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血まみれの追放聖女は断頭台の夢を見るか  作者: 歌川ピロシキ
幸福とは、死者の群れの中に生者を見出すこと
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ヘパティーツァ・トヴェルトネ(2) 凍てついた月

 わが国に魔導戦車や魔導砲台が導入されたのはほんの十年ほど前のこと。


 わたくしどもが招集されたばかりの頃は、まだ師団の編成にも慣れておらず、運用方法も試行錯誤しておりました。装甲車や戦車の中は、運ばなければならない武器や弾薬、通信機器などでいっぱいで、後はそれらを扱い管理する兵士が乗るスペースがわずかにあるだけでした。


 当然、わたくしども衛生兵の居場所はどこにもありません。仕方なく、わたくしども衛生兵は、戦車や装甲車の外装の、わずかな凹凸にしがみついて移動するほかはありませんでした。


 あれは、二月の凍てつくような夜でした。中天に浮かんだ白い月すらも凍り付いているかのようでした。


 酷い雨のあと、わずかな晴れ間をぬって、わたくしたちはノヴゴロドの魔導戦車部隊を迎え撃つべく、ルヴァンス川上流に向かって移動しておりました。ルヴァンス川流域の湿地帯はぬかるみが凍り付き、いたるところがデコボコで、しかも倒木や岩などがゴロゴロと転がっています。我が軍の魔導戦車はそれらの障害物をことごとく踏みしだき、ガタゴトと大きく揺れながら粛々と前進して参ります。


 豪雨で湿った外装は氷点下の夜気にあたるとすぐに凍り付き、ツルツルと滑ってかじかんだ手でしがみつくのは至難の業でした。わたくしども衛生兵は振り落とされぬよう、ハッチの取っ手に命綱を結び、滑り落ちる事のないように渾身の力を込めて必死でしがみついておりました。


 しかし、連日の無茶な行軍で睡眠と食事が決定的に不足していたわたくしたちは、すっかり体力を消耗していたのでしょう。


 ほんの一瞬の事でした。

 先頭を行く戦車にしがいついていたヘパティーツァが、車体が倒木に乗り上げてひときわ大きく揺れたその時に、つるりと手を滑らせてしまったのです。


 次の瞬間ずるりと身体が沈み、そのまま姿が見えなくなりました。


 悲鳴はありませんでした。


 ぐぢゃりという湿った音と、ぎぢぎぢという無限軌道に何かが挟まってきしむ不愉快な音、そして何かが決定的に壊れてしまったごきりという音。


 それらがわずかに響いたかと思うと、丸いものと長いものとねっとりとした液体が月明かりの中、一瞬だけはね上げられました。


 でも、それもすぐに見えなくなり、わたくしたちは何事もなかったかのように進軍を続けました。


 明け方になり、渡河地点にたどり着いた時には、朝陽に照らされたハッチの取っ手に、引きちぎられたロープの切れ端だけが残っていました。わたくしたちがヘパティーツァを見たのは、それが最後です。


 その後、わたくしたちは通信兵の装甲車に同乗させてもらえる事になりました。

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