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忘れられない瞳

マリーはどうなってるというお声があったので。

長くなりました。いつもの暗めの話です。

私は侯爵様のお屋敷でメイドとして働いている。主にお嬢様の身の回りのことを担当している。


身の回りと言っても、市井の学校を卒業してすぐの私はお嬢様にお目にかかることなどほぼない。

侍女の方やメイドの先輩から頼まれた雑用をこなすのが今の主な仕事だ。


雇われた当初、初めての職場でガチガチに緊張していた私に、使用人用の部屋で同室となったミーナさんは色々なことを教えてくれた。


もちろん仕事のことも教えてくれたが、おしゃべりな彼女はメイドの中での上下関係、職場内での恋愛のことなど、ゴシップめいたことまで本当に色々と聞かせてくれた。


その話題の中にはお嬢様のこともあった。


「お嬢様は五年程前から家に戻ってるのよ。お城でのお勤めが終わって帰って来たってことになってるけど、ここだけの話、奥さんのいる人に手を出して追い出されたらしいのよ。だから社交界にも出れず、ずーっと家にいるらしいの。

不倫してそれでも何もせず家にいるだけでいい暮らしができるなんて、いいご身分よね」


まぁ実際、侯爵家のご令嬢だからいいご身分なんだけどね、とケタケタ笑いながらミーナさんは言っていた。


その話の真偽は分からないけど、他のご家族の方は何度かお出かけされるところを見かけたけど、確かにお嬢様はお屋敷から出ることなく日々を過ごされていた。



仕事を始めて三ヶ月、ようやく落ち着いて仕事ができるようになってきた頃にその事件は起きた。

その日は奥様が中庭でお茶会を開かれていた。大奥様もお顔を出されるというとこでお屋敷中がパタパタと慌ただしくしていた。


しかしお嬢様付きの我々にはそんな喧騒は関係なく、いつもと同じく粛々と仕事をしていた。

その日は寝室の掃除を任された私がお部屋の窓を拭いていると、「ねぇ貴女」と後ろから声を掛けられた。


聞いたことのない声だなと思いながら振り返ると、そこにはお嬢様が立っていた。


何か粗相をしてしまったのかもしれないと思った私は、すぐに頭を深く下げた。

そんな私を一瞥した後、お嬢様がこう言った。


「出掛けるわ。ついて来て」


私は下っ端メイドであり、お出かけに同行できるような立場ではない。


「で、でしたら侍女の方をお呼びします」


「余計なことはしないで。いいから来て」


自分にできる仕事ではないと思ったけど、ピシャリとしたその物言いから命令を拒むことはできない雰囲気だった。私は戸惑いながらも、小さな声で「かしこまりました」と答えた。


お嬢様は馬車の御者の人にも同じような態度で迫り、馬車を出させた。


こうして無理矢理行われた外出だったけど、お嬢様は行き先は指定するけど、ずっと馬車の中にいた。

目的地に着いても、カーテンを少しだけ開けて窓の外をじっと見ているだけだった。



三ヶ所ほどはそうしていたけど、四ヶ所目のお店では「降りるわ」と言って、店内へと入っていったので、私は慌てて後に続いた。


そこは文具を主にした雑貨を扱うお店だった。置かれているものの値段に目眩がしそうな気持ちになりながらも、私は必死にお嬢様の側に付いて行った。


何か買いたいものが特にある訳でもないのか、お嬢様は色々な商品を見ながら、店内を回っていた。


ときおり足を止めて見つめているものもあった。けどそれは女性用というより、年若い男性が好みそうな万年筆やハンカチの前だった。


しばらくお嬢様の買い物を見守っていると、店の入り口がにわかに騒がしくなった。


視線を向けると、そこには使用人を何人も連れた茶色い髪の少年が立っていた。格好からしてもどこかのお坊っちゃんといった感じの子供だった。


遅れてお嬢様もざわめきに気付き、その少年の方に目を向けた。


その瞬間、お嬢様の表情が驚愕に満ちた。信じられないものを見るかのように、大きく目を見開いたまま、動かなくなった。


同時に、お嬢様の視線の先の少年の周囲も急に慌ただしくなった。その騒ぎに吸い寄せられるように私は再びそちらに目を向けた。


そこには感情が抜け落ちてしまったような、そんな目をした少年がいた。

それは悲しみとも呼べないような、余りにも辛い顔だった。


その少年の表情、周りのざわめき、何が起こっているかは全く分からなかったが、ここから早く離れた方がいいと私は強く思った。


未だ固まるお嬢様の手を取り、「マリー様こちらへ」と馬車が待つ場所まで半ば無理矢理連れていった。


そこからまだ動揺をしているお嬢様を気遣いつつ、お屋敷へと戻った。途中休みながらの移動となったため、お屋敷に戻る頃にはすっかり夜になっていた。


出たときと同じく馬車を裏門へ回そうとしたが、お屋敷の前まで来たとき、門番により馬車は停車させられた。

お嬢様と私はそこで馬車から下ろされた。


降り立ったその場には、今まで見たこともないほど怒りをあらわにした侯爵様がいた。

そこからお嬢様と私はお屋敷に引きずられるように連れていかれた。



連れられた先は侯爵様の書斎だった。当事者ということで私は下がることを許されなかった。


「マリー、お前何をしたのか理解しているのか?」


壁際に控える私の目線の先で、先ほどと変わらず怒りをたたえたままの侯爵様がおっしゃられた。


「私は……そんなつもりはなかったの。ただ、どうしても姿が見たくて。遠くから、一目だけ、一目見れたらよかったの。

でもあの子を見たら、せめて何かを私の代わりに近くに置いてもらえないか、そう思ってしまってあのお店に寄ったの。

でも知らなかったのよ、まさかあんなところで会うなんて……会うなんて……」


涙をこぼし、震えているお嬢様が声を詰まらせながらも答えた。

しかしそんなお嬢様の様子さえも、侯爵様は憎々しく睨み付けていた。


「やはりあの方のご予定をどこからか聞き付けていたんだな。

お前を下手にこの王都から動かすと噂の肯定になると思い、ここに置き続けたことが間違いだったようだな。まさかこんな判断すら誤るとは。お前を買いかぶり過ぎていた。


今日、あの方は父親の元を離れ、離宮に移られたそうだ。茫然自失状態だったと聞く。真実に気付かれたのだろう」


あの方とは、と私が思っていると、お嬢様が急に取り乱し、そんな、まさか、とうわ言のように呟いた。


「まさか、ではないだろう。お前も毎日鏡は見ているだろう?なぜ気付かぬと思える。


私にはそんなことを思う資格さえないかもしれんが本当にお労しい。あの方は知ってしまったんだ。お前は、自分が逃げ出した環境にまだ8歳の子供を突き落としたんだ」


侯爵様のお言葉に、お嬢様は完全に言葉を失っていた。部屋にはただ重たい沈黙が落ちていた。



侯爵様とお嬢様のお話が終わると、私はメイド長に連れられ、ようやく書斎を辞することができた。


「お嬢様の外出に同行するなど、本来貴女の立場で出来ることではありません。それは分かっていますね。今度からそのような職務を越えるご命令があったときは、私たち上役に必ず声をかけるように」


いつもの厳しい声でメイド長がおっしゃられた。私がうまく返事をできずにいると、不意にメイド長が私の手をそっと取った。


「お嬢様が落ち着きのないご様子でらっしゃるとは聞いていたのに、止めることができなかったのは私たちの落ち度です。怖い思いをさせましたね。本当にごめんなさい。

でも今度からは必ず相談をするのですよ。この仕事をする上で、それは主人も貴女も救うことに繋がるのです」


メイド長の優しい声と、手から伝わる温もりで、張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れ、私はぼろぼろと泣き出してしまった。

メイド長は私が落ち着くまで、黙ってただ手を握ってくれていた。



そこからようやく自室に戻ると、かなり遅い時間にも関わらずミーナさんが起きて待っていてくれた。泣き腫らした私を見て、お嬢様に無理矢理連れ出されるなんて怖かったわよね、と私をぎゅっと抱き締めてくれた。


確かに今日は色んな怖いことがあった。でも私の心を占めていたのはあのとき目にした、あの少年のあまりにも悲しい顔だった。



その事件からしばらくすると、お嬢様は急遽遠方へと嫁がれることとなった。

ミーナさんは、「厄介払いも兼ねた政略結婚らしいの。お相手は物好きのじいさんらしいわよ。最近、お嬢様のお部屋から毎晩泣き声が聞こえるんですって。そりゃあ変なじいさんのお嫁さんなんて嫌よね」と言っていた。

ただのメイドの私に真実は知りようはない。けどあの日侯爵様の書斎で言葉を失っていたお嬢様のお姿から、涙の理由は別のところにあるような気がしていた。



ご結婚に伴い、私たちお嬢様付きのメイドたちは配置替えか、別のお屋敷に勤めるか希望を聞かれた。

私は別のお屋敷を紹介してもらう方を選んだ。


お屋敷を離れる日、ミーナさんは泣きながら私を見送ってくれた。最初の職場で一緒に過ごしたのが彼女でよかったと本当に思った。


一旦自宅へ帰るため、私は荷物を抱えて辻馬車に揺られていた。


私はまだ、あの日見たあの少年の空っぽになってしまったような瞳を忘れることが出来ずにいた。


そう言えばあの少年はお嬢様にとても似ていたな、そんなことをふと思い出していた。

ざまぁというとこう身分を剥奪されたり、修道院だったりかとは思いましたが、望まぬ結婚というところで落ち着かせました。


そういう目に見えるものもありますが、母として子に会えないというのも中々に辛いものなのではないかと私は思っています。その辺は父親も同じですが。


余談ですが、メイドの目から見るとマリーはただ驚いたように見えています。

クリスからは恐れているように見えたのは、それだけ既に彼の心に不安があったからです。

余談ですね。

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