静かな夜の会話
その夜、夫は珍しく物静かであった。
寝室のソファに座る私の膝に頭を乗せ、彼は行儀悪くソファに寝そべっていた。顔は向こうに向けているため、その表情は見えない。
彼がこういう態度を取るときは、大概私に言いにくいことがあるときだ。さて、最近そんなことがあっただろうかと考えを巡らせていると、夫は私にこう告げた。
「俺はある男を殺そうと思う」
その言葉は、その内容とは裏腹に響く声音はどこか柔らかなものであった。
頑なにこちらを向かない夫に、私はその髪をすきながら返事をした。
「貴方は私に諌めて欲しいのですか?それとも片棒を担いで欲しいのですか?」
「……できれば手を貸して欲しい」
「分かりました。何をしましょう?」
「詳細を聞かないのか?」
膝の上の夫は思わずといったようにこちらに顔を向けて尋ねてきた。
ああ、やっぱりそんな不安そうな顔をしていたのね。
彼はこの国で最高の権力を有しているが、それ故に己の利己的な判断にひどく慎重であった。
いつだったか、俺も父と同じ事をしているのではないかと不安になるんだ、と彼はポツリと溢していた。
彼はかつて父親を好きなままでいられなかった少年だったのだ。
不安な顔のまま見つめてくる彼に、私は微笑みながらこう返した。
「貴方がきちんと考えたことなのでしょう?そのぐらいの信頼はあります」
そこから彼はその『男を殺す』ことについて話し出した。
彼は自分の年の離れた従兄弟を、死んだことにしたいと言った。
「あの子に大切な人ができたそうなんだ。相手は西国の平民の女性だそうだ。だが、結婚は自分の身分、出自を考えできないと思っているらしい。だから、この国の公爵家の令息であるクリストファーを死んだことにしたいと思っているんだ。
彼をただの、西国で生きるクリスという男にしたいんだ」
彼は私の目を見て、真剣な顔でこう聞いてきた。
「これはただの俺のエゴだ。認められるだろうか?」
彼のエゴ。それは間違いないだろう。けれど私は自分の考えを、その目を見つめ返しながら伝えた。
「そうですね。それは貴方の利己的な願いです。なので、それをするにはそこから生まれるものを全て背負う覚悟を持たねばなりません。
父の、母の子を奪うのです。そのお覚悟はありますか?」
「ああ、あの子のために俺が背負おう」
「あらいやだ。私も片棒を担ぐのでしょう?半分背負わせてくださいな」
「お前……」
「私は貴方の妻ですもの。さあ、そうなるとまずはお父様に相談せねばなりませんね」
「ああ、あの宰相を説得せねばならん」
「そこはお手伝いしますわ。父親というものは、貴方もそうであるように娘には甘いものですから」
そう笑いかけながら伝えると、膝の上にいた彼は起き上がり、私の頬にキスをした。
最初の不意打ちに成功したのがそんなに嬉しかったのか、それは彼がずっと続ける愛情表現だった。
何だかんだでおしどり夫婦です。