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17 ヴァルハラの日常(裏)5

 誰もが寝静まる夜半頃。

 ヴァルハラ第十階層の中央塔、その頂上にある広場に複数の影があった。

 アルマ主催の報告会が終わって解散したはずのワンダ、ヌマネコ、飛び兎、そして部屋で寝ているはずのリーゼロッテである。


「……じゃあ、本当の報告会を始める」


 この場にアルマの姿はない。

 そう、これはリーゼロッテ主催でアルマを抜きにした秘密会議なのだ。


 つい先ほど行われた報告会では口に出せない、無垢なる天使に聞かせられない裏事情のあれこれを話し合う場となっており、リーゼロッテの発案で夜中にこっそり開催していた。


 もちろん、誰もがアルマのためを思っての行動であることに疑う余地はない。

 友人のリーゼロッテは元より、ワンダにとっては雇い主であり恩人、そしてヌマネコたちモンスターからすれば創造主……親にも等しいのだから。


「……まずは護衛担当のヌマネコ隊から報告」


 ――にゃーん。


 そう促すもヌマネコは人の言葉を話せない。

 承知しているリーゼロッテはワンダへ視線を移し、ワンダも心得ているとばかりにヌマネコへ向き直る。


『――――』

「……今日も異常なし?」

『――――』

「……不審者はいた?」

『――――』

「……その人は、いつも通り。でも要注意」


 思念の伝達というコミュニケーション手段を持つワンダは、思念を送るのみならず、集中すれば相手からの思念を受け取ることもできた。

 これは人の言葉を話せないヌマネコや、飛び兎との対話に適しており、リーゼロッテは会議に活用している。

 ちなみに、この能力はアルマも把握しているが、アルマはヌマネコたちがなにを求めているか、なんとなくで理解してしまうので使う機会がない。


「……今日も問題はなかった。でも……これからは別」


 その言葉にワンダは頷き、ヌマネコたちは楽な姿勢を気持ち改め、飛び兎は柱を背にハードボイルドな顔付きをする。

 気を抜いてごろごろしていた報告会とは打って変わり、気を引き締めた様子は至ってマジメそのものだ。

 これはアルマの話を軽視していたわけではなく、本当に重要度が違うからだ。


 アルマはあくまでダンジョンを運営する上での問題事を解決し、よりみんなが楽しめるようにと考えている。

 一方、その配下であるヌマネコたちは、たしかに主の意向に従って尽力するのは当然であり、それに背くなど天地がひっくり返ってもあり得ない。


 ――――だが、優先すべきは主たるアルマの安全なのだ。


 そして多くの人間をヴァルハラに滞在させている現状は、アルマの身に危険を及ぼす恐れがあった。配下としては由々しき事態だろう。

 だというのに本人は能天気……もとい、まったく警戒心の欠片もなく、例え注意を促そうとも効果は薄いのは明白だ。


 もうちょっと自分を大事にして欲しいと周囲も心配しているが、過去の記憶を失っている影響から、少し常識が欠けて仕方ない面もあると認識されていた。

 さらに付け加えると、リーゼロッテ的には人の悪意に鈍感な辺りが無垢なる天使アルマちゃんっぽいと思っており、だからこそ守ってあげなければとワンダやヌマネコたちと盛り上がっていたりする。

 ある意味、配下のモチベーションを高めているアルマは、ダンジョンの主としての仕事をしっかり果たしているのだろう。


 ……実際のところ、アルマの危機意識は日本で暮らしていた感覚が根底にあったりするので、この世界においては無警戒も同然である。

 そのための護衛として常に付き添っているヌマネコであり、この会議だ。

 ありとあらゆる脅威を想定し、事前に対策案を練っておくことでアルマを守ろうとしているのだ。ヌマネコたちだってマジメにもなるだろう。


 そして近い日に、さらなる脅威が増えると決まった。

 訓練所で力を付けた幾人かの若手冒険者と入れ替わりではあるが、新たにやってくる冒険者の数は今までよりも多くなるとアルマも予想している。

 となれば、これまで通りとはいかない場面も多々あるだろう。人間というものは数が増えると、それだけ面倒を起こすのだから。


「……アルマちゃんが人手を増やせば、監視の目が届くようになる」

『――――』

「……魔族でもモンスターでも信用できればいい。でも人間の味方も必要」

『――――』

「……ギルドとは別に、わたしみたいに個人で味方する人が必要」

『――――』

「……すぐには難しい。これは先の話。それと、気になるのは……」

『――――』

「……そう、ここに来た目的がわからない……だから、あなたは信用できない」


 最後にリーゼロッテは、背後へ振り返りながら言い放つ。

 そこで観葉植物の影から現れたのは、相変わらず無表情を貫き、月明りに照らされて艶やかな光沢を放つもふもふ尻尾と耳の黒狐少女……すずだった。


「すずはアルマ様の味方なのです。……と言っても、すぐには信じられなくても無理はないのです」


 実は彼女、こっそり部屋を抜け出したリーゼロッテに気付いていた。

 これは裏がありそうだと遠くから様子を窺っていたものの、あまり不穏な雰囲気を感じられなかったため、大胆にも忍び寄ったのである。


 ただ気配を絶っていたにも関わらず、先に声をかけられたことには、さすがの無表情クール少女も、こっそり驚いて尻尾の毛が少し膨らんでいた。

 もちろんリーゼロッテが鋭いわけではなく、ヌマネコからワンダを経由して教えられただけなのだが、わざわざ教えるつもりもない。


「……アルマちゃんは?」

「部屋でぐっすり寝てるです。こっちには気付いてないのです」

「……覗いたの?」

「部屋を見なくても、耳を澄ませばわかるのです」


 気配を探るまでもなく、すずの大きな狐耳にはアルマの可愛らしい寝息がばっちりと聞こえていた。

 しばらく楽しんでいたせいで、リーゼロッテを追うのが遅れたのは秘密だ。


「せっかくなのです。今なら質問に答えるです。なにが聞きたいです?」


 周りでワンダとヌマネコと飛び兎が見守る中、表情を変えないまま試すように問いかけるすず。それに正面から相対する強い眼差しのリーゼロッテ。


 ここに至って隠そうとはせず、リーゼロッテは警戒心を露にした。

 彼女は初めから唐突に現れた魔族を警戒していたのだ。

 大浴場での一件も、傍から見れば遊んでいるようだが、実態は彼女なりの牽制である。

 しかし、すずは即座に同じ手を使ってリーゼロッテにやり返し、さらに反撃とばかりに第十階層のプライベートエリアにまで入り込んだ。

 それだけアルマの信頼を勝ち取れていた証でもあり、確たる証拠もなしに疑って反対するわけにもいかず、その場は素直に了承するしかなかった。


 事実、闇属性の魔術によって計測された、すずのカルマは灰色をしている。

 純粋無垢なアルマに遠く及ばないが、これを平均値と比較すれば、問題ないと言える範囲だろう。


 護衛のヌマネコも一匹は常にアルマの傍に控えており、少なくとも今すぐに危険が訪れるとは考えにくいが、まだ信用もできない……というのがリーゼロッテの心境である。

 この問いかけも正直に答えるか怪しいものの、不思議と誤魔化すような態度とは思えず、リーゼロッテは率直に疑問をぶつける。


「……ここに来た目的はなに?」

「すずは、ある人を探しているのです。そしてそれはアルマ様である可能性が高かったのです」

「……もし本当にアルマちゃんだったらどうするの?」

「このままアルマ様のために尽くすのです」

「……もし違ったら?」

「可能性は低いのです。でも違ったら……その時はここから消えるのです」


 すずの言い分は探しているという人物がアルマであれば仕えるが、そうでなければヴァルハラを去るという意味だった。

 となれば、リーゼロッテは最悪を想像をする。

 もし、すずの探し人が他の人物だったとして、その者がアルマに害を為そうとした時……間違いなくすずはアルマの敵となるだろう。


「警戒するのはわかるのです。でも、すずの探している御方は好んで誰かを傷つけようとはしないのです」

「……あなたが探しているのは、何者?」

「それはまだ言えないのです」


 この答えはリーゼロッテも予想していた。

 曖昧な呼び方から、はっきりとは教えないだろうと。

 ただ、その人物とは役職や称号のようなものを差しており、誰でも知っているほど有名で、なおかつアルマの状況から可能性が高いものだと推測できる。

 そこまで察したのを見抜いたのか、すずは続ける。


「でも確信したら、リーゼロッテにはこっそり教えてもいいのです」

「……アルマちゃんには教えないの?」

「教えていいのか悩むのです」


 いまいち事情を理解できないリーゼロッテに、すずが少し細かく説明する。


 元々すずは、ある御方に仕える一族であったという。

 そして一族に伝わる予兆から、その御方の居場所としてヴァルハラに導かれ、確認のためにすずが派遣されたのだ。


 予想外だったのは、アルマに過去の記憶がなかったことと、ダンジョンが人間と共存しようとしていたことである。

 この事態を見極めるために、ひとまずアルマに雇われて様子見していたのだ。


「もしアルマ様の記憶が失われたのが、そのことと関係しているなら、すずが教えてしまうと問題になるかもです。でもリーゼロッテたちなら、こっそり教えても大丈夫だと思うのです」

「……なぜ?」

「アルマ様の事情を知る味方は多いほうが助かるのです。それと、やっぱりリーゼロッテはすごく頭が良いのです。下手に隠すと逆効果になりそうなのです」

「……そう」


 褒められても嬉しくはなかったが、本気でアルマのためを思って行動している信念は感じ取れた。

 だからリーゼロッテは、最後にひとつだけ聞かなければならない。


「……あなたは、アルマちゃんの味方? それとも探している誰かの味方?」


 仮にアルマが、どこかの国で行方不明となっていた王族だとする。

 すずが仕えるのは、果たしてアルマという少女なのか。あるいは王女なのか。

 答え次第でリーゼロッテは、すずとの距離感を定めるだろう。


「すずの一族は、その御方のために存在しているのです。すずも同じです。でも例えアルマ様が無関係だったとしても、アルマ様とは仲良くしたいのです」

「……だったらいい」


 その答えに一応の満足を示したリーゼロッテは、すずに細い手を差し出す。


「……これからも、よろしく」

「こちらこそなのです」


 小さな手でしっかりと握り返し、ここにアルマちゃん親衛隊が密かに結束された瞬間であった。


「……とりあえず初めに言っておくと、他の人間とも仲良くするように」

「努力するのです」


 主に薬師ギルドや、冒険者ギルドのことである。

 他の人間とは必要以上に慣れ合おうとしないすずの態度には、リーゼロッテも以前から気付いていた。

 アルマの前では上手く猫を被る狐だったが、これから人が増えればどこからか噂が流れ、やがて不和を招いてしまう。

 そうなる前に、少しずつでも慣れて貰わなければならないのだ。


 もし、すずがアルマの味方を選ばなかったら、リーゼロッテはなにも言わなかっただろう。

 問題を起こしたら追い出せばいいとすら考えていたはずだ。

 アルマのためなら後ろ暗いことでも躊躇わない。

 それが、この秘密会議なのである。

アルマの正体については、わかりやすいヒントが出ているので

鋭い方ならピンときているかも知れません。

本編でアルマが知るのは、しばらく先になります。


ちなみに転生者である事とは別です。

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