大男
数ある物語から選んでいただきありがとうございます!!
物語が大きく動き出します。
楽しんでいただけると幸いです。
やがて肉塊がすべて溶けると、廃墟に出ていた無数の手も消えていった。
やはり、あの肉塊が本体となって腕を生やしていたのだろう。
強さも大したことのない噂からできたばかりの隠だったようだ。
まあそれはそれとして、無事に隠の討伐が完了した。
外で待っていた日花たちにその旨を報告する明治をよそに、悟は吐いていた。
彼にとってあの隠の匂いはきつすぎたようだ。
口からキラキラを出している悟の背をそっと摩ってやる柚月。
女子たちは「冗談じゃない」「貰いキラキラしちゃうから」と言って遠くにいる。
こういう時女子って薄情だよなと柚月は心の隅で思った。
「うぉえ……気持ちわっる」
「大丈夫? 便利なのか不便なのか分からない体質だね」
「うん、お前も結構バッサリ言ってくるじゃん……うぇ」
悟は青い顔でぐったりしつつも、まだツッコミを入れる余裕がある様だ。
「なんだ、結構大丈夫そうだね」
「どこをどう見たら大丈夫? 全然大丈夫じゃないけど!?」
本人はこういってい入るが、食って掛かれるのなら大丈夫だろう。
柚月は荷物の中から水を取り出すと悟に渡す。
「おーいお前ら、帰るぞ~」
少し離れた所で明治が声を上げている。
振り向くと、ちょうど皆が集まっていた。
悟に肩を貸しながら歩き出す。
「悟、大丈夫かよ?」
「な、何とかね」
ぐったりとした悟は、けれどもようやく一人で歩けるようになったようだ。
「きったないわね、しっかりしなさいよ」
「うるせーな。じゃあお前、シュールストレミングを前に数十分いれるのかって話だよ」
「誰がやるかそんなこと!」
「やってみろよ! できるんならな!!」
「あーもーお前ら少しはおとなしくできないのかよ」
「あはははっはははっは」
お決まりのいがみ合いが始まる。
柚月からしたらどっちもどっちだ。
明治は頭が痛むのか額に手を置き呆れており、友里はひたすら笑っている。
柚月は一人、数歩離れた所からその光景を穏やかな表情で見ていた。
「避けて!!」
それはいきなり空から落ちてきた。
人一人分開いていたみんなと柚月との間に、突如何者かが降り立ったのだ。
それだけならば何もここまで驚いていないだろう。
それは明確な殺意を持って襲い掛かってきたのだ。
いち早く気が付いた水無月が叫んで即席の結界を張っていなければ、今頃無傷ではいられないほどの攻撃だった。
衝撃で飛ばされそうになる柚月にそれは追撃を仕掛けてくる。
「天見!! よけろ!!」
遠くで日花の叫ぶ声が聞こえたが防御は間に合わず、脇腹を強く蹴り上げられてまた吹き飛んだ。
もしも防打撃が付与されているジャージを着ていなかったら今頃全身の骨がボキボキに折れていたことだろう。
「がっは」
それでもすべての衝撃を無効できたわけではなく、多大なダメージが入る。
数百メートル吹き飛ばされた先、壁に当たり止まると、一気にダメージが現れた。
「がはっ、ごほごほっ!! 」
頭を切ったのだろうか、額からは血が垂れてきており、咳をするたびに肋骨が軋む嫌な音がした。
「なんだぁ? こんな弱っちい奴が警戒されてんのか? 」
砂埃の中から低い声が聞こえてくる。
柚月は咳き込みながらもそこから出てくる影を睨んだ。
「っは! いっちょ前に睨んできやがるか! 」
ぬっとあらわれたのは筋骨隆々という言葉を絵にかいたような大男だった。
浅黒い肌は血管が浮き出ており、存在を主張する筋肉を囲っている。
その身長は恐らく2メートルを超えているだろう。
背に背負われた大きな槍はまだ抜かれてもいないのに猛々しい気の流れがひしひしと伝わってくる。
――今の自分では到底勝つことなど不可能だ
柚月は本能的にそう感じた。
何もせずにその場に立っているだけなのに、とんでもないオーラを纏った男に、足が震える。
「後輩に手を出すなっ!!」
ちょうどその時、駆け付けた日花と水無月がそれぞれの得物を振りかぶる。
日花達は蟻の妖と対峙した時のように最初から全開で相手に襲い掛かった。
日花の炎を纏った拳が男に打ち込まれる……かのように見えたが、男はそれを見もせずに最小限の動きで避けていた。
続く水無月の檻も、握られた拳から出た衝撃波で打ち消されている。
「はっはぁ!! 俺を楽しませてくれよぉ!!」
男は至極楽しそうに二人の攻撃を打ち消している。
対する二人はすでに全力を出しているというのに、男にはかすりもしていない。
圧倒的な力量差が、そこにはあった。
「何だぁ、葦の矢ってのはこの程度の奴らなのか」
男は数分二人の攻撃をいなしていたが、突如面倒くさそうな顔になる。
がっかりだとでも言いたげな顔だ。
いや、実際がっかりしているのだろう。
二人の攻撃を抜いた槍で同時に受け止めると、自慢の筋肉に物を言わせて振りまわす。
その反動で二人は遠くに飛ばされてしまった。
後に残ったのは動けずにいる柚月と大男だけだ。
「お前にゃ恨みはねーが、悪いな。死んでくれや」
男が槍を柚月の眼前に突き付ける。
よく研がれた切っ先が夕暮れの光を反射させ煌めいた。
恐れはなかった。ただ、いつかどこかでこんな光景を見たことがあるな、と。そう思ったのだ。
思考にノイズが入る。どうやら投げ飛ばされた衝撃で脳が揺れたのだろう。めまいを引き起こしているようだ。
――ごめんね
頭の中で、誰かが謝る。
その声は酷く弱弱しく、聞いているだけで胸が締め付けられた。
――謝らないでくれ
そう願うけれども声は出ず、目の前にいるはずの存在の顔も伺えない。
あれは誰だろう。分からない。
大きく振りかぶる誰か。
ああ、ようやく解放されるんだな。
柚月は何故かそう思って目を閉じた。
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