80:『剣気』(シエラ)
「あぁ、レナウドか。」
後ろから聞こえた落ち着いた声の主は、初老の男性だった。
こちらの執事的な感じなのかな?離宮って勝手がわからないわ。
「えぇ、こんな時間にどちらに?」
するとぎゅっと片手で抱き寄せられて、
「彼女を娼館に送り届けないといけなくてな。」
「それでしたら・・・わざわざ殿下自らでなくとも、他の者に・・・」
と、私の方を見て、何とも複雑な顔をされている。まぁそーなるわよねー。
「俺に火急の用があれば、そうしよう。だがそれ以外なら、任せる気にはならないのでな。」
本当に、ランスロット王子ってば、キャラが違うわ。珍しいわよね。家の方が、人格を取り繕っているなんて、普通は逆でしょうに。それだけ、この離宮が彼にとって安らげる場所ではなかったのだろう。
「ほぉ、殿下がお珍しい、そこまでこのお嬢様に入れ込んでいらっしゃるとは。」
「ふっ、否定はしないよ。」
娼婦ってこういう場合、どうしたらいいのかよくわからないのだけど、抱き寄せられたままの体制で固まっていた。
「かしこまりました。ではまだ外は暗いですから、お気をつけて。」
そういって、執事?らしき人は恭しく礼をした。
「あぁ見送りはいらないから。」
「仰せのままに。」
そうして、扉は閉められた。
取り合えず、離宮からは何とか脱出できた!だけどまだ敷地内だからまだ安心は到底できない。アルバード達は離宮敷地のすぐ傍で待機しているらしい。この道を抜けたら!
「シエラ王女もう少ししたら、アルバード卿達と合流できますから。」
ランスロット王子は私を安心させるように、小声でそう言った。
「はい!」
経った一日のはずなのに、こんな形で離れてしまったからか、なんだか何日も会っていないような気持ちになっていた。アルバード、早く会いたい!
「・・・まさかねぇ。シエラ王女が元に戻っているとは、私も驚きましたよ。」
「「!!!」」
すぐ後ろから聞こえたこの声は、トリスタン!バレた!
すぐに、ランスロット王子は振り向き帯剣していた剣を手に取り、私を背に庇うように臨戦態勢をとった。
「ふふっいやぁ驚きましたよ。それにまさか第一王子と結託されていたとはねぇ。」
「お前には関係のないことだ。」
ランスロット王子は冷たくそう言い放った。
「関係ですか?大ありですよぉ!何せ、」
「私が、王女様に呪いをかけた本人ですからねぇ!《火炎槍》」
そういうと同時に槍に火をまとったような魔法を放たれた!
当たる!!と思ったら、
「鏡水壁!!」
ランスロット王子がそう言うと、剣から水のような膜が出て、トリスタンが放った火の魔法を防いでくれた!だけど、これって?!
「なるほど、お噂は聞いておりましたが、『剣気』を扱うのに長けていらっしゃるようですね・・・」
「ふん。お前も知っているだろうが、俺には魔力はほぼないからな。他の物で補うしかないだろう。」
「いやはや、その若さでそこまで『剣気』を扱えるとは、さっきから驚きの連続ですよぉ。」
そう言うとトリスタンは、私が先ほど見た獲物を見つけたような目をしていた。『剣気』は聞いたことがあった。熟練した剣士が使う技だそうで、詳しい原理は良く知らないけど、元々個々に持っている火とか水とか土とかの属性を『気』として練り合わせて疑似魔法的(でも魔法ではないんだって)なことができるらしい。その『気』というのは、普通では扱うことはできなくて、素質もあるんだけどたくさん修行しないとマスターできないらしい。ってアルバードの受け売りだけど!
「ふ~む、しかし困ったものですねぇ。貴方を傷つけると、ブリギッド様のご不興を買いそうですしねぇ。」
「そうか、なら諦めたらどうだ。」
「そうしたいのは山々なんですけどねぇ。ですがランスロット王子、貴方が私の邪魔をするというのなら、・・・話しは変わってくるんですよぉおお!!《灼熱の牢獄》!」
トリスタンが言ったと同時に私達の周りを何本もある火柱が囲んだ!
「フハハハハ!庇いきれますかなぁああ!!」
それは、シエラとランスロットを囲んだかと思うと、二人を閉じ込めるべく急速に狭まってきたのだ。
「くっ!!」
ランスロットは焦った。シエラには攻撃しないと踏んでいたのに、まさかトリスタンがシエラまで巻き込んで攻撃するとは思ってもみなかったからだ。。自分一人ならまだしも周りを全て囲まれては、シエラを庇いながら《剣気》だけでは防げないことがわかっていた。だから咄嗟に、
「ぐっううぅ!」
「ほぅ・・・」
「ランスロット王子!!!」
ランスロットは瞬時に『剣気』でシエラの周りを囲い、足りない範囲は自らが盾になって『剣気』で多少はトリスタンの魔法の威力を抑えはしたものの、ほとんど攻撃を受けてしまう形になってしまった。火の上級魔法だったため、当然のごとくランスロットは火傷を負ってしまい倒れてしまった。
「おやおや、言わんこっちゃない。」
そしてトリスタンは護衛を殺した時と同じように、何てことないように言い放ったのだ。
シエラは屈んで、ランスロットの容体を確認した。ランスロットの服は当然半分ほど焦げてしまい、顔や体にも痛々しいほどの火傷の痕があった。シエラの目には涙が溢れていた。
「う・・・すみ・・・ません。逃げて・・ください。」
だが、ランスロットは、そんな自分に構うことなく、シエラをこんな時でも気遣っていた。
私を、私を庇ったから、こんなに火傷してしまって!!
「ラ、ランスロット王子、ごめ、ごめんなさい!」
シエラは涙が止まらなくなっていた。
「さ、シエラ王女、離宮に戻りましょうか。」
「!!」
上を向くとトリスタンは、いつの間にかすぐ傍にいて、残酷な笑顔でシエラに手を差し出していた。




