表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血まみれの追放聖女は断頭台の夢を見るか  作者: 歌川ピロシキ
幸福とは、死者の群れの中に生者を見出すこと
29/31

終戦(3)

 昼においては先立った戦友たちに想いを馳せては意地汚くも生き延びてしまった我が身を恥じ、夜においては僅かな物音にも怯えてありもしない敵の姿を探す。

 そんな心もとない日々を過ごしていたある日のこと、王都から招集の手紙が参りました。


 王太子ファルシテーティより、至急申し渡すことがあるので指定された日時に王宮に伺候(しこう)するように。


 お手紙にはそう書かれていました。

 今更いったい何の御用でしょうか?


 確かに王太子殿下とは公には未だに婚約者という関係にございます。

 しかし、わたくしをご自身の身代わりとして前線に送り込んでから、視察どころか手紙のひとつも下さった事はございません。

 戦時中、表向きは「前線で奮闘(ふんとう)する最愛の婚約者を案じる悲劇の王子」として振る舞いながら、様々な女性との火遊びに興じていたとかいないとか。


 特にルーレル・カーラミット侯爵令嬢とはわたくしが出征してすぐに深い仲になったそうで、新聞社の取材に対して涙を流して遠い戦場にいる婚約者の身を案じながら、夜は三日に一度は彼女を自室に泊らせていたとか。

 殿下付きだった元侍女が呆れておりました。

 となれば、この度の呼び出しは婚約解消でも申し渡されるのでしょう。


 わたくしとしても、仲間たちと地獄のような戦場で汚泥の中を這いまわり、糞尿(ふんにょう)をすすって辛うじて生き延びている間に、安全な王都でぬくぬくと美食と漁色(ぎょしょく)(ふけ)っていたような男と縁が切れるならば願ったりかなったりです。


 遠路はるばる王都に呼びつけられたわたくしを待っていたのは、王太子からの荒唐無稽(こうとうむけい)な言いがかりと一方的な婚約破棄でした。

 醜く顔を歪め、顔を真っ赤に染めてありもしない事を早口でまくし立てて必死になっている王太子とルーレル嬢を見て、彼らがわたくしを殺すつもりなのだと悟りました。


 わたくしはこみ上げる笑いをこらえるのに必死になりました。

 眼前の二人のなんと醜いこと。みっともなく顔をくしゃくしゃに歪めて幼稚な言葉を羅列して、顔を真っ赤に染めて汗をかきながら、ただわたくしを貶め陥れて生命を奪うためだけに必死になっている。


 彼らがわたくしを仲間たちのところに送ってくれると言うなら、それはそれで良いではありませんか。

 もはや、この浅ましく醜い恥知らずどもとは同じ世界に生きていたいとはとうてい思えません。

 自ら死を選ぶことは赦されなくても、彼らがわたくしを懐かしくも気高い戦友たちのところへと導いてくれるならば、いっそ感謝してやっても良いくらいです。


 彼らは尋問と称してわたくしをいたぶったつもりのようです。

 しかし、わたくしがあの戦場で味わってきた様々な苦痛や屈辱に比べれば、幼子の悪戯(いたずら)に等しいかわいらしいものでした。


 そして裁判とは名ばかりの茶番も終わり、わたくしの処刑が決まった今、わたくしのなすべきことはただ一つです。

 わたくしは最後の願いとして親しい友人に手紙を書きたいと牢番に願い出ました。

 彼らはわたくしに随分と同情的だったようで、わたくしが望むままにペンとインク、紙を調達しては、望むままに懐かしい友であるヴェルテータ・プーブリスクスに必ず届けると約束してくれたのです。

 おかげでわたくしは信頼できる友に大切なつとめを託すことができました。


 わたくしはもう思い残すことはございません。

 ただわたくしの死を見届けるためにつめかけた国民の皆様に、わたくしの見た真実をお話しする、ただそのためだけに残る日々を過ごすことに致しました。


 願わくば、心ある人々がわたくしの言葉に耳を傾け、その物語を心に留めて下さいますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ