誰かのための祈り
アリアと幼きクリスの交流
「これから毎月、ご子息とお会いになる機会を設けます」
私の部屋に現れた偉そうな使用人がそう言った。
そうか、一ヶ月前ぐらいに階下がバタバタしていたと思っていたけど、『私の子供』は産まれていたのか。
ぼんやりとそんなことを思っていると、「明後日にご子息はおいでになります」と一方的に通達して、その使用人は帰っていった。
残された私はそこから三日間、その子供のことを考えた。憎い奴らの子供。私の幽閉の原因。
私はこんなところに閉じ込められているのに皆に祝福されて生まれた子供、あの子さえいなければ私は外の世界にいられたのに。お腹の中で負の感情がぐるぐると暴れまわった。
こんな気持ちで赤ん坊に会ったら、私はその子に何をしてしまうのだろうか。罵声を浴びせる?叩き落とす?そんな沸々とした自分の感情を持て余したまま、私はその日を迎えた。
しかし、三日間あれだけ色々なことを考えていたにも関わらず、彼と対面したときの私の反応は予想していたどれとも違うものになった。
なぜなら、私が何かをする前に彼はこの部屋に入るなり勝手に大声で泣いたからだ。
ふぎゃあふぎゃあと泣きわめく彼を見て、一緒に付いてきたおばさんの乳母が「あら、おしめですね」と言った。立ち尽くす私の目の前で彼は素っ裸にされ、おしめを替えられた。
そしてそれが終わると、彼はまた勝手にふにふにと眠りについた。
複雑な感情を持つ私のことなど全く関係なく、彼はそこでただただ生きていた。
それは色々なことを考えた自分がバカらしくなるほど、健やかなものだった。毒気が抜かれるってこういうことなのねと思いながら、私はただその光景を見守った。
彼、クリストファーとの初対面は泣きあとの残る寝顔を私が一方的に見るだけで終わった。
クリスと会ったその夜、オルゴールの音色を聞きながら落ち着いた状態で私は改めて彼のことを考えた。
感情が沸々としていたときは自分のことばかりが頭を占めていたけれど、よく考えればクリスは私の現状に関与はしているけど、原因では決してなかった。
彼はただ、別の母から私の子として生まれてしまった子供だった。
本当の母親を母と呼べない子供、それはとても悲しいことかもしれないな、そう思いながら私はその日眠りに落ちた。
あの使用人が言った通り、翌月もクリスは乳母に連れられやって来た。今回は泣かなかったが、先月と変わらず自由に、ただ生きる姿を私に見せた。
その姿は私に気遣いもしないが、かと言って大人たちのように私を無視したり、蔑んだり、憐れんだりするものでもなかった。
それは存外、心地のよいものだった。
クリスと会うのは月に一度だったので、会うたびに彼は人間らしくなっていった。
泣く、眠るだけだったのは最初だけで、そのうち私の髪を遠慮なく引っ張ったり、ドレスの布地をよだれだらけにしたりしてくれた。
小さな腕を私に伸ばしてくるその姿を見ると、誰もが私をいないように扱うこの場所で、彼のつぶらな瞳だけが私を真っ直ぐ見てくれているようにも思った。
彼が動くようになると、この部屋にはオモチャなんてないから、二人でオルゴールを聞いたりもした。オルゴールの小鳥を掴もうとするクリスを腕の中に閉じ込めながら、二人であのメロディを聞いた。
そんな交流の中、クリスが一歳となって少し、彼がよたよたと歩けるようになった頃、彼は私のことを「かーしゃ」と呼んだ。
側にいた乳母は「まぁ、お母様を覚えられたのですね」と喜んでいたが、私はその一言に言い様のない衝撃を受けた。
そうだ、彼はいつまでも物知らぬ子供でいる訳ではない。
近いうちに父と母という存在を理解する。そしていつか自分が母とされている人間の子供でないと気付いてしまったら?
クリスはそこら辺のただの子供ではない。常に大人の視線を浴びるところにいる。
彼は自らここに飛び込んだ私と違い、ただ生まれただけなのに。私が母親らしく振る舞えなかったら、彼に疑問を抱かせてしまったら、彼の普通の幸せを奪ってしまうかもしれない。そう思うと急に怖くなった。
クリスが帰ってからもずっとそのことを考えた。けど、どうすればいいのか、いい考えは全く浮かんではこなかった。
答えが出ないまま、クリスと私の交流はそれからも続いた。彼の無邪気な笑顔を見る度、愛おしい気持ち、救われるような気持ちになるのと同時に、胸が締め付けられる様な気持ちにもなった。
頭のいいお姉様なら彼を救えただろうか。私はなんて非力なんだろう。そう悔やまずにはいられなかった。
あいつ等は欲しいものを得て、私だけがこんなところに閉じ込められていると、これまで散々神様に悪態をついてきた。普段もそんなに信仰深い訳でもない。今さら虫がいいと思われるかもしれない。
でも、腕の中のこの温かで、無垢な少年だけはこの笑顔を曇らせず生きていくことができますように。そう神様に祈らずにはいられなかった。
大切で、救いで、心配せずにいられない、そんな存在だったのだと思います。
親子です。