93:ゼノ・セル・アーベンラインの過去~中編~
魔女の名は、クラウディアと言った。
それから、クラウディアは言葉通り、毎日ゼノに会いに来た。そして魔女クラウディアの陽気な性格はあっという間に、ゼノの心を掴んでしまった。そしてクラウディアもゼノに惹かれ、二人は恋人のような関係になっていた。だが、彼女は種族は違えどゼノが侯爵の嫡男という事はちゃんと理解をしていた。
「クラウディア、俺は侯爵になれなくとも、君と一緒にいれれば。」
「ゼノ、あんたの気持ちは嬉しいけど、それはダメよ。初めの約束通り、私は子供を作れればそれでいいの。」
「そんなクラウディア・・・」
「そろそろいい頃合いかもね。ゼノ、子作りしてくれる?」
「・・・君は、そうしたら去ってしまうだろう。」
ゼノはわかっていた、事が終わればクラウディアが、自分の目の前から去っていくであろうと。
「ごめんね。それが魔女の習性なの。魔女は身ごもれば、しばらくは外界と遮断するの。それに、ゼノにも縁談がきているでしょ?だから私はそろそろ去らなければいけないわ。」
「俺が離れたくないといっても?」
「ゼノ、あんたの気持ちは嬉しい。だけどダメなのよ。あんたは侯爵家の嫡男だもの。」
クラウディアも本当は一緒にいたかった。だが、自分がゼノの足を引っ張る訳にはいかないと思っていた。
「俺が・・・俺が平民だったら。」
この時ばかりはゼノは自分の貴族であることを恨めしく思った。
「たらればの話はなしよ。ゼノ、私の一生の思い出になるようにお願いね。」
「クラウディア!!」
魔女は相性を重視するので、あまり恋愛感情を持って子作りをすることはないのだが、ゼノとクラウディアはお互い相思相愛ではあることは理解していた。
そして、離れ離れになることをわかっていた二人は、今この時だけは片時も離れないようにと、熱く抱きしめあっていた。
そして、次の日の朝には、クラウディアはベッドからいなくなっていた。
その後はゼノは結局、貴族であることから政略結婚をした。妻になったシェリ―は伯爵家の令嬢だったが、身体が丈夫な方ではなかった。実は侯爵とはいうものの、アーベンライン家は財政難であった。そこでシェリーの実家で裕福な伯爵家が財政を支援する形での、言わば典型的な政略結婚であった。しかし妻となったシェリ―は、実家の事を鼻にかけるわけでもなく、大人しくも献身的にゼノを支えていた。そしてシェリーとの間には、一人の男児を設けることができた。その子は、コンラートと名付けらられ、その子が4歳になる直前に、またもや唐突にそれは起こったのだった。
寝静まった深夜のこと、ゼノは仕事が立て込んででおり、執務室でまだ仕事をしていた。すると、窓が突然開いたかと思うと、旋風が巻き起こり視界が遮られた。しかし目を開けた次の瞬間、見知らぬ女が立っていた。
「だ、誰だ?!」
ゼノはすぐさま、執務室のデスクに立てかけてあった剣を手に取った。
「あんたがゼノかい?」
「如何にもそうだが・・・何者だ?」
よく見ると女の腕の中には赤ん坊がいた。ゼノは訳が分からず、あぁそういえばクラウディアの時も訳が分からなかったなと、不意に思い出した。
女は質問に答えず、赤ん坊をゼノの前に付きだした。
「この子は、クラウディアの子供、つまりあんたの息子だね。」
「?!クラウディアは?それに息子?え?」
ゼノは訳が分からなかった、目の前の女は誰なのか、魔女は女児しか生まないと聞いていないのに、息子とは一体どういうことなのか。それに期間が合わない。クラウディアと関係したのはもう数年前の話だが、この赤子は間違いなく生まれて間もなかったからだ。そして目の前の女はクラウディアと繋がりを持っているのは間違いなかった。
「前代未聞さね、魔女に男児ができるなんてね。子供に罪がない事はわかっている。だけど、この子を魔女社会で育ててやることはできない。だから、父親であるあんたの所に連れてきた。」
「クラウディアは?クラウディアは一緒じゃないのか?!」
そう何故、この場にクラウディアがいないのか、不思議だったのだ。