27 アルマとイーリス1
お引越しとモニターが割れたりで予定より遅くなりました。
どうにか領主さんとの会談は無事に終わり、ボクは難しい話を乗り切った。
まだすべてが解決したわけじゃないけど、すぐに決めないといけない議題は二つだけだそうなので今は終わりだよ。永遠に終わっていて欲しいね。
それから翌日。
ボクはホテルの上階にあるスイートルームのフロアへ向かっていた。領主さんたちが宿泊しているところだ。
でも目的は領主さんではなく、その娘であるイーリスちゃんの部屋だ。
そろそろ連れて行かれたままのシロヌマネコちゃんを迎えに行かないといけないし、なによりも大事なお仕事があるからね。
「こんにちはー。アルマですけど入っていいですか?」
「ど、どうぞ、お入りください……」
扉をノックして呼びかけると、すぐにメイドさんが入れてくれた。
領主さんから聞いていた通り、事前にボクが来ることは知らせてあったみたいだけど、ちょっと緊張しているのが態度から見て取れる。
やっぱりダンジョンの主って、普通の人からしたら怖いのかな?
「イーリスちゃんはいますか?」
「ご案内します」
スイートルームは最上階のロイヤルスイートほどじゃないけど、リビングがいくつも繋がっているような造りになっていて、個人でくつろげるスペースや、友人たちを招いて軽いパーティができるほどの広さが取られている。
ボクはその中でも、最も奥にあるベッドルームまで通された。
少し薄暗い室内で最初に目に入ったのは、キングサイズのウォーターベッドに腰掛けた小さな女の子だ。
改めて見るとボクより身体は小さく、ボブカット風に短く切り揃えられた金色の髪は領主さんと似た色合いをしている。
顔色まではわからないけど、たぶん体調は悪くなさそうだ。それだけに膝下の辺りから先が失われている右足が痛々しい。
そんなイーリスちゃんは優しい顔をして、シロヌマネコちゃんを膝に抱えたまま撫でていた。
「あっ……」
シロヌマネコちゃんがイーリスちゃんの膝から飛び降りた。部屋に入ってきたボクに気付いたみたいだ。
とことこ歩いて近寄り、そのままボクの足にもふもふの毛皮をすりつける。
とりあえずシロヌマネコちゃんは置いといて、ボクはイーリスちゃんに近付くことにした。
「シロヌマネコちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうございます」
「……しろぬまねこ、ですか?」
「この子の名前ですよ」
持ち上げて見せると、胴体がびろーんと伸びるシロヌマネコちゃんに、イーリスちゃんはくすりと笑った。
どうやら警戒されていないみたいなので、ボクもベッドの隣に座らせてもらうことにした。膝には伸びたお餅になった白い毛玉を乗せる。
「改めまして、ボクはアルマです。この子の飼い主ですね」
「わたしはイーリスです。グランツシュタイン家の長女、イーリス・フォウ・グランツシュタインと言います。よろしくお願いします、アルマさま」
イーリスちゃんの声は滑らかで、慣れた感じの自己紹介だ。
だけど、すぐに沈んだ表情になってしまう。原因は考えるまでもなく、失われた右足だろう。
だって……座ったままの挨拶じゃなくて、本当は立とうとしていたからね。
そして、それこそボクがイーリスちゃんに会いに来た理由である。
実は領主さんから、塞ぎ込んでしまったイーリスちゃんの笑顔を取り戻せないだろうかと相談されたのだ。
元々、それを期待してヴァルハラに連れて来た意図もあったとかで、ギルマスの手紙に詳細が書かれていなかったのも、情報が漏洩しないように手を回したからだとかなんとか……。
なんで情報漏洩を心配しないといけないのかは気になるけど、言葉巧みにはぐらかされてしまったので、今は先にイーリスちゃんだ。
もちろんボクは喜んで引き受けたよ。
せっかくヴァルハラに来てくれたんだから、部屋に閉じこもらないで、心から楽しんで帰って欲しいからね。
そこでボクが提案したのは、直接ヴァルハラを案内すると見せかけて、色々な方法でイーリスちゃんを元気にしよう作戦だ。
これには領主さんも賛同してくれて、メイドさんや護衛の人たちにも話を通してくれている。
なにも知らないのはイーリスちゃんだけってわけだね。くふふ……!
「ところでイーリスちゃんは猫が好きなんですか?」
「わかりませんけど、かわいいと思います」
「え、わからないんですか?」
「初めて見ましたので」
どういうことかと聞けば、ずっと安全な屋敷の敷地内で暮らしていたから、野生の動物を目にする機会もなかったらしい。
身近な動物は馬だったそうだけど、それも馬車用だから愛でるためのペットというより大切な労働力だ。
世話をするのも使用人だし、危ないからと近寄らせてくれなかったので、動物に触れること自体が初めての経験だったという。
なかなかの箱入りお嬢さまだ。
「ほうほう、そういうことでしたら……出でよ、ヌマネコちゃんたち!」
――にゃーん。
どこに潜んでいたのか、ボクが呼べばしゅたっと現れるイレブンキャット。
ボクの頭から肩、膝の上、足先までわらわら群がって全身が猫まみれだ。
「お、重いので受け取ってくれませんか?」
「えっと、お預かりします」
イーリスちゃんは戸惑いながらボクに乗っている何匹かを抱き上げて、自分の膝に乗せる。
すると自然な手つきでヌマネコちゃんを撫で回して、固かった表情が柔らかくなっていくのをボクの鋭い観察眼は見逃さなかった!
やっぱりイーリスちゃんは、かなりの猫好きと見た。あるいは、もふもふ好きかも知れない。
そしてボクの知識がたしかなら、動物との触れ合いは傷付いた心を癒す効果があったはず。そう……アニマルセラピーとかいう、なんかあれだよ。
「ではイーリスちゃん、準備をしましょう!」
「準備、ですか?」
「お出かけしますよ!」
こんな薄暗い部屋にいたら、余計に気持ちが滅入っちゃうからね。
もっと明るくて開放的なところに行こう!
「じゃーん、ここが第四階層です!」
「すごい……とっても広いです」
「ふふーん」
ボクが車イスを押しながらエレベーターを降りると、青空の下に地平線の先まで緑の絨毯が広がっていた。
そう、ここは神殿(予定地)の第四階層だ。
「今はただの草原ですけど、いずれ神殿が建つ予定なんですよ」
車イスを押して、なだらかな道を進みながら解説をする。
後ろからはメイドさんと護衛の人たちも付いて来ているけど、ここまで特に口出しはされていない。
よっぽど危険だと判断されない限り、自由にさせてくれるみたいだ。
「暑かったりしないですか?」
「だいじょうぶです。風が涼しくて、心地いいくらいなので」
ちょうどその時、草原を波打つようにふわりと風が吹き抜けた。
たしかに、これなら平気かな?
「でも日差しが強くなるかもなので……これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
その場で作ったツバの広い帽子を、ボクはイーリスちゃんに渡す。
イーリスちゃんは部屋を出る前にメイドさんの手を借りて、過ごしやすそうな薄手のブラウスとスカートに着替えていたけれど、直射日光に当たり続けるのはよくないからね。
ふと振り返って見れば、メイドさんが日傘を差そうと用意して、そのまま使わずに戻すところだった。なんか……ごめんなさい。
ちなみにボクも、今日はいつものワンピースに着替えていた。
せっかくだから帽子もお揃いで被っておこうかな。
「あの、どうでしょうか?」
帽子を被ったイーリスちゃんが、照れながら感想を聞いてくる。
もちろん答えはひとつしかないよ。
「とても似合ってますし、かわいいですよ!」
「あぅ……ありがとう、ございます」
褒めると余計に照れて、帽子を深く被りながら顔を背けてしまった。
なんだか、すごく新鮮な反応だ。もしリゼちゃんや、すずちゃんだったら、こうはならないと思う。失礼だけど。
ほんわかしていると、イーリスちゃんが振り返ってボクをじっくり見る。
「アルマ、さまも……かわいいです」
「え、あ……うん」
いやいや、うん、じゃなくて。
「その、ありがとうございます」
「……はい」
不意打ちだったので、ちょっと顔が熱くなってしまった。
するとイーリスちゃんも、してやったりと微笑む。むぅ仕返しってわけだね。
気付けば周囲にぶっ飛び兎が集まっていたので、照れ隠しに持ち上げてイーリスちゃんの膝に乗せてしまう。
ヌマネコちゃんの次は、ぶっとび兎でもふもふだ。
「ほーら殺人級の毛玉ですよー」
「アルマさまは……本当にダンジョンマスターなんですよね?」
「え、そうですよ?」
たしか最初に会った時に言わなかったっけ?
不思議に思っていると、イーリスちゃんが申し訳なさそうに言う。
「すみません。とても、そうは見えなかったので……」
「あー、そうですね。ボクは自分を人間だと思っていますから」
普通のダンジョンの主が、どういう感じなのかも知らないし。
「そうなんですか?」
「まだ説明してませんでしたね。実は――――」
ボクは過去の記憶がないこと、気付いたらダンジョンの主だったこと、今でも人間のつもりで、人間と争うつもりがないこと、そして今はヴァルハラをみんなが笑顔になる楽しい場所にしたいことを話した。
さすがに地球から来たとか、元は男とは言えなかったけどね。
特にイーリスちゃんが食い付いたのは、目覚めた頃のことだった。
いきなりブラリアンから一方的にダンジョンの主を押し付けられて、これはもう言う通りに従うしかないと、一度は諦めかけた最初の記憶……。
「なんだか懐かしく感じますね」
「アルマさまは、どうして諦めなかったのですか?」
「イーリスちゃんだったら諦めていたんですか?」
逆に質問されるとは思わなかったのか、イーリスちゃんは少しだけ悩んでから答える。
「わたしは、いやです。でも仕方ない時もあると思います」
「うーん、それはそうですね。もしボクもゲオルクさんたちに協力して貰えなかったら、きっと投げ出していたかも知れません」
だけど、それでも、だとしても。
「簡単に諦めないくらいには、ボクって強いんですからね」
「……強い、ですか?」
「それに諦めるくらいなら最後まで、できる限りがんばってから、ですね」
「できる限り……がんばって……」
繰り返すようにイーリスちゃんはぶつぶつと呟く。
「それが目標……夢を追いかけるためだったとしても、ですか?」
「もちろんですよ! ボクの目標はさっきも言いましたけど、ヴァルハラをみんなが楽しく笑顔になる場所にすることですからね!」
そのためなら、どれだけ難しい問題が壁になっても、簡単には諦められない。
……というより諦めたくないんだ。
第八階層を開放して、モンスター狩りで冒険者が死なない仕組みだって、いずれは絶対に解決してみせる。
「ボクは自分が納得するまで考えて、できることはすべて試しますね」
「でも、それでもダメだったら……?」
「他の人を頼りますよ?」
えっ、となぜか驚くイーリスちゃん。
「自分の力でダメだったら、周りの人に相談して助けて貰えればいいんですよ」
「ですが、迷惑をかけたりは……」
「そうかも知れませんけど、まずは相談しないと、なにもわかりませんよ」
黙っていても解決しないからね。
ボクは困ったことがあったらリゼちゃんや、すずちゃん、ゲオルクさんたちに話して一緒に解決策を考えるよ。
「……誰かを頼ってもいいのでしょうか?」
「たしかに、人に頼りっ放しはよくないですし、ひとりで解決できるなら一番ですけど、なんでもできる人なんて、いないと思いますからね」
誰だって、ひとりで生きているわけじゃない。
絶対にどこかで誰かに迷惑をかけたり、かけられたりしている。
「だからイーリスちゃんも、ボクを頼っていいんですよ」
「あっ……」
目を見開いて、どうしてわかったのと言葉にせず問いかけるイーリスちゃん。
まあ、あれだけ色々と聞かれたら悩みがあるのは、なんとなく察せるよ。
そしてきっと、それこそが本当にイーリスちゃんを苦しめて、暗い顔をさせてしまう原因なんだろう。
ボクがイーリスちゃんの言葉を待っていると、やがて意を決したようにイーリスちゃんはスカートの端をぎゅっと握り、ぽつりぽつりと語り始めた。
「わたしの夢は……お父さまのような立派な領主になることなんです」
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