七色の涼
弟メインの、ファンタジー調です。
でも、やっぱり日常。
雲には乗れないだなんて。
知らされたときは、どんなにショックだっただろう。
吊り糸もなく、天高くを泳ぐ巨鯨。
頭上にひろがるもうひとつの海原に、無造作にまかれた浮島。
青と白のコントラストが、視覚にうったえる以上にも。立体的な質感は、三次元の手触りを約束するかのようだった。
しかし、ハンガーかけや物干し竿もなしに。
うつろな空に架かる存在はやはり、それ自体もうつろな存在なのであろう。
架空。
それでもひとは、うつろな空に、儚い願いを架ける。
つかみとろうと手をのばそうと、宙を掻いては、溺れるようにもがく。
荒波も大渦もない凪は、残酷に。形のみの、実体をもたない空虚を、嘲笑うのだろう。
せめて、息継ぎくらいさせてくれ。
今年の夏は暑かった。
例年よりもかと問われれば、そうでもないかもしれないが。
そしたら、言いなおそう。
今年の夏も、やはり暑かった。
両親の仕事の都合で、ふたり暮らしを満喫している姉弟にも。猛暑は分け隔てなく、その牙を剥く。
扇風機さえ置かれていない。ましてや。壁面にそなえつけられた、冷たいブレスを吐く白龍の如き、直方体の箱などは。
夏祭りで配られていた、うちわひとつをたよりにして。弟は、この燃えさかる日々にたちむかう。
それは、あたかも。ちっぽけなダガーを構えて、炎龍を退治せんとおたけびをあげる、蛮勇の騎士のように。
白龍の加護さえ、得ることができれば。極炎に包まれて、倒れ伏すこともあるまいに。
だが、それは叶わぬ願いと。今はせめて、この焼けただれた肌を癒やす、恵の雨を待ちつづけるほかなかった。
皮肉なことに、こちらの願いは叶ったようだ。
水龍の招いた夕立ちが。灼熱の日差しをしきつめて横たわる、大いなる地龍の胎動を鎮め。雷龍の閃く咆哮が、遠くで唸りをあげれば。その身から熱を奪われた嵐龍は、まだ静観しているらしい。
うちわをあおぐ手を止めて。ひさびさに、寝苦しさから解放された夜に、少年は小さな寝息をたてるのであった。
だけど、安息な日々なんか、そう長くはもたない。
雨があがると、湿気だけが地表に残される。
水龍の裏切り。その加担をうけた炎龍の、暴虐をいさめるすべなど、もはや残されてはいなかった。
蒸し暑さに、もうお手あげの弟には。ふたたび、うちわを手にする気力もなく。
もはや、その存在もまぼろしにすら思える、白龍の訪れに。もう一度だけ。祈りにも似た、願いを架けるしかできなかったのだ。
たとえその願いが、叶わぬ架空のものだとしても。
「ちょっと。外にいらっしゃい」
屋外に出るのを避けることで、日差しへの抵抗の姿勢を、なんとか崩さずにいた弟を。ひきこもりから解き放とうと、姉の呼ぶ声がする。
いったい、どうしたっていうのさ。
しぶしぶ。かつ、のらりくらり。
スニーカーをひっかけて、外界との接触をとりもどした弟が、晴れあがった空を見やると。
そこには、七色の虹が架かっていた。
その橋を渡ることは叶わなく、それを架空と呼ばれようとも。
輝きと色彩は、実体以上の厚みをもって。
指で触れられなくても、心には優しく、たしかな触感を残した。
「ふふ。少しは涼しくなったかしら?」
風鈴は聴覚から涼をもたらすが、この虹も、視覚から涼をくれるはず。
しかしながら。
姉のもくろみは効果的ではあったが、悲しくも見当ちがいでもあった。
虹の美しさに目をうばわれながらも、弟はひとつの想いを消せずにいたのだ。
これまでずぅっと、望んで止まない。架空とまで、呼ばれた願い。
「やっぱり、クーラーほしいなぁ」
必要なのは、冷房だ。
ごめんね、レインボー。
いっぱい龍を出せて、楽しかったです。
セルフ・リメイクもとの4コマのネームには、出てこなかったので。