愚者の仕組み
「ひとつ……昔話をしてもいいか」
障気が濃霧のようにあたりを覆い尽くし、猛毒と代わり無いほどに高い濃度の魔素により、変質した奇妙で不気味な植物が蔓延る魔境。
その奥地に佇む魔王の城へと辿り着くことが出来るのは、特殊な環境にも生存を許される程の魔力と、「神」より与えられたと言われる因子を持ち、同じく「神」の手により創り与えられたと謂れのある「神聖」な武具を身に付ける資格を持つ者だけだ。
そんな勇者一向は、今まさに魔王城の謁見の間にて、復活を果たした魔王と対峙していた。
眉目秀麗な勇者に筋骨隆々とした美丈夫な戦士、可憐で儚げな僧侶の少女に、凛とした顔つきの女性魔導師、後方にその有り余る筋力で後方からの襲撃に際してタンク役も兼ねる小柄で可愛らしいポーター役の男の子。
使命を与えられてより、常に五人で苦難を共にし乗り越えて来た彼らは、遂に目的の場所に到達したのだ。
悲願を果たせると疲れの中にあってもやる気に満ちた顔で魔王へと構えをとる勇者たち、対して魔王は気怠そうに玉座の肘おきについた片肘を頰杖として、欠伸でも噛み殺さんばかりに呆けた顔をしていた。
勇者はそのふざけた態度に怒りを強めるが、それでは相手の策に嵌まると心を落ち着かせる。
そんな事はお構い無しと、如何にも魔王という装束の男は、それでいて、整ってはいるが、些か覇気のない表情をして、威厳と言ったものを感じさせず、有り体に言えば、とても魔王に見えない。
勇者たちも、はっきりと言えば、魔王の側近たちの方が余程、魔王然としていたと感じるくらいだ。
とは言え、相手は魔王、油断させて実力を隠しているに違いないと警戒していた。
そんな勇者たちに対して、魔王が放った最初の言葉が先の一言である。
当然に勇者は訝しむが、そもそも魔王の話を聞きに来た訳ではない上、聞くつもりもないと、五人全員で目線や手振りで合図を送り、無言のままに仕掛けようとした。
然し、それはあっさりと阻まれてしまったのだ。
強力な結界に勇者と戦士の突撃は押し留められ、魔導師の紡ぐ魔法は発動すらしない。僧侶とポーターの二人は呆気にとられていた。
「そう、焦らずとも、話が終われば抵抗などせぬ故、少し長い話になるが、付き合ってくれんか。なに、此処までの道程を思えば、一瞬のようなもの。此の後は余はまた長い眠りにつくのだ。少しばかりは良いだろう」
「ふざけるなっ! 今この時も魔物に襲われて被害にあっている人がいるかも知れないんだっ! 悠長に貴様の話など聞いてられるかっ! 」
あくまでも気軽に世間話でもしようかといった風情の魔王に勇者は激昂したが、魔王は態度を改めることもなく、愚図る子供を窘めるかのように続ける。
その尊大で不遜な姿勢はまさしく魔王といったところだと、勇者たちは苛ついていく。
「まぁ、言いたいことはわかるが、今代の勇者は優秀だ。此処まで速く余の前に辿り着いたのはお前たちが初めてなのだぞ。代を重ねる毎に優秀になるな」
それも当然かと、魔王は独りごちる。人間たちは魔王の復活の周期を計算し初め、復活に合わせて現れる勇者を家系や地域、過去に出現した全ての記録から傾向や法則を割り出し、幼少時から囲い込み、仲間と共に英才教育を施すのだ。
「まさしく、お前たちは対魔王用の最終決戦兵器と言うことだな」
「俺たちは兵器何かじゃないっ! 悪の首魁たる貴様を討ち、魔物たちをこの穢れた領域に封じる使命を果たすっ、その為だけに研鑽を積んだ仲間を愚弄する事は許さんっ! 」
「ようは兵器では無いか。愚弄するつもりなぞ無いが、ならばお前も、復活する毎に、魔法に焼かれ剣に貫かれ、僅かに数年を生きては長き眠りにつく余を憐れと想ってはくれんか」
魔王の言葉に勇者たちは驚き、そして心を痛めた。立場の違いにより、魔物を封じるために「神」より遣わされた勇者たちにとっては魔王は悪の象徴だが、魔王の言う事は事実であり、その状況は確かに不憫と言って差し支えない。勿論、魔の王たる者が憐憫を誘うなど本来ならあり得ない。
実際に魔王の声音は全く変わらず平淡であり、態度も変わらず終始気怠そうである。
それでも、勇者たちは話くらいは聞いても良いかと思い始めた。
「わかった、出来るだけ短くしろっ、ならば聞く。あと、少しでも変な事を言えば問答無用で貴様を討つっ! 」
とは言え、勇者は時世の句でも聞くような気分だ。
あり得ないと思うが変な取引でもして来ようものなら、何がなんでも、相討ちになろうとも悲願を果たすと構え直していた。
「まぁ、聞いてくれるか。なら、少し長いゆえ、楽にするがいい」
そうして、魔王は語り始めた。
愚かな男の仕掛けについて。
昔々、ある世界に賢者と呼び讃えられる男がいた。
生まれつき膨大な魔力と人智を越えると言われる程の才に恵まれた男は魔導を極めると、信仰心など皆無に等しいと言うのに、術理を暴いて神の信徒が行使する神聖術までも使い始める。それどころか、高位神官であっても習得することが困難な術までも身につけてみせた男は、まさしく賢者と呼ばれるに相応しい実力を持っていた。
それでも飽くなき探求心ゆえ、男は己の魂に魔術をかける。身に付けた全ての知識、技能を引き継ぎ、転生を繰り返す術であった。
そうして、男は古今東西、ありとあらゆる世界、時代を生まれ変わった。それこそ、最初の人生では考えられぬ程の高度な文明社会に生まれ変わったこともある。反対に随分と未開の文明など凡そ存在しない時代に生まれ変わった時もあった。
様々な世界の知識や術理、技術を学び身に付けた男は、ふとした疑問に囚われることになる。
なぜ、人間は滅びに向かい自滅するのか。
一度でも生まれた世界は座標を魂に記憶させるゆえに、全く違う世界に思えても、時代や場所が異なるだけということもある。
悠久の時を延々と旅し続けた男は、脅威を排除し、その後に増え続ける人間という生命が、どうしても、人間同士の争いか、発展し過ぎた技術の暴走で滅びる様子を何度も見ることになった。
「男は救いをもたらしたたかったのでは無かった。ただ、滅びの運命を書き換え、延命する方法は何であろうか。そう考え始めた」
そうしてより、暫く転生をまた繰り返した男は、ひとつの方法を思い付く、それはどこぞの世界で見た絵物語のような方法であったが、長すぎる転生に飽いて来ていた男には試すに否となる要素など無かった。
男は先ず、自らの魂に手を加え、己の存在を書き換えた。それから、条件にあう世界に座標を固定し、そこで転生を繰り返すようにする。
転生も、今までなら、赤子として産まれて、当世の両親の子として育ったが、周期に従い、同じ姿、同じ年齢で復活するようにした。
そして、その世界に改変した己と同じ存在を生み出す、魔力が高く、異形の存在たちを魔に属するものとして魔族と名付けると、人の立ち入れない魔界と呼ぶ領域を作り出す。
己がこの世界に復活している間だけ、魔族の活動を活発化させ、魔界の外へと魔族が出ていき、人を襲うようにする。そして、自分が死に、復活するまでの間はこの魔界で魔族は眠りにつくようにした。
そうしてから、魔界領域が発生し、魔族の襲撃に悩む人間の国へと男は言葉とともに武具を贈ったのだ。
魔族は魔王を倒せば魔界から出られなくなること、魔王は魔界の中央にいること、魔界に挑むには、体に特徴ある痣のある因子を持つ者を訓練させねばならないこと、魔族や魔王がこの世界の禁忌に触れた存在であること。
虚実を織り混ぜて伝えた男は、さらにこの世界の禁忌に触れたものはこの先も魔族に変容し、非業の死を遂げると恐ろしい内容の話とともに、優れた研究者たちを魔族に変えてから殺した。
神の奇跡を犯すことはならないと、学究に上限をつけて、禁忌破りを禁じると、魔族を討つことが出来る特殊な武具を与えて去っていく。
こうして、この世界は発展を阻害され、魔族という天敵の脅威に怯えることになる。
「だが、それも無駄であった。人々は禁忌となるギリギリをついて、技術や科学を発展させた。「神」と呼ばれる存在が「滅び」に繋がると考えない技術に制限がないことを気付いたのだな。何人もの禁忌破りの犠牲の上に技術を更新していく」
勇者たちは自分たちの世界の歴史のような話に不審感を持つ。
「待てっ、その話では、まるで貴様が神聖神様のようでは無いかっ! 」
名の無き神、魔族の現れた世界で名を名乗ることなく、人々に希望を与えた神。魔王の話はその「神」が魔王であると言っているようなものだ。
「あー、そうだ。そして、技術を制限しようと、天敵を作ろうと、結局は滅びの道を防ぐことは出来んとわかった。これが最期だ」
魔王は満足という顔をすると、忽然と姿を消した。
その日から魔界も魔族も、その世界からは消え去ったが、あとに残った「神の因子」を持つ者たちは各国の覇権争いの駒となった。
禁忌破りの恐れがないと知れ渡ると、兵器開発や、資源開発のための技術が次々と作られた。
そして、数年もせず、各国は熾烈に争いあい、いずれ自滅していくのだった。
魂を書き換えた弊害か、男の記憶は徐々に失われつつあった。
それに気付いた時には手遅れだったのだ。
既に、悠久の時を生きる化け物に自分はいずれ身も心も染めることになる。
男は自分もまた、身を滅ぼしたのだと自嘲する。
幕引きを終え、沢山の子供たちと、まだ知的生命のいない世界を新たな棲み家とした。
遠い未来、元の想いなど亡くした男が、ただ人間の敵として幾度も君臨することになる。
彼を討伐する勇者には、「神具」と伝わる剣が握られていた。
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