27 惨劇の始まり
「我らは『春の神殿』より派遣された神殿騎士である! ここに無辜の民を唆すダンジョンがあるとの報告を受けて調査に参った! やましいところ無くば抵抗せず我々に協力せよ!」
ヴァルハラの入口前に現れた神殿騎士を名乗る武装集団。
その人数は六十人を超えており、装備を整えているだけならば冒険者や傭兵も似たようなものだが、春告草の花の紋章が刺繍された白い外套に身を包んでいることから、神殿騎士というのも間違いではなさそうだった。
この場合の紋章とは身分や立場、地位を示すものであり、偽装すれば極刑もありうるほど重い罪だからだ。
だが、それならば神殿騎士が現れた目的はなにか?
調査と言っているが、攻略の間違いではないのか?
それとも他に裏があるのだろうか?
これは……自分たちの手に余る!
そう考えた門番より報告を受けた警備隊のリーダーを務めるヴィオラは、すぐさま各所へ連絡を取ることにした。
具体的には冒険者ギルド支部のゲオルクや、ヴァルハラの主であるアルマ、そして領主代行のイリスだ。
これは非常にデリケートな問題であり、警備隊の一存で決めることはできないという判断からなのだが……。
「おかしい。この時間ならお昼寝はしていないはず……」
アルマとイリスの両名と連絡が取れなかったのだ。
何度も懐中時計で呼びかけたが、反応はない。
ヴィオラは二人になにかあったのだろうかと心配するも、このヴァルハラ内に限っては杞憂だろうと思い直し、すぐに連絡が取れるほうを優先する。
一方その頃、アルマとイリスがどうしていたかと言うと……。
「……んぅー、ねこぉ、ねこがぁ、あふれるぅ」
「アルマしゃまぁ……」
完全に酔い潰れてまったく起きる気配がなかった。
酔っ払い少女はさておき、幸いにもゲオルクと連絡が付いたヴィオラはどう対応するべきか相談する。
神殿がどこまでヴァルハラの情報を掴んでいるか、いきなり神殿騎士を派遣した目的がなにかは不明だったが、すんなりと入れていいわけがない。
神殿はダンジョン必滅を掲げているのだから。
ヴィオラの持つ情報では領主がヴァルハラの後ろ盾となっている。
だが、それが公表されるのは春になってからの予定であったし、なによりも残念なのは……その程度の権威が通用する相手ではないことだ。
仮に領主や冒険者ギルドが管理しているから問題ないと説明しても、その管理がしっかりと行われているかどうかの監査に切り替わるだけだろう。
それほど神殿が持つ影響力は強かった。
「どうにか追い返す方法は……」
『いや、その人数で装備まで整えているなら強行手段に出るはずだ』
ゲオルクの言葉にヴィオラもはっとする。
相手は神殿騎士……神殿の武力面である。
ちょっとやそっとの理由では引かないからこそ、ヴァルハラに味方する勢力を拡げようと各ギルドや領主が奔走しているのだ。
国ひとつが後ろ盾となれば神殿の意向も受け流せるが、現状では言葉だけでどうにかするのは不可能だった。
さらに付け加えるなら、仮に神殿騎士の調査に抵抗したとすれば、次に出て来るのは神殿の最高戦力である『聖女』である。
一般にはあまり知られていない話だが、聖女とは人類最後の砦だ。
女神に最も近しいともされる彼女たちは、女神の加護を最も強く受けており、時には神の代行者としてモンスターを駆逐する。
これに敵対するのは女神に敵対するも同然であり、はっきりと言えば自殺行為そのものだ。
「つまり、素直に受け入れると?」
「ひとまずは、そうなるな」
常識で考えればヴァルハラ攻略を許してしまうわけで、それはアルマを裏切る行為だったが、あくまで神殿騎士たちは『調査』に訪れたと宣言している。
問答無用でダンジョンを攻略するつもりも、門番の警備隊を捕縛するような気配もなかったのだ。
もし神殿側でもヴァルハラの扱いが定まっていないとすれば、全力で無害をアピールすれば、あるいは見逃される可能性もある。
そうヴィオラが覚悟を決めかけた時、懐中時計で通話中のゲオルクから思いもよらない言葉が飛び出る。
「言いそびれたが、実はさっき俺のところに連絡があってだな。どう対応すればいいのか細かく聞かされている」
「それは……?」
「ともかく今から言う通りに動いてくれるか。あまり遅いと向こうもどう動くかわからん」
「……了解した」
説明を後回しにされてしまったが、なんとなくヴィオラは理解する。
先んじて神殿騎士への対応策を考案し、冒険者ギルド支部長のゲオルクを手足のように使える者など、数えるほどしかいない。
特に、このヴァルハラで該当する者はヴィオラの知る限りひとりだけだ。
ヴィオラがゲオルクから指示を受けていた頃。
雪が積もった寒空の下、入り口前で待たされていた神殿騎士たちは門番と対峙する形で一触即発の雰囲気を放っていた。
ここまでの道は除雪されていたため歩きやすかったものの、寒さだけはどうしようもない。
早く入れろと圧力をかけ続けているのだ。
それでも無理やり押し通ろうとはせず、律儀に待っているのは相応の理由があるのだが、そんなことなど知らない門番からすれば、いつ不満が爆発するかと気が気ではない。
やがて姿を見せたヴィオラの案内で、ようやく神殿騎士たちはヴァルハラ内部へと踏み入る。
緩やかな坂道を下ると最初に広がるのは、第一階層の広大な馬車用のパーキングエリアだ。
そこまで進むと、ヴィオラは神殿騎士に振り返る。
「ここから先はそちらの自由に行動してくれて構わない。こちらも神殿騎士の調査を妨げるような真似はしないと約束しよう」
そう素っ気なく言うと、話は終わりとばかりにヴィオラは去って行く。
邪魔はしないが協力もしない……そんな意思表示であることは明らかだった。
いきなり放置される形で残された神殿騎士たちは、その不遜な態度に文句を口にする。
「まったく、神殿騎士に対する敬いってのがないな」
「しかし自由にしろというのは、こっちにとっても好都合だろ」
「そうだな。周囲に人目もないようだし、これなら動きやすい」
「では手筈通りに……始めるぞ」
不穏な気配を漂わせて神殿騎士たち……いや、神殿騎士に扮した者たちは互いに顔を見合わせる。
そう、彼らの正体は神殿とはまるで無関係どころか真逆の存在だ。
神殿が世のため人のために尽くし、秩序を保つ正義の集団だとすれば。
彼らは己の利益と欲求の赴くままに暗躍する悪人の集まり。
通称『闇ギルド』と呼ばれる犯罪者集団である。
その目的は大きく分けて二つに分けられた。
ひとつはヴァルハラを危険なダンジョンであると喧伝し、後ろ盾となっている領主バルトロメウス・フォウ・グランツシュタインを貶めるための下地作り。
そして二つ目はリークされた情報から居場所を掴んでいる、領主の娘ことイリスを確保することだ。
どちらも領主に関連しているのは、彼に恨みを抱く人物が闇ギルドにそれら工作活動を依頼したからである。
その人物の名前はブルルンハルト・ゲステング……隣領の領主だ。
このブルルンハルトという男、見た目は肥え太った豚のように醜く、性格を一言で表せばゲスそのもの。
領民から税金をむしり取ることしか頭になく、そのくせ貴族としてのプライドは人一倍高いため、決して自分の非を認めない。
そんな悪徳領主の隣にいたのが、名君として評価されているバルトロメウスなのだから、逆恨みするのは時間の問題だったのだろう。
始まりは小さな嫌がらせに過ぎなかったが、徐々にエスカレートして悪質な工作を仕掛けるようになり、ついには悪名高い闇ギルドまで動かした。
今回の一連の騒動も、闇ギルドが関わっている。
まず冬を前にして村々の食糧庫をモンスターが襲った件。
これも、そう見せかけた闇ギルドの仕業である。
いくつもの村が潰れれば、領主の管理責任が問われる流れを期待してのものだったが、結果としてブルルンハルトの企みは失敗した。
バルトロメウスの迅速な判断と、アルマの支援があったおかげだ。
ここでヴァルハラの情報を掴んだブルルンハルトは、次の標的をヴァルハラへと移したのである。
協力関係にあるというダンジョンが危険なものであったと露見すれば、バルトロメウスの信用は失墜するだろう。
そのためにヴァルハラ内にいる者はひとり残らず始末してしまい、誰かが逃げても外で待機する別動隊が対処する。
最後は生き残りを仕立て上げ、都合のいい証言をさせる作戦だった。
わざわざ神殿騎士に扮したのも、なるべく怪しまれずに内部へ入り込んでから下準備……空気中に毒を撒く魔道具を設置するためである。
この方法ならば訓練された冒険者たちが相手でも関係ない。
もしも成功すれば、ヴァルハラ内にいる何百人という人たちが犠牲になる惨劇となってしまうだろう。
「情報によれば各フロアを移動できる小部屋があるはずだが……」
「なあ、『全五階層』というのは間違いないのか?」
「それは心配いらん。信頼できるたしかな筋からの情報だ」
「前に聞いた時にもはぐらかされたけどよ、そろそろ教えろよ。ここの領主の娘がいるってのも、同じところからなんだろ? 何者なんだその情報源は?」
周囲にまったく人の気配を感じられないこともあってか、闇ギルドの刺客たちは警戒もせずに話し続ける。
「まあ、もういいだろう。お前らが不安に感じるのもわかるからな。いいか、こいつは絶対に漏らすんじゃないぞ? なにせ情報源は……貴族なんだからな」
「おいおい、マジかよ」
「本当の話だ。しかも領主サマのパーティに参加して得た情報らしいからな。とんでもねえ悪党だぜ」
「どこにでも裏切りもんってのはいるんだな」
「……だがよ、あの『馬のない馬車隊』についての情報はなかったんだよな?」
ヴァルハラから出立した銀の魔動車・改だが、馬こそ引いていないが他に形容する言葉を持たない刺客たちは『馬のない馬車隊』と呼んでいた。
「あんなにぞろぞろと……しかも街の方角とは違ったぞ」
「気にするこたぁねえよ。戻ったところで別動隊が足止めするんだ。俺たちが引き上げた後に残るのはモンスターに襲われた哀れな死体だけってな」
ギルドがダンジョンを利用しているとしか考えていない刺客たちは、まさかダンジョンマスターが全面協力しているとは夢にも思わない。
仮に刺客たちの作戦が成功してしまい、外に出ていて助かった者が惨状を目の当たりにしたとしても、それをアルマの仕業だとは考えないだろう。
その時点で作戦は失敗しているのだが、そんな事実を知る由もない刺客たちはいくつかのグループに分かれる。
領主の娘が確保できずとも、一定時間後に毒の魔道具を一斉に起動する。その最後の確認を終えて、行動を開始した。
結局、誰ひとり刺客たちの周囲を飛び回る小さなスパイに気付くこともなく。
ヴァルハラ第十階層の中央塔、その地下にある指令室。
ここには中央のすり鉢状の台座で、直径二メートルの球体が無重力空間に浮かぶかのようにふわふわしている。
以前アルマが作った球体ボディだ。
しかし現在、その球体は前面部が大きく欠けて内部を露出している。
そして、そこに半身が取り込まれてしまったかのような状態の少女が、体の各所から太いコードを生やしていた。
頭部をすっぽりと覆ってしまうヘッドギアと、目元を隠す仮面のようなバイザーによって表情こそ読めないが、球体ボディの表面を走る光点が彼女の内心を表すように激しく動き回る。
「――――侵入者の分散と移動を確認。各階層に通達。迎撃態勢に移行せよ。敵はマスターアルマのヴァルハラに害をなす獣である。一切の被害は許さない。繰り返す。我らの存在理由を示せ。以上」
無機質な声で指示を出しているのはアルヴィトだ。
その平静そのものな声色に反して、球体ボディは低く唸るように鳴動する。
実のところ神殿騎士に扮する刺客がヴァルハラに近付くよりも前から、彼女はすべて把握していた。
というのもヴァルハラを出発した部隊のひとつ『偵察部隊』の一部が、怪しい集団を近くで発見したとして報告に戻っていたのだ。
傍らで小鳥が佇んでいたのに気付かず、暢気に打ち合わせをして作戦内容を喋ったのが運の尽きだろう。
さらにヴァルハラへ侵入してからは、認識阻害型観察機という羽虫ほど小さい機械が偵察しており、やはり会話を拾っていた。
初めからすべてが筒抜けである。
周囲に人の気配がなかったのは間違いない。
だが、鳥や羽虫を疑うほどの警戒心はなかった。
そして彼らにとって不運なことに、今このヴァルハラには戦場に出られず活躍する機会を欲する者が多かったのだ。
さながら生贄を欲するダンジョンのように、刺客たちを奥へと誘い込む。
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補足:後に説明を入れるつもりですが闇ギルドは通称なのでそういうギルドが存在するわけではありません。




