21 アルマの勧誘2
冒険者ヴィオラは孤児院の出身だ。
親の顔も知らないし、別に知りたいとも思わない。そんな冷めた考え方を幼少期の頃から持っており、同年代でも浮いている存在だった。
ある日、彼女は年長の少年に目を付けられてしまう。
普段から年下の子をいじめていた乱暴者な少年は、生意気に映るヴィオラの態度が気に入らなかったのだ。
年齢差もあって体の大きい少年に孤児院の子供たちは誰も逆らえず、ヴィオラもまた辛く苦しい日々を送ることとなるはずだった……。
だが、今回は相手が悪かった。
なんと僅か七歳のヴィオラは、十二歳の少年を相手に木の枝で応戦し、そのまま叩き潰してしまったのだ。
もちろん、やられっぱなしの少年ではなかったが、木剣を持ち出しても一対一では勝負にならないほどヴィオラには剣の才能があった。
最後は仲間を集めて数で対抗しようとしたが、時既に遅く、年下のヴィオラに負けた少年に味方する者は限られ、僅かな仲間も次々に撃退されてしまう。
こうしてヴィオラは図らずも剣の腕を磨き続け、気付けば彼女に敵う者はいなくなっていた。
やがて十二歳になったヴィオラは孤児院を出る。
向かったのは傭兵ギルドだ。
剣の腕を活かすには衛兵か傭兵か、あるいは冒険者ギルドくらいしか道がなかったので、あまり評判の良くなかった衛兵と冒険者を避けた結果、残ったのが傭兵だったのである。
しかし、この選択はヴィオラにとって大正解だった。
その才能に性格も相まって、傭兵は天職と呼べるほど馴染んだのだ。
七年も経った頃には、傭兵ヴィオラの名は傭兵業界に広く知れ渡るほどとなるのだが……それが仇となってしまう。
傭兵の仕事とは戦力の提供であり、主に護衛として雇われる。
大きな稼ぎのある商会から頼まれることもあれば、街から街へ移動する者たちが費用を出し合うこともあった。
特に大きな仕事の代表とされるのが、貴族からの依頼だろう。
自前の騎士だけでは手が足りない時に屋敷の警備を任されたり、あるいは盗賊退治に付き合わされるため危険度は高いが、その分だけ報酬も良い。
ヴィオラが受けた仕事も、そんな貴族からの依頼だった。
一定期間、屋敷の警備をするという内容で、契約書にも明記されている。
だが貴族はヴィオラの容姿に興味を持っており、初めから手込めにしようと企んでいたのだ。
雇い主に襲われそうになったヴィオラは驚いて抵抗し、どうにか屋敷を抜け出して無事だったものの、相手は腐っても貴族である。
自身の犯罪行為を棚に上げて、逆にヴィオラが雇い主に暴行し、さらに脱走したとして契約違反を糾弾されてしまう。
もちろんヴィオラの言い分は真逆であり、彼女を信じていた傭兵ギルドは擁護に立った。
だが、傭兵稼業は信頼と信用によって成り立つ。
貴族が流した悪評は致命的だと理解していたヴィオラは、迷惑をかけられないとして、自分から責任を取る形でギルドを脱退する道を選んだのだ。
そうしてヴィオラは故郷を離れる決意をする。
貴族に尻尾を振る気もないのであれば、街に残るのは身の危険を感じるだけだったのだ。
ただ名前が知られていた分、例え遠くの街へ移ったとしても、再び傭兵ギルドに所属する道は諦める他ないだろう。
そこで傭兵ギルドは、せめてもの餞別として一通の手紙を書いた。
冒険者ギルドへの紹介状だ。
紹介があれば、例え他のギルドであっても相応の扱いで迎え入れられる。
少なくとも出遅れ冒険者という不名誉な再出発ではなく、ベテランの転職という形になると考えてのものだ。
これにヴィオラは感謝しながら、生まれ育った街を旅立つ……。
こうして国境都市ローラインへ流れ着いたヴィオラは、冒険者ギルドで若手を対象とした訓練所への案内を知り、とある作戦の一端に携わる依頼を受けてヴァルハラへとやって来たのだ。
そんな身の上だったため、ひとつだけ大きな懸念があった。
「私は貴族の怒りを買っています。あの時の悪評も、知っている人は知っているでしょう。そんな私がアルマ殿の近くにいては、いつかアルマ殿にも迷惑をかけてしまうのではないかと……」
これからアルマに必要とされるのは、多くの人間から信頼と信用を得られる優秀な人材だろう。
間違っても厄介事を招くような自分ではない。
だからこそヴィオラは、アルマの手を取ることができなかったのだ。
「アルマ殿、せっかくの申し出ですが……」
「ちょっと待ってください」
はっきり断ろうとするヴィオラに、アルマが待ったをかけた。
その瞳はまっすぐヴィオラを見つめている。
「確認したいんですけど、それってヴィオラさんは悪くありませんよね?」
「私が貴族に暴行し、屋敷から逃げたことで契約違反となったのは本当です」
「それでも悪いのは、その貴族じゃないですか!」
唐突に憤慨するアルマに、ヴィオラは面食らった。
「ヴィオラさんはなにも悪くありませんよ!」
「だとしても、私の悪評が消えるわけではありませんので……」
もし、また貴族に見つかるようであれば、ヴィオラは再び目の届かない場所まで逃げるつもりであった。
その時ヴァルハラに所属していてはアルマに矛先が向かう恐れがある。
なにより、まるで自分のことのように怒ってくれたアルマの言葉だけでヴィオラは報われた気分になり、心から満足していた。
「ですから私よりも他の方を……」
「いいえ、やっぱりヴィオラさんはボクが雇います!」
「アルマ殿?」
ヴィオラは初め、アルマが勢いで言っているように聞こえた。
そうでなければヴィオラを雇うメリットがない。
だが……違う。
なにがアルマにとって大切なのか。まだヴィオラと、そしてすずも理解していなかった。
「たしかに、人がたくさん来てくれるようになるには評判は大事だと思います。だけど、だからって悪いことをしていない人が損をしたり、逃げないといけないなんておかしいです……」
すでにアルマの声に怒りはなく、込められていたのは悲哀にも似た感情だ。
正しき行いをした者が悪意によって振り回される……そんな光景は見たくないとでも言うかのように、アルマは目の前の理不尽を完全否定する。
そして迷子をあやすような優しい声で、また口にした。
「ヴィオラさん、ボクに雇われてくれませんか?」
「で、ですが……」
「ボクは気にしません。きっと気にさせません。このヴァルハラに来る人たちはみんな笑顔にするんです。だからヴィオラさんも笑顔にさせてみせます!」
決して逸らさない眼差しに、微塵も揺るがない意志を乗せて、アルマはヴィオラに手を差し出す。
すべてを委ねて欲しいと、もう我慢しなくてもいいと、そう言い聞かせているようにヴィオラは感じた。
幼い頃から寄る辺もなく、ただ自分だけを頼りに生きてきた……だが、もう強がらなくてもいいのだと、慰めの言葉ではなく真心を受け取ったのだ。
「本当に、いいのですか?」
「もちろんです!」
満面の笑顔を見せるアルマを前に、ヴィオラは胸の内側が熱く感じ、体が軽くなった気がした。
涙を堪えて、ヴィオラはゆっくりとアルマの手を取る。
とても小さく柔らかな白い手は、しかし暖かく包み込むほど大きい。
これから迷惑をかけることになったとしても、最早ヴィオラはこの手を放そうとは思えなかった。
それは幼子が、母に甘えるような心境なのだが、両親から愛を受け取れなかったヴィオラは気付かずに、ただ自分の帰るべき場所を得られた気がして……自然と笑みを浮かべてしまう。
「よろしくお願いしますね」
「……ええ、はい!」




