表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

メンヘラVS益荒男健男児

作者: うんうん

 時刻は午後の23時。益荒男健男児は今日も残業であった。

「四面海なる帝国を♪

 守る海軍軍人は♪

 戦時平時の別れなく♪

 勇励みて勉むべし♪」

 仕事を捗らせるために、軍歌「艦船勤務」の歌声が社内に鳴り響く。

 同じく家にまだ帰れない同僚たちは、勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべていたが、誰も彼に直談判できる気配がない。

 というのも、彼は身の丈180cm以上、筋骨隆々の硬骨漢で、頭は坊主、顔は頬に縦の切り傷跡が走っているといった、裏社会の人間と古の帝国軍人を足して2を掛けたような容姿だからである。

「如何なる堅艦快艇も♪

 人の力に撚りてこそ♪

 その精鋭を保ちつつ♪

 強敵風波にあたりうれ♪」

 遂に軍歌は2番に入ってしまった。が、未だ止まる兆しはない。

 と、そこで、彼の携帯がブルルと揺れる。

 携帯を開いてみると、どうやらメッセージが来ているようだった。

 送り主は今現在結婚も見据えて付き合っている彼女優愛(ゆあ)だった。

 メッセージにはこう書いてある。

「ねえ、なんでまだ帰ってこないの?」

 なるほど彼女は益荒男の帰りが遅いのを気にしている様であった。

 しかしここで言う「気にする」とは心配よりも疑いの面が強い。

 つまり彼女は益荒男の浮気でも疑っているのだろう。

 しかしながらこの男、心根は大木よりも太く、一途で硬派な健男児であり、浮気や不倫の類は自身憤怒の念で血潮湧かんばかりの嫌悪を覚える者である。そんな彼が二股なんぞかける訳がない。

 所以懇切丁寧に今現在仕事に追われていると返信した。

 内容は次の如し。

「夜半差し掛かる頃合未だ職務(つとめ)終わらず。此処に謝し奉る。即ち帰らん」

 さて益荒男は早く仕事を片付けようと、ペースを上げた。

 そうすると自然に軍歌も変わるもので、今度は

「エンジンの音轟々と♪

 隼は征く雲の果て♪

 翼に輝く日の丸と♪

 胸に描きし荒鷲の♪

 印は我等が戦闘機♪」

テンポの早い「加藤隼戦闘隊」になっていた。

 凄まじい速さで仕事を片付けていると、またもスマホがブルルとなった。今度は振動が随分と長い。

 どうやらまた彼女かららしい。

 内容は以下の通りである。

「ねえ、嘘でしょ?」

「違う女の子といるんでしょ?」

「ねえ、」

「飲み会のついでに遊んでるんでしょ?」

「聞いてないんだけど?」

「今すぐ帰ってきて」

「帰って来なかったら死にます」

「ほんとに死にます」

 内容は随分と重い。益荒男はこのメッセージを見た途端血相を変えた。

「すわ、一大事!」

 益荒男はそう叫んで椅子から勢いよく立ち、まだまだ帰れそうにない同僚を尻目にして会社から出てきた。

 会社から家までの電車はもう終電を過ぎている。

「走れば40分……」

 益荒男はそう呟いた。弱々しい言い方だったが、すぐに目に生気が満たされて

「一徹の如く走れば10分!」

 そう言うと、まるで弓矢の矢のような速さで、彼女の待つマンションへと走り帰った。

         *

 午後の23時を少し回ったところ、益荒男家のインターホンが鳴った。家には彼女がいる。しかし、彼女は玄関を開けようともしない。ただリビングに小さく座って、ぼうっとしていた。

 彼女の眼の前の床には包丁が置いてあった。

 彼女は目に涙を浮べて、包丁を手にする。

 すると、玄関が爆発でも食らったかのように開いた。

「ゆああああああああああ!?!!!!!!!!?」

 突入してきたのは益荒男健男児であった。

 堅き心の一徹は石に立つ矢の例ありと言う。まさにその通りで、彼はものの数十分で家に帰ってきたのだ。

 だが、

「来ないで!」

 彼女はそう叫んだ。手には包丁をもって、刃先を益荒男に向けて言う。

「あなたは私のことを愛してくれない!どうして!?私はこんなに愛しているのに!?」

 けたたましい金切り声でそう言う。

「そんなこと…」

 益荒男はそう言って少し近づいた。

「来ないでって言ってるじゃん!!きゃああああああああああ!!!!!!」

 彼女はそう発狂した。甲高い声が部屋中に響いた。

 が、益荒男は

「おんぢょどぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!??!??!??!!!!???!!?!!!」

 と、猿叫した。

 薩摩示現流有段者の彼が出す猿叫は天にこだました。

「????」

 彼女は気迫に飲まれてしまったらしい。しばし呆然としていたが、急に我に帰ったかと思うと

「あなたを殺して私も死ぬ!!」

 と叫んで益荒男に近寄った。

 いや、詰め寄った。身軽な動きで速さもあったが、どこか気の迷いもあるような動きだった。

 そして、彼女は遂に益荒男に包丁を刺した。

「ふん!!」

 益荒男は刃を腕で受け止めた。切っ先の3分の2ぐらいは腕に食い込んでいる。

「寸余の剣で何かせん!最後を決するは君の大和魂ぞ!殺せ!突き殺せ!」

「!?!?!?」

 彼女は益荒男の意外な言動に驚いた。

日本武士(やまとざむらい)と生まれしは、骸を馬蹄に掛けられつ、身を野晒しになしてこそ、これが本望の死であって畳の上で死ぬことは恥ずべき行為なり!殺せ!!突いて殺せ!!撃ち殺せ!!!」

「!?……???」

 彼女はもう呆然となって、ただ見守る様な目になっていた。

 しかし、彼女の目が落ち着いていくに反比例して、益荒男の目は鮮血陽々、漲る怒気で顔を真っ赤にしていった。

(かくばかり軟弱者を嫁と娶らばすなわち天下の物笑い!)

 そう考えたら、もう後は早かった。

「おのれ!鮮卑の遊女め!!貴様の様な佞奸痴女は、この健男児が膺懲してくれるわ!!!」

 益荒男は彼女の首根っこを掴んで宙に上げた。

「きゃああ!」

 彼女は叫んだ。今度は悲鳴だった。だがもう届かない。

 気づけば益荒男は彼女を盾にしながらベランダに続く窓を押し破り、手摺に向かって勢いよく走って行くと、彼女諸共ベランダから飛び降りた。

 二人は夜に落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ