらい涼君と親しい人って天音しかいないもん。
天音だったら、笑顔で祝福できるかなぁ。天音が幸せなら、私も嬉しいけど、私はどうすればいいの?)
「お姉ちゃん?」
「な、何? あれ、涼君は?」
「トイレに行ったよ。由理恵さんと由佳さんはご飯の準備してくれるって。
お姉ちゃんはまた妄想してポンコツになってたの?」
小さな声で喋り始める。
「う、うん、涼君が」
「お兄ちゃんが?」
「誰を好きなのかなぁって」
「ああ、そんなことか」
「そんなことかって」
「ああ、さては好きな人は誰か思い当たった人がいて、どうしよう!とか思ってたんでしょ」
「う……そうだけど」
「それって、もしかして私がお兄ちゃんの好きな人とか思ったとか?」
「っ!」
「図星? はぁ、お姉ちゃんは、お兄ちゃんのこととなると、本当にポンコツだね」
「だって」
「まあ、その予想は間違ってるから、安心して」
「……」
(安心できないよぉ)
そこへ、涼が帰ってきた。
「奏、どうした? 様子が変だけど」
「お姉ちゃんねぇ」
「ちょ、天音」
奏が、天音の口を塞ぎにいく。
勢い余って、ソファーの上で倒れる。
姉妹でもつれあって遊んでいる。
「きゃー」
「もう、ダメ! 天音」
「まあ、元気になったみたいだしいいか」
お昼は、由理恵が用意してくれたサンドイッチを食べた。
とてもおいしかったが、3人が交互にアーンをしてくるから、落ち着いて食べられなかった。
その後は、奏と涼が出会ってからのことなどを由佳に求められるままに話した。
由佳と由理恵は興味深く、時に驚いたりして聞いていた。
いつの間にか日が傾いていた。




