堕ちた聖女と戦場の惨禍
「わたくしたち第二魔道機甲師団に所属する衛生兵は七名一組で四部隊、四つの旅団ごとに一小隊ずつ配属されておりました。わたくしも七台の魔導戦車を擁する第一旅団所属の衛生兵として、サルカンス作戦に参加すべくプリーピャチ大湿原にて着任いたしました。
わたくしの衛生兵小隊は、十代後半の少女たち7名から構成されており、みなとても仲良しでした。
生真面目でしっかりもののヘパティーツァ、小柄で頑張り屋のマイプティア、薔薇のように華やかな美人だったエルシス、優しく面倒見の良かったキルシャズィア、気が利いて冗談が好きだったピオニーア、博識で頭の回転の速いクメリーテ……彼女たちと過ごした日々はまるで昨日の事のように思い出せます」
フェルは懺悔を終え、どこか懐かしむような表情で、戦友たちの思い出を切々と語り始めた。そのまなざしは先ほどまでとはうってかわって柔らかく穏やかなもので、もうこの世にはいない友への深い愛情と信頼に満ちている。
僕は彼女にあのような強い想いのこもった真摯なまなざしを向けられたことがあっただろうか?記憶を辿ったが、まったく思い出すことができない。
記憶の中の彼女は、いつも溶けて消えそうなあえかな微笑を浮かべ、我々王族の邪魔にならぬよう、おとなしく控えているだけだった。
彼女から言葉どころか何らかの意思や感情を向けられたことすら覚えがない。僕自身も彼女にそのようなものを向けたことはなかったし、向けられる事を許しはしなかった。
「わたくしたちはいつも戦争が終わったら何をするか、どうやって生きて行くか話し合いました。
死というものについてはほとんど話題にする事はありませんでした。なぜならそれはあまりに身近にあふれていて、そちらに意識をとらえられたが最後、そのまま身も心も連れて行かれてしまうような気がしたからです。
それでも、ごくたまに死の話をしました。雪解けのぬかるみの、無限軌道に絡みつくぬちゃりぬちゃりとした粘つく泥溜まりを通るたびに、こんなところでだけは死ねないね、とみんなで何度も語り合ったものです。
泥と野生動物の糞とに塗れて、通りすがりの戦車や装甲車にふみしだかれ、ぐちゃりぐちゃりと押しつぶされ、腐り果ててただの悪臭をまき散らすねばねばした汚泥の一部となり果てるのだけは嫌だね、と。
実際にそうした死体……いえ、死体だったモノはいたるところに転がっていました。全く目にしない日がなかったくらいです」
淡々とした口調で語られる、あまりにおぞましく、人間らしさの欠片もない死の有りように、広場に集まった群衆はしんと静まり返っていた。
彼女の言葉を妨げる、かすかな物音すら立てることが憚られるような、そんな緊迫した空気が広場に満ちている。
ぴしりと凍り付いたような空気の中で、凛としたフェルの声だけが淡々と続いていた。
声を張り上げるでもなく、荒げるでもなく、ただ淡々と懐かしそうに語られるおぞましい戦場の惨禍。
それは僕たちにとっては想像を絶する地獄だが、彼女にとってはごくありふれた日常の光景だったのだろう。
彼女と僕たちでは生きている世界も見えているものも違いすぎる。
だから互いの言葉は同じ意味を持つことがなく、ただむなしくすれ違うのみだ。