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65:待ってる(シエラ)

 「ヤンギルド長!」


 ヤンはクナイを両手で構え、トリスタンと対峙していた。シエラは安堵した。そういえば、見えていないが他にも護衛はついてるからと言われたのを思い出し、それがヤンだったのだと納得したのだ。


 「ヤン・リーリンでしたかねぇ?今までも散々邪魔してくれていたようですが・・・今回は私自ら赴いてますから遠慮していただけないですかねぇ?」


 「馬鹿をいうな。シエラ王女の護衛が俺の任務だ。」


 シエラはヤンがギルドで会った時と、ガラリと雰囲気が変わっていることに気が付いた。


 そうか、これが本来のヤンギルド長なんだわ。所謂お仕事モードってやつかしら?


 「くくっ任務に忠実なことですなぁ。」


 だが、その魔人の男トリスタンは、どこまでも人を小馬鹿にしたような態度を崩さなかった。


 「せっかく穏便にすませようと、今回は睡眠魔法を使ったんですけどねぇ。私としては大人しくシエラ王女が私と一緒に来てくれれば、それでいいのですよぉ。」


 さらっと拉致発言を言ってのけた。


 「な、なんで私が貴方の言うとおりにしなきゃいけないのよ!行くわけないでしょ!」


 さすがのシエラも腹が立って、言い返した。


 「お前の要求に素直に応じるはずがない。ここは時期に包囲される。大人しく、投降するんだな。」


 「・・・そうですねぇ。確かに状況的に私は不利ですが・・・こうすればたちまち、形勢逆転することができるんですよぉ。」


 そう言うや否や、トリスタンは寝ている護衛とユーナを宙に浮かせて、そして護衛の一人にナイフを首元に当てた。


 「!!」 


 魔法で眠った者達を人質にしているは明白だった。


 「それがどうした。お前がソレらをどうにかしたところで、シエラ王女は渡さない。」


 ヤンは物を見るような感情のない目で言い放った。


 「くくっ貴方はそうでしょねぇ。ですがお姫様はどうかなぁ?」


 「い・・・いや・・・」


 シエラはトリスタンが何をするのか、想像に容易かったが、狼狽えるだけであった。


 「あぁ、説明するよりも、百聞は一見に如かず。見本を見せた方が早いですねぇ。」


 そう言うと、トリスタンは何の躊躇もなく、護衛の一人に首をナイフで掻き切った。首からはおびただしい量の血液が噴き出した。

 

 「つまりはこういう風になると、大変わかり易いでしょう?」


 たった今、非道な行いをしたばかりなのに、何てことのないように言い放った。首を切られた護衛は、見ただけで事切れているのがわかった。


 「あ・・・あ・・・・きゃぁああああああ!」


 シエラの目の前で、あっけなく護衛の一人が殺されてしまったのだ。


 「さてと、お次は・・・貴方の世話を焼いていた、この女人にしましょうかねぇ。」


 そしてトリスタンはユーナをターゲットにユーナの首元にナイフを当てた。


 「や、やめて!!!お願いやめてぇ!!!」


 シエラは泣きながら懇願していた。ユーナは幼い頃からずっと一緒にいたのだ。シエラにとって、身内同然ともいえる大切な人だったから。

 

 「お願い・・・一緒に行くから・・・ユーナにそんなことするのは、やめて・・・」


 「ダメです。シエラ王女、行かすわけには行きません。」

 

 ヤンの立場としては当然シエラを連れていくなど見過ごすわけにはいかなかった。


 「本当は・・・行ってはダメだなんてわかってる。だけど・・・それでもユーナは私の大事な人なの。お願い!!」


「お気持ちはわかりますが、承諾するわけにはいきません。」


 ダメだわ。ヤンギルド長は任務に忠実な人だわ。絶対に私を渡すようなことはしない。一体どうしたら・・・!そう言えば、これがあったわ!


 「ヤンギルド長、お願い。この男は・・・私をすぐに殺すようなことはしないわ。そこは安心していいと思うの。きっと私の『祝福』が何なのか知りたいのよ。だから直ぐに殺すようなことはしないはず・・・」


 「申し訳ありませんが、そのお願いは訊けません。如何なる犠牲を払おうと、俺は俺の任務を遂行するのみです。」


 ヤンは、抑揚のない言葉できっぱりと断った。


 あぁ、やっぱり・・・ならば!!


 「ヤンギルド長、ごめんなさい!!」


 私はネックレスをヤンギルド長に向かって投げ付けた!


 「なに?!」


 するとネックレスは一瞬光ったかと思うとその形状と大きさを変え、生きた鎖のようにヤンに絡み付き、手足の自由を奪い拘束した。


 「くっ!!」


 すごい、まさかネックレスがこんなに変わるなんて!ヤンギルト長に巻きついて、動けなくしている!



 「ほぉ・・・あんな術が仕込んであったとは・・・さすが私が認めた魔女イライザといったところですかねぇ。」


 こいつがこれ以上変な気を起こさないうちに、この場を去らないと!私はすぐさま、魔人の男の所に行った。


 「早く、ネックレスが何時まで持つかわからないわ!早く私を連れて行きなさい!」


 「だ・・だめだ。シエラ王女・・!」


 ヤンギルド長は必死にネックレスの拘束に抵抗している。本当に時間の問題だわ。


 「そうですねぇ。厄介な奴ですから、このまま殺してしまいたいところではありますが、本来の目的が達成できなくなってしまう可能性が否めませんからね。ここは大人しく去りましょうか。」


 「ぐぅっ・・ううっ!!!」 


 「ヤンギルド長本当にごめんなさい。だけど、ユーナは私にとって本当に大切な人なの。むざむざ殺させるわけにはいかないの!」


「ふふっ、お優しいお姫様、貴方ならそういうと思っていましたよぉ。」


シエラはキッとトリスタンを睨みつけ、そしてヤンに視線を向けた。


「ヤンギルド長、アルバードに伝えて。待ってるって。私、アルバードが助けに来てくれるのを、待ってるって!!!」


 シエラはこれ以上は泣くまいと必死で涙を堪え、ヤンギルド長に向かってアルバードへの言葉を残した。


 「ふふ、健気ですねぇ・・・では、シエラ王女はいただきますよ。《召喚:フレスベルグ》白銀の翼の有るものよ。姿を現せ。」


 大きな白い翼を持つ鷲のような鳥を召喚したトリスタンは、マントにシエラを包み込み、その召喚獣に乗って、窓から逃亡した。


 残されたのは、まだ眠ったままのユーナと護衛騎士、そして物言わぬ死体が横たわっていた。


 ヤンは、やっとネックレスをバラバラにして、拘束から脱出はできたが、追いかけるも既に姿はもう見えなかった。


 「おの・・れぇえええ!!」


 ヤンの咆哮がその場に響き渡った。


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