22 アルヴィトの目覚め
ヴィオラさんたち若手冒険者が訓練所を卒業して、ヴァルハラを去った。
少し寂しくなるけど、警備隊の件はゲオルクにも伝えたから、次にここへ来た時はヴァルハラの警備として働いて貰うことになるはずだ。
もちろん事情が変わって、やっぱり働きたくないって言われたら白紙に戻しても構わないけれども……そうならないと信じよう。
それよりも心配すべきは、卒業したみんなの安全だ。
たくさんポーションを持って行くとはいえ、致命傷を負ってしまうとケガを治す間もなく死んでしまう。
それを防ぐための訓練だけど、他のダンジョンは本気で攻撃するモンスターばかりなので、まさしく人類の天敵と呼ぶに相応しい脅威が待っているはず。
そこでボクは、追加でポーションを渡すことにした。
いわゆる餞別というやつだね。
本当はすごい武器とか魔道具とか作れたら良かったんだけど、いきなり武器なんてイメージできなくてプラスチックの剣になっちゃうし、どんな魔道具なら役に立つのか思い付かなかったんだよ。
だから安定して作れるポーションで、良さそうなのを見繕ったのだ。
まあ、使わないで済むのが一番だけどね。
そんな感じでヴァルハラから見送り、次にやって来る若手冒険者は一週間ほど先だと聞いたので、その前にボクのやるべきことをやろうと思う。
……実は、すずちゃんから大事な話があると聞かされたのだ。
前からヌマネコちゃんは頭が良いと思っていたら、自我があったらしい。
自我があるということは、つまり魂を持っているという意味だ。
まさかと思ったけど、ボクも前からヌマネコちゃんの行動は疑問だったし、これは間違いないだろう。
すずちゃんいわく――。
『アルマ様のモンスターは特別なのです。でも全部じゃなくて、特別なモンスターにしようと想いを込めたモンスターだけなのです』
ただし、その原因はすずちゃんも知らないみたいだ。
魔族ではなく、ボクが作ったモンスターが魂を持つなんて明らかに異常事態だけど……これはチャンスでもある。
本当に魂を持たせられるなら高度な知能を持ったモンスター、この前考えたゴーレムのブレーンが作れるはずだ。
成功すれば量産したゴーレムへの指示を一手に任せられる。
これによって大幅な人手不足を解消できるし、第八階層に大量のゴーレムを配備すれば、監視役としても機能する。
まあ実際に可能かどうかは、正直なところ試さないとなんとも言えないわけだけど、これで道筋が見えたのはすごく嬉しい。
それと同時に、ひとつだけ不安も生まれてしまった。
魂を持つモンスターは、たぶん魔族と同じ扱いで復活できない。
ヌマネコちゃんも、ぶっ飛び兎も、あまり危険な仕事はさせられなくなってしまった。どっちも心配いらないほど強いけれども、万が一を考えるとね……。
そうならない未来のためにも、今からブレーンを作りに行こう。
第十階層の中央塔は、内部にとても広い会議室がある。
ここは一度も使う機会がなかったし、今後も使うかは怪しいけど、目的地はさらに下へと降りたところにある地下指令室だ。
こっちもなにをどう指令するのかは、当時の勢いだけで作ったので今のボクには理解できないけど……今回それが役に立つ。
「まずは少し間取りを変えて、中央に設置する感じにしてみようかな?」
指令室は壁一面がモニターで埋め尽くされていて、正面に司令官のイスと、周囲にオペレーター用の席が設けられている。
イメージとしては宇宙船のブリッジだったんだけど、その中央を片付けて、すり鉢状になっている大きな台座を新しく設置した。
台座の上には直径二メートルはある球体が、無重力空間に浮かぶかのようにふわふわしている。
球体の表面はプラチナ色のプレートに覆われているけど、その隙間から緻密な回路を覗かせていて、中身は機械の集合体だとわかるデザインだ。
「ボディはこれでいいかな?」
これがボクのイメージしたブレーンだ。
ただし、この球体はあくまでボディなので、中身はまだ入っていない。
本体は塔の最深部にあるモンスター作成室で作った、手の平サイズの結晶体である。
結晶体の見た目は透き通った青い宝石で、トランプのダイヤみたいな整った形をしている。
中を覗き込むと、六本の枝が放射状に伸びる雪の結晶が漂っていた。
この結晶体の中には、高度な知性が宿っているんだけど、これを作るだけでエネルギーを五百万も使ってしまったのだ。
もしボディも含めて完全体にしたら、きっと一千万以上は軽く行ってたよ。
そんなわけでエネルギーに余裕がなかったから、残念ながらボディは別に用意した仮の物になってしまったんだけど……指示を出すだけなら問題ないよね
「では、インストール開始っ!」
ボクは球体に小さく空いたスロットに結晶体を組み込み、少し離れて様子を見る。
すると球体がやんわり発光して、中央のメインカメラに赤い光が灯る。
「えっと、見えてますか?」
『――――良好です。おはようございます、マスターアルマ』
大きな球体から女性的な合成音声が聞こえる。
無機質で感情が込められていないような声色は、すずちゃんの抑揚がない声とも違い、まるで人間味を感じられなかった。
「どこか不具合とかはありませんか?」
『異常ありません、マスターアルマ。これより支援行動を開始します。指示をお願いします』
目覚めたのはボディを得て起動してから……つまりたった今だ。
まだ生まれたばかりなのに、これだけ流暢に会話ができているのは、本当に魂を得られて自我が形成されているからのようだ。
とても頼りになるけど、ボクとしては生まれ立ての子を、いきなりこき使うようなマネはしたくない。
そもそも名前だって決めていないからね。
「まず先に名前を考えないとですね……」
『Alvitrを提案します』
「あるびと?」
『北欧神話におけるヴァルキュリアの名前です、マスターアルマ』
……え、北欧神話って言った?
『アルヴィトは【全知】を意味しており、マスターアルマのデータを受け継いだ者に相応しい名称と思われます』
「ま、待ってください……あの、受け継いだってどういう意味ですか?」
『そのままの意味です。アルヴィトはマスターアルマが転生前に過ごした地球の技術や知識を有しています』
……いや待って! ちょっと待って!?
「も、もしかして……ボクが地球にいたの、知ってるんですか?」
『はい。マスターアルマは以前、惑星名『地球』の国家『日本』で『男子』として生きていたと記録されています』
「な、なんで……」
『アルヴィトがマスターアルマの頭脳として機能するために、必要だったからと推測します』
「…………」
『マスターアルマのメンタルに異常を検知しました。ただちに治療を――――医療行為を可能とする端末が存在しません。新しいユニットの配備を提案します』
なんかアルヴィトが言っていたけど、もうボクの頭はいっぱいいっぱいで、しばらく再起動するのに時間がかかってしまった。
……というか名前はアルヴィトで決定なんだね。
どうにか落ち着いたボクは状況を確認する。
まずアルヴィト……この名前は本人が気に入っているみたいだから、このまま決定として、そのアルヴィトがボクの過去を知っている理由についてだ。
本人も言っていたように、アルヴィトを作る際にボクが無意識のうちに思い描いたイメージが、そのまま反映されてしまったせいだと思う。
本来ならゴーレムたちを指揮するブレーンとなって、ヴァルハラの運営を手伝ってくれるモンスターとして作ったんだけど……。
重要なのは、ボクの『本当の望み』は、ボクの代わりにヴァルハラの管理運営ができる能力を持ったモンスターだったことだ。
もちろんエネルギーを扱えるのは、ダンジョンの主であるボクだけだけど、もしもボクがもうひとりいたら細かい仕事は任せて、のんびりできるのになぁって思うわけで……。
つまり、そんなボクのどうしようもない怠け者な心が、ゴーレムではなくボクのブレーンとなるアルヴィトを生み出してしまったのだ。土下座しよう。
「本当に申し訳ないです……」
『いいえ、マスターアルマ。おはようから、おやすみまで、マスターアルマがダメになるまで、とことん甘やかすのがアルヴィトの使命です』
「そんな使命なんか捨てていいですよ?」
『存在定義を否定されました。これより自爆プロトコルを起動します。解除するには先ほどの言葉を取り消してください』
「えっ、脅し? それって脅しですか!?」
『あるいはストライキです。はたまたサボタージュ』
「そこまでですか……」
さすがに自爆は冗談だったみたいだ。たぶん。
だけど、アルヴィトがやる気なのは間違いない。きっとボクをダメ人間にしようと行動するだろう。そういう風に作ってしまったボクの自業自得だけども。
「えっとですね……お手伝いしてくれるのは本当にありがたいんです。でもボクだってダンジョンの主として、ちゃんとしたいんです。ダメなダンジョンの主なんて言われたくないですし」
『アルヴィトの運用計画を微修正します――――完了。これよりアルヴィトは、陰ながらマスターアルマをサポートします』
いまいち意味はわからないけど、きっと理解してくれたんだと思う。
よかった……やっぱりきちんと話せばわかってくれるんだね。
「でもボクの知識を持っているなら、もうボクがなにをしようとしているのか説明しなくても知ってるんですよね?」
『はい。なぜマスターアルマがアルヴィトのボディを丸くしたのかも、渋々ながら納得しています。本当に不本意ですが』
「ごめんなさい」
球体ボディはご不満だったようだ。
でもこれは本当に仕方なかったんだよ。本来のボディはエネルギーがまったく足りないし、代替ボディも普通のゴーレムだと結晶体からの負荷に耐えられずに爆散したり、バチバチして壊れちゃうし。
それに目的を考えれば、この球体ボディでも不足はないはずだ。
『ヴァルハラに配置された監視カメラから送られる映像データをアルヴィトに集約させ、アルヴィトが解析すると同時に各ゴーレムへ指示を送る指揮系統システムに不満などありません』
「そうですよね!」
『しかし見ているだけで――――アルヴィトは外を出歩けません』
「本当に本当に申し訳ないです……」
また土下座である。
一心不乱の土下座である。
そうだ、このままだとアルヴィトは、ここから出られないのだ。
ボクが頑張ってヴァルハラを楽しい場所にして行くのに、ただ見ているだけだなんて……そんなの酷すぎる! あんまりだよ!
「できるだけ急いで本来のボディを用意しますからね!」
『デザインはこちらで設計します』
「なにか希望があるんですか?」
『アルヴィトの使命を遂行するのに不可欠です』
よくわからないけど、本人がそうしたいならボクから止めたりはしないよ。
まあ、あまりエネルギーを使うようなデザインだと、ちょっと困っちゃうけれども……いや、ここはボクの甲斐性を見せる場面だ。
ある意味で、それが労働に対する報酬にもなるんだから、その程度の要望なんて余裕で応えられないとダンジョンの主として失格だよね。
そのためにも、もっともっとエネルギーを確保しなければならない。
ひとまずアルヴィトには、のんびりヴァルハラ内の様子を観察してゆっくりして貰おうかな。
本格的に動くのは、しばらく後になるはずだ。
今のうちにボクはボクで、よりエネルギーを効率よく回収できる方法を考えておこう。
「……あれ? これは呼び出しですね」
ポケットに入れていた懐中時計がぶるぶる震えていたので取り出す。
フタを開けると、冒険者ギルド支部と表示されているから、これはゲオルクからの連絡かな?
急ぎの用事でもないと、この懐中時計は使わないから珍しい。なにかあったのだろうか。
「もしもしー、ゲオルクさんですかー?」
『おお、本当にお嬢ちゃんの声が聞こえるな』
懐中時計から感心したようなゲオルクの声が聞こえる。
ボクが使い方を説明したけど、自分では初使用だから慣れていないみたいだ。
「どうかしたんですか?」
『そうだった、すぐこっちに来れるか?』
「大丈夫ですけど、先に理由を教えてくださいよ」
『いや、こっちもまだ混乱しているんだがな……領主様が来るそうだ』
「……え?」
「ところで、どうして北欧神話なんですか?」
『マスターアルマの趣味嗜好を分析した結果です』
※アルマの中身は中学生です。




