王子の花嫁
本編からこぼれ落ちた小ネタその1
ハンクスの結婚
聖堂での式を終え、控え室に戻ってきた。
侍従から水を受け取り、喉を潤していると、向こうに水を飲む暇も碌になく侍女にたかられ、細々と衣装なり化粧なりを直されている、先ほど俺の妻になった女性が見えた。
代われることは代わってやりたいし、こんな俺の妻になってくれるのだ、なるべく憂いから守りたいとは思っている。
今だって休ませてはあげたいが、如何せん今日ばかりは結婚式の主役は花嫁だ。王子の俺だって今日は彼女の添え物。国民が期待しているのは純白のドレスを着る彼女の方だ。
そんな彼女は、約二年前俺の婚約者に内定した。政治的なあれこれや貴族たちの王族に対する感情、色々なものを鑑みた結果の落としどころが宰相の娘である彼女だった。
婚約が内定し、初めて二人きりになったときに、彼女は俺の目をまっすぐ見てこう言った。
「私はこの国と、私の家のためだけに貴方と結婚します」
いい印象は持たれていないだろうなと思ってはいたが、中々厳しい先制パンチだった。
だが、妙なおべっかを使ったり、見え透いた嘘をつかれるよりは好感が持てると思った。
そこからも才女たる彼女は自分にも厳しいが、俺にももちろん厳しく、至らぬところがあるとビシビシと指摘をしてきた。
お陰で婚約して半年も過ぎるころには、俺はすっかり尻に敷かれていると周囲に言われるようになった。
まぁこの婚約自体、宰相が俺に首輪を着けるためのようなものだし、敷かれているという意味ではあながち間違いでもない、と思いながら聞き流していた。
そんなことを思い出していると、諸々の直しを終えた彼女が侍女に連れられ俺の横に来た。「あと5分ほどで移動になります。ここでしばしお待ち下さい」そう言って侍女は下がった。
横に立った彼女の横顔はいつものツンとした顔を見せつつも、少し強ばっているようにも見えた。
今日は人の視線をずっと浴びているのだ。俺はもう慣れているが、彼女はまだそうではないのだろう。
そう思いながらじっと彼女の顔を見ていると、袖をくいと引かれ、「言いたいことがあるのなら、今のうちにおっしゃってください」と少し不機嫌そうに言われた。
言いたいこと、か。
まぁ確かにある。
今までは周囲を欺くために俺は仕方なく彼女を婚約者にした、と見せていた。彼女にも付かず離れずといった距離感で接してきた。そうしなければ、俺に嫌がらせをするのが趣味みたいな奴らにこの婚約を潰されると思ったからだ。
しかしそれも今日までだ。宣誓はなされた。
さて彼女に何を言おうかな、と少し考えたあと、耳打ちをするように俺はそっと身を屈めた。それに気付いた彼女は少し耳を近づけてきてくれた。
しかし俺はその無防備な耳をすり抜け、綺麗に白粉がはたかれた頬に軽く口づけを贈った。
その瞬間は普通にしていた彼女だったが、二、三目を瞬いた後、顔をぼんっと音が鳴りそうな勢いで真っ赤に染めた。
さっきは人前で平然とした顔で唇にキスを受けていたくせに、なんて考えていたら、真っ赤なまま少し目を潤ませた彼女が頬を押さえながら「何のつもりですか」と小声で訴えてきた。
何のつもりかも、何もない。
結婚については色々諦めていた俺に、俺の環境でも、周囲の声でもなく、真っ直ぐ俺自身を見てくれる妻ができたのだ。今日ぐらい少し羽目を外させて欲しい。
そんなことを考えるなんて俺も浮かれているなと思いながら、その気持ちのまま彼女にこう告げた。
「君が好きで、つい」
彼も幸せを感じて欲しいと思った人なので。
こんな感じで続きます。