優男
数ある物語の中から選んでくださりありがとうございます!
お楽しみいただけると幸いです(*'ω'*)
「じゃあまず霊力・気力の底上げのメニューから組んでいこうか」
訓練所の手合わせが終わりつかれた体を休ませるために部屋へと戻った時、そう声が掛けられた。
柚月はそれを予想していたように身震いを起こした。
「ああ、やっぱり」
澪の訓練があんなにすぐに終わるわけがなかったのだ。
柚月は過去の扱かれた記憶を思い出し、思わず腕をさする。
過去に行われたのは主に体づくりのためのメニューで、広い敷地を駆けずり回ったのは記憶に新しい。
まだ何もできない頃でもあれだけキツイ訓練を課されたのだ。
葦の矢で学んでいる現在だったらどれほどの訓練を課されるのか、わかったものじゃない。
「皆の修行に付き合ってあげたいんだけど、残念ながら、私はこれから仕事に行かなくちゃいけないんだよね~」
澪は非常にいやそうな表情を見せる。仕事に行くのが億劫のようだ。
柚月はその表情に覚えがある。
あれはサボっているときの顔だ。
「澪ちゃん、もしかしてサボってここにいる?」
「えっ!? そ、そんなことないよぅ」
明らかに挙動不審になる澪に、ああまたかと柚月は呆れた表情になった。
澪は昔から時折こうやって仕事を抜け出してくることがある。
昔はそれに気が付かなかったけど、今の柚月の目はごまかせない。
「いい加減仕事いかないとまた怒られるよ?」
「うっ……わかったわよ。じゃあまあ君らの年齢に近い聖に後は頼んでおくわ。しばらくしたら来てくれると思うから、彼に従って頑張って~」
澪はあきらめた様子で手をひらひらと振る。
聖とは柚月の兄弟子だ。
柚月が入院していた時に彼が怪我を負ったという知らせを聞いていたが、もう訓練しても大丈夫なのだろうか。
今まさに出ていこうとする澪の背中に疑問を投げかける。
「聖の怪我はもういいんだっけ?」
「ええ、もう復帰しているわよ」
良かった。どうやら大丈夫なようだ。
柚月はほっと息を吐いた。
それだけ言い残した澪の姿は次の瞬間には消えていた。
相変わらずのマイペースだ。
それからしばらくの後、優男……もとい聖がこの部屋へ訪れた。
「やあ皆さん。お初に」
そういって柔らかにお辞儀をする聖は相変わらずの微笑みを称えていた。
柔らかい杏色の髪を横で括り、お坊さんらしくないたたずまいはいつもと変わらない。
変わっていたのはその顔に生々しい傷跡が残っているところだ。
恐らくそれは先の戦闘で負ったものなのだろう。
「久しぶり聖。相変わらずそうで何より。怪我は大丈夫?」
「やあ柚月。久しぶりだね。ボクは問題ないよ。それにしても、入院していたって聞いていたけれど、随分と元気そうじゃあないか」
「まあね。むしろ元気が有り余っている感じ」
「はは。じゃあしっかりと鍛えてやらないといけないね」
聖はそう言うと柚月の後ろにいる面々を見ると頷く。
どうやらしっかりと澪から引き継いでいるようだ。
(さて、どんな無理難題を吹っ掛けられることか)
◇
面々は山の中に来ていた。
ここは寺から少し下ったところで、普段は通らない道だった。
そして目の前には何メートルもある滝が見て取れる。
柚月は嫌な予感にひくっと頬をひきつらせた。
もう既に嫌な予感しかしないではないか。
滝を目の前にしてやることと言えば、相場は決まっている。
「はい、じゃあ今から滝行をしようと思います!」
(あーーー!!)
柚月は頭を抱えた。
滝行だけは嫌だ滝行だけは嫌だと念じていた気持ちが伝わってしまっていたのだろうか。
柚月達の少し先では聖が教鞭を執っている。
その顔はひどく楽しそうに見えた。
「えーと、柚月はいいとして、ほかにやったことのある人はいるのかな?」
残る4人は顔を見合わせるだけで手は上がらない。
当然だ。普通の生活で滝行など行う機会などないのだから。
「俺、滝行興味あったんだよな!」
悟がのんきな顔で言う。
それに賛同する他の3人。
柚月にはそれが信じられなかった。
「正気!? あれを!?」
確かに過去の柚月も「なんかかっこいい」と思ってやったことがある。
地獄を見たが。
決して軽はずみな気持ちで臨むべきものではないということを柚月は学んでいた。
そういう訳で悟たちのことを怪物を見るような目で見てしまうのも仕方がないことなのだ。
「今ならまだ間に合う!! 訂正した方がいいよ!!」
「なにあんた。もしかしてビビっているの?」
譲が弄るように好奇の目を向けてくるがそんなものどうだっていい。
「うん! ビビってる! だから僕はやらなくてもいいと思うんだ!」
ビビってるとしたらやらなくて済むのならビビっているということにしても良いのだ。
柚月はそれほど滝行の辛さを知っていたのだった。
譲は鬼気迫る柚月の姿に狼狽える。
「な、何よ。そんなに嫌ならやめればいいじゃない」
「いいの!? ありがとう!! 譲大好き!!」
「なっ!?」
柚月は喜んだ。
やらなくていいのならやらない。
ありがとう世界。ありがとう譲。
今後は毎朝拝ませていただきます。
そんなことを思いながら早急にその場を離脱しようと踵を返すが、その背に鋭く声が刺さった。
「いや、それはだめだよ柚月」
聖の声だ。
っち。
間に合わなかったか。
柚月は渋々、本当に渋々振り返る。
やはりそこには満面の笑みを称える聖がいた。
「訓練しないといざって時に泣きを見るよ」
「……だからって、滝行はないと思う」
柚月は相変わらず渋面を隠そうともせずに元の位置へと戻った。
「仕方がないよ。しっかり扱いてやれってことだし」
「……」
やがて沈黙した柚月を観念したと見た聖から滝行用の訓練着が渡され地獄の訓練が始まった。
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