陰陽寮の疑念
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「そうね。大男の襲撃の時に『東は他愛もない』という発言をしていたという証言が入ってきているのと、男の死体からも例の石が出てきたことから一連の事件はつながっていると考えているの」
「男からも石が?」
「ええ。おそらく男の変死には石が関わっているでしょうね」
隠ではなく生きた人間にも作用するものなのだろうか。というか呪詛ってそういうものだったか。自分に使うものではなく誰かに飛ばすものだったような……。
柚月の疑問が顔に出ていたのだろう。
澪が付け足しで説明をしてくれた。
「呪詛とはもともと自分ではなく相手を弱体化させることを目的にしたものよ。代表的なものでいえば蠱毒や狗神が有名ね」
「ああ、それなら授業で習ったよ。ただ、おすすめはしないって言ってたし詳しいやり方とかは聞いていないけど」
蠱毒は多くの毒虫を一つのツボに入れて最後の1匹になるまで食い合わせて生み出すもので、狗神は犬を使った呪いの一種だ。
どちらも素人が手を出していいものではないことだけは確かで、呪学では相当注意をされた部分だ。
「そうね。人を憎むっていう気持ちがもとになっているから誰でも持っているものだけれど、ただ素人が手を出そうとすれば相手もろくに呪えず自分を害すだけのものなのよね。だから専門の家系や機関以外は手を出すことを禁止しているのだけど……」
澪が真っ直ぐに柚月を見遣った。
「その念の塊とも呼べる呪詛を隠が取り込めば当然強い隠へと変化する。なら、人間にはどう作用するか。ずっと昔、行われていた実験にそういう項目があったのを見つけたの」
澪の説明では、隠が呪詛を取り込めば数段レベルが上がった厄介な隠になり、人間が取り込めば一時的な力の増加を促すものだという。
だがよほど強い精神力の者でない限り、呪詛を取り込めば自分の体が蝕まれ自我が崩壊し死に至る為禁止されているのだとか。
要するに一時的に体を強化できてもその後に待っているのは死ということだ。
それ故呪詛を用いた人間の強化は禁則事項とされているのだが、今回の事例ではそれが破られていたということらしい。
「呪うのですらそうなのだから、呪詛の石なんて作り出せるのは専門家、それも特段優れた者じゃないと不可能なのはわかるよね? その石で強化されたであろう男が変死を遂げたとしても何ら不思議ではないわ。重要なのは、この石を作り出したのが誰なのかということ」
「それなら、容疑者はかなり絞られるんじゃないかな」
「その通り。だけどその筋を当たっても今回の呪詛を生み出した人は割り出せなかった。だけど全国的に被害が出ていることから見ても、個人で動いているとも考えられない。少なくともどこかの組織に所属しているだろうね」
澪の視線が鋭くなる。
それは一般人が見たら気圧されて腰が抜ける程の威圧感を放っていた。
いつもは抜けている澪であっても、その気迫はさすがの一言だった。
柚月はごくりと息を呑みこみつつ、続く言葉を待つ。
「一番可能性が高いのは男の言動や実験の記述から考えると西、つまり『陰陽寮』の可能性があるってこと。もともと実験は『陰陽寮』で行われていたと記述もあったから、現代でもその方法が伝わっていてもおかしくないわ。もちろん組織全体か絡んでいるとは思ってないけれど膿はあると思ってる」
なるほど。それが澪が『陰陽寮』を疑っている理由のようだ。
だが……。
「そ、そんな。一体なんでそんな実験が行われていたの!?」
「……そうね。柚月には話しておいた方がいいかしら」
そういう澪の瞳はどことなく虚ろだった。
「『陰陽寮』は昔からある組織あってことは習っているわよね?」
「え、うん。一応。確か平安時代から、だっけ」
「ええ、そうよ。その昔安倍晴明と同じ時代から対隠の実権を握っていたのが『陰陽寮』なの。そしてあそこは『忌子』を極端に恐れているの」
「『忌子』を?」
今回のことと『忌子』が何か関係するのだろうか。
イマイチ分からない。
「そう。そして『陰陽寮』は『忌子』が生まれるたびにその存在を亡き者にしてきた。それは現代でも同じで、一昔前には『忌子』と疑わしきものを秘密裏に虐殺していたの」
「へあ!?」
思ってもいない話が飛び込んでくる。
疑わしきものというのは黒髪黒目の色なしの人間ということだろう。
そんな人間がどれほどいるのかは分からないが、決して少なくないはずだ。
「え、霊力が黒の人間がいたってこと?」
「いいや。霊力測定が決められるより前の話よ。だから黒髪黒目の色なしの子供が秘密裏に片付けられていたの」
「何それ!? おかしいでしょ!? そもそもどれだけの子供が色なしの黒髪黒目だと思っているんだよ」
「……そう。おかしいのよ。そういう実績があるのが彼ら。目的の為なら手段を択ばない連中が、『陰陽寮』の中にはいまだに巣食っていると思った方がいい。私たちが『桃泉花』を組織したのも、そんな彼らに対抗するためなの」
柚月の頭はパンク寸前だ。
(『陰陽寮』が大量虐殺!? そんな話信じられるわけがない……!!)
澪の話は荒唐無稽に思えたが、自分には否定できる材料もない。
柚月は困り果てた。
だが、澪の話を本当なのだと仮定するのならば、自分が狙われた理由もなんとなく察せられる。
柚月は黒髪黒目の色なしの上、霊力測定もしていないのだから。
加えて言うのならば、神子の弟子であり庇護下に置かれている特殊な人間でもある。
つまるところ、現代では一番『忌子』である可能性が高いという訳だ。
(なるほど)
そう考えれば大男は『陰陽寮』の一員であり『忌子』の可能性が高い柚月を狙ったという筋書きも通る。
だが腑に落ちないことが一つ。
「僕は『忌子』なの?」
柚月の口をついて出てきた言葉はその一点だった。
幼いころに何度も尋ねたことのあるその言葉。
何度も否定され続けてきたそれは、今ではほとんど考えることもなくなっていたものだった。
病室を沈黙が支配する。
澪はすぐには答えなかった。
柚月が不安げに視線を彷徨わせ始めた頃、澪はその口を開いた。
「いいえ。柚月は『忌子』じゃない。……だけど、奴らにとってそれはどうでもいいことなの。疑わしきは滅ぼす。それが奴らのやり方」
「……」
柚月は答えられない。
澪は柚月の手を取ると視線を合わせ、続ける。
「だから柚月。貴方はこれからも狙われ続けるでしょう」
「……」
「でも安心して。そんなこと、私がさせない。必ず膿を見つけ出して、君が安心して暮らせる世の中にして見せるから」
その目には力強い光が宿っていた。
澪の言葉はいつも柚月に安心を与える。
「……わかった。僕ももっと強くなる。澪ちゃんに守ってもらわなくても大丈夫なように!」
「……ええ。約束よ」
澪は目を緩めると穏やかに笑った。
お読みいただきありがとうございました!!
4章の始まりは重た目なものになりました(;・∀・)
ですが物語の重要な部分でもありますので書けたことに一安心です(笑)




