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血まみれの追放聖女は断頭台の夢を見るか  作者: 歌川ピロシキ
幸福とは、死者の群れの中に生者を見出すこと
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終戦(2)

 わたくしたちの部隊が解散することができたのは終戦からさらに四ヶ月が経過した後のことでした。

 わたくしたちが配置されていた東部戦線では終戦後も多数の地雷が残されており、人々が「普通の暮らし」を取り戻すためには村々の至る所に隠された地雷たちを除去しなければならなかったのです。


 ノヴゴロドの軍人たちではなく、意思なき地雷との戦いの日々。

 それらは何の情念もなくただ機械的に人体を破壊し、道路を畑を分断して日常生活を過去の幻とするのです。


 それらとの戦いで、どれほどの仲間が生命を落としたでしょうか。

 もうとっくに戦争は終わったはずなのに。


 そしてある日突然、わたくしたちの師団が集められ、解散の辞が告げられました。即刻軍籍を抜けて、故郷へ帰るようにと。

 どうやら、ついにわたくしたちは用済みとなったようです。


 あれほどまでに待ち望んだ平和なはずの日々は、わたくしにとって更なる苦難をもたらすだけのものでした。


 戦場では常に鉄の臭いが充満していました。

 戦車や装甲車、輸送車たちの臭い、銃器の臭い、それらを整備するための工具やこまごまとした部品の臭い……そして焼け焦げた鉄や溢れた血の臭い。

 ですから、わたくしたちにとって鉄の臭いがするということは、「まだかろうじて自分が生きている」ことを意味していました。


 しかし、安全なはずの故郷での日々は、鉄臭さを感じることの方が稀なのです。

 これはとてつもない不安をもたらすものでした。

 いつも無意識のうちに嗅いでいた「生命の臭い」、それがわたくしたちにとっては何らかの鉄の臭いだったのです。

 それが感じられない日々は、自分が生きているのか死んでいるのか定かではない不安が常にまとわりつき、精神がじわじわとやすりで削り取られていくような疲弊(ひへい)をもたらすものでした。


 軍服と軍靴を脱いで、スカートと木靴に替えさせられたわたくしは、足もとのすかすかした頼りない感触に戸惑いました。

 たびたび足にまとわりつく長いスカートに足を取られて転びそうになったり、頼りない木靴でつまずきそうになったり。


 軍服に軍靴を履いた上にきっちりとゲートルを巻いて大地を踏みしめていた、あの重々しい感覚が懐かしくてたまりません。

 いえ、それがないと不安なのです。自分が生きて大地を踏みしめていると言う実感が持てなくて。


 夜は枕の下に大ぶりのナイフを隠し、枕元に軍外套(がいとう)、足元に軍靴を置かなければ眠れませんでした。ナイフは亡き戦友のマイプティアが愛用していたもので、傷ついた兵士を救助する妨げになるものを取り除く役に立ったり、わたくしたちの尊厳を守るための最後の砦になった心強い相棒です。

 眠っている間でも、大きな音がしたり、たとえ微かなものであっても破裂音がすれば、瞬時に飛び起きて軍外套をひっつかみ、軍靴に足を突っ込んでナイフを構えて外に飛び出します。

 ぐっすり眠れたことなどございません。目を閉じれば目の前で吹っ飛んで行った敵兵や、救助できなかったり、手当の甲斐なく苦しみながら亡くなった戦友たちが現れては口々に生き延びた者への恨み言を並べます。

 もちろん、これらはわたくしの後ろめたさが産んだ妄想に違いありません。

 彼らは高潔な戦士でした。生者を羨み逆恨みするような、浅ましい輩ではあり得ないのです。

 それでも彼らの怨嗟の声はわたくしの耳にこびりつき、常に心身を苛み続けるのでした。


 何度も死にたいと思いましたが、自ら死を選ぶ事だけは許されないとかろうじて踏みとどまっておりました。

 幾千、幾万の戦友たちが無念を抱えたまま、悲惨な最期を遂げたのです。せっかく生き延びたわたくしたちはその無念を引きつぎ、彼らの分まで幸せになる義務があるのです。

 自ら死を望むなど、とうてい許されるはずがございません。


 わたくしは絶望の中で、ただ生を繋いでいるだけのこころもとない日々を送っておりました。

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