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92:ゼノ・セル・アーベンラインの過去~前編~

 アーベンライン侯爵の若かりし日、魔女との出会いは突然だった。


 ゼノ・セル・アーベンライン19歳、

 その日はうららかな陽気な中、ゼノは呑気に木の傍で本を読んでいたが、いつしかその本を広げて顔に乗せ、昼寝をしていたのだ。すると、どこからともなく声がした。


 「ねぇねぇ、貴方」


 初めて聞く声に、一体誰なのかと身体を起こしキョロキョロするもそれらしい人影は見当たらない。


 「やだどこ見てるの、上よ上。」


 よく見ると自分が昼寝をしていた木の上から声がしたのだ。そして頭上には若い黒髪の女が木の枝に腰をかけていた。


 「ええ?!」


 貴族であるなら、というか子供ではないのだから普通は若い女性が木になど登ったりはしない。なので、ゼノは目の前の光景に驚いたのだ。


 「よっと。」


 そういうと、女は木から飛び降りた。


 「あぶない!」


 「え?ちょ、邪魔!!」


 実は女は、木から飛び下りるなど造作もなかったのだが、男にしてみれば若い女が木の上から飛び降りるなど有り得ない訳で、なので慌てて助けようとしたが逆にもつれてしまい・・・二人は痛い目にあった。



 「「いたた・・・・」」


 「あ、危ないじゃないか!」


 ゼノは女に向かってそう言ったのだが、その黒髪の女は


 「何よ!邪魔しないでよ!私にはこのくらいなんてことないわよ!」


  そしてすくっと立ち上がると、


 「だって、私魔女ですもの。」


 そこでゼノは、はじめてその女の顔をまともに見たのだ。長いウエーブの黒髪にそして切れ長の赤い目、そして人ならざるものの妖艶な魅力がその女にはあった。人種として魔女という種族がいることは知っていたが、まさか自分の目の前に現れるなど思っても見なかったのだ。


 まさかあの・・・魔女?!


 「なーに、惚けてるの?ま、私がキレイなのだから見惚れるのはわかるけどね。」


 女は自身の美しさを鼻にはかけてはいたが、不思議なほど嫌味はなかった。そう思うとなんだか笑いもこみ上げてきた。


 「まぁ否定はしないな。」


 「ふふ、素直でよろしい。」


 「で、その魔女様が何故こんなところに?」


 「んーとね。はっきり言ってしまうと、私貴方と子供を作りたいの。」


 ・・・・・はい?

 

 ゼノは聞き間違いかと思い、


 「あれ?聞き間違いかな?子作りとか?」


 「いいえ、聞き間違いじゃないわよ。私と子作りしましょ。」


 魔女は妖艶に微笑んだ。ゼノは一瞬頷きそうになるも理性を取り戻し、顔を真っ赤にして


 「ば、バカな!初対面で何を言ってるんだ!」


 「あら初心なのね。まあ人間とは、習慣が違うから無理もないわね。いいわ、ちゃんと説明してあげる!」


 そういうと、その場にドカッと座り、なぜそうなったのかをその魔女は説明してくれた。


 魔女という種族に男はいないため、他種のオスとで子を成すこと。その相手のオスは恋愛感情ではなく、あくまで相性で決めるのだそうだ。


 「相性?」


 「そ、私の占いにも出てるのよ。貴方と子をなすことが一番相性がいいの!」


 「でも・・俺は侯爵家の跡取りだし、簡単に言われても。」


 「あぁ、人間は貴族とか平民とか身分制度とかややこしいのがあるみたいだもんね。そこは気にしなくていいわ。貴方とは子供が欲しいだけであって、結婚してほしいとか侯爵夫人になりたいわけではないのよ?」


 「あ、そうなんだ。でもそれだけではなくて・・・」


 ゼノは遠慮がちだが、言うべきことはちゃんと伝えようと思った。


 「何なのよ!めんどくさいわね。別の奥さんにして!とか言ってる訳じゃないじゃない!」


 魔女も知識としては持っていた。身ごもったことを盾に結婚を迫る女性がいることを。だが、自分は決してそうではないと、一緒にされるのは彼女なりのプライドが許さなかった。


 「いや、いくら綺麗でもよく知らない好きでもない人と、そういうことをやるというのはちょっと・・・」


 「?!」


 ゼノがそう言うと、魔女は目は見開き、そして肩が震えだした。


 「あはははは、やだ真面目なのねぇ。なるほど確かに初対面だものね。私の事何もわからないものね!わかったわ!そういうことなら、しばらく交際しましょ。」


 「交際?」


 「えぇ、人間でいうところのお友達から付き合いましょ、っていうやつかしら?」


 「はぁ。」


 「何よ、気のない返事ねぇ。」


 「いや、いきなりの展開すぎて、頭が付いていけないっていうか。魔女とか、実際に目の前にいることも。」


 先ほど会ったと思えばいきなり身体の関係を求められるなど、夢にも思わなかったし、ましてや相手は魔女だ。現実味がゼノにはなかった。


 「ふふ、そうね。私達魔女はあんまり人里にも姿を現せないからね。」


 魔女は全般にどちらかというと、ひきこもり体質なところはあったことと、人種的にも希少であることから余計に輪がかかり、滅多と人前に現れないことから、悪く言えば珍獣、良く言えば神秘的な存在のように思われていることがあった。


 「いいわ!納得してくれるまで、私毎日ここに来るから!」


 「ええ?!」


 「子作りできそうになったら、言ってよね?」


 そういうと魔女はまたもや微笑んだのだか、その様にゼノは不覚にもときめいてしまったのだ。


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