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14 ヴァルハラの日常(裏)2

 まだ昼食には早い時間、ヴィオラは食堂を訪れた。

 この時間帯の食堂は、昼食まで間があって人気が少なく、空調によって夏でも涼しい上に、厨房にいる料理人に頼めば冷たい飲み物が貰える。

 つまり落ち着いて休憩するには絶好のスポットだと知っていたのだ。


 語り合う友人のいないヴィオラはここ最近、好んで早めに食堂を訪れては、ゆったりとした時間を過ごしていた。彼女はひとりの時間が欲しいタイプなのだ。

 しかし、今日は先客がいる。


(あれは……アルマちゃん!?)


 いくつも並ぶ長テーブルの一角を、二人の少女と猫が陣取っていた。

 すずと猫に挟まれたアルマは、なぜか両者の尻尾に絡まれながらテーブルに突っ伏している。


(お昼寝?)


 傍目にはそう見えるような光景で、実に微笑ましい。

 しばしヴィオラは、そんなアルマを眺めながら疲れを癒すことにした。


 できれば話しかけて仲良くなれたらとは何度も思っているのだが、ヴィオラ自身でも自分が誤解されやすい見た目と性格だと理解していた。

 特に子供からは怖がられやすく、幼い容姿のアルマとは今までまともに会話できた試しがない。

 こうして遠くから見守るしかなかったが、それはそれでヴィオラ的には満足のいく楽しい時間である。


 ただし、アルマの隣にいる黒い狐の少女……すずには警戒心を抱いていた。

 彼女はアルマより幼い見た目で、従順で無害そうな態度を装っているが、それらはすべて見せかけだ。

 というのもアルマの前では猫を被っているのをヴイオラは知っている。


 例えば薬師ギルドの一件。

 すずは普通に教えているのに、もっと丁寧にと文句を言われた、などと不満を零していたが、事実は少しだけ異なる。

 幼い少女に見えて、すずはかなりのスパルタだったのだ。

 頼まれたので教えるが、付いてこれないなら置いて行くスタイルで、当初の薬師ギルドの職員たちは未知の知識をぎゅうぎゅうと詰め込まれていた。


 すると本当に付いて行けなくなってしまったので、これではアルマの期待を裏切ると懸念したすずは、密室に放り込んで朝から晩まで指導したのである。

 初めは人間の手で完璧なポーションを精製すると意気込んでいた薬師ギルドのギルドマスターが、たった一週間でダイエットに成功してしまい、後を職員に任せてやせ細った体で逃げ帰るほどだった。

 その末に職員から飛び出た言葉が、もう少し丁寧に教えてください、という懇願だったのだから、これを非難するのは酷だろう。


 ――――ひとつだけ、すずを擁護するとしたら。

 それは彼女の感覚としては少し厳しくした程度であり、なおかつ教えを求めたのは薬師ギルド側なのだ。

 弱音を吐くくらいなら手と頭を動かして欲しいのです、とは本人の弁だが、指導内容に間違いもなかったので、こちらもやはり非は薄い。


 しかし薬師ギルド職員の嘆きを耳にしたヴィオラは、そうした噂から黒狐の少女は見かけ通りではないと判断したのだ。

 警戒してしまうのは仕方のない流れだろう。

 人間と魔族の違いが、浮き彫りになった一件である。


 なぜかアルマにだけは本当によく懐いており、どのような指示でも従う気概を見せているので、その忠誠心はヴィオラも疑っていないが、もしそうでなければ引き離そうとしていたはずだ。

 幸いにもヴァルハラにおいてアルマの味方こそ多くとも、彼女を害そうなどと企む者はいなかったので、ヴィオラも静観している。


 ……やがてアルマが目覚めると、慌てたように食堂を出て行く。

 すっかり食堂も人の気配が増えており、そろそろ昼食時だろう。ヴィオラも去って行くアルマを残念に思いながら簡単に食事を済ませると、もう用はないとばかりに、さっさと食堂を後にした。


 この食堂は珍しい料理が多く、味はもちろん料金も良心的と、もし街で店を構えていたら、ヴィオラは通い詰めること間違いなしの一級食堂だ。

 ただしダンジョン内に限っては話が変わる。


 夜限定でアルマが開いてくれる別の食堂。

 通称『アルマちゃんのお店』で提供される料理は、職人ギルドの料理人が作ったものより、ずっと味が良いからだ。

 そもそも珍しいレシピや変わった調理器具、そして新鮮な食材などはアルマが提供元である。質で劣るはずがない。


 これについてアルマは『ボクの料理はエネルギー生成のおかげですから、すぐに料理人のみなさんも慣れて同じ味になりますよ』と宣言している。

 だがエネルギー生成を正しく理解していない者も多く、さらに『アルマが作った料理だから食べたい派』や『アルマに会いたいから食べに行く派』も一定数いるため、例え料理人がまったく同じ料理を再現できたとしても、アルマ食堂の利用者は減らないだろう。

 この事態を本人が知るのは、もう少し先の話だ。






 午後になると、次のテストのため再び若手たちが集まる。

 場所は第一階層に出現した第二訓練所……アルマに倣ってアスレチックとも呼ばれ始めている水上の木造要塞だ。

 これまで訓練としてアスレチックに挑んだ若手たちは、どうにか三分の一までクリアするのがやっとで、未だに誰ひとりとして完全攻略者はいなかった。

 まさしく難攻不落である。


 そんなアスレチックで行われるのはゴーレムとの戦闘テストと打って変わり、戦闘以外で必要となる運動能力テストだ。

 重視されるのは足腰の瞬発力や、咄嗟の判断力、そして持久力などである。

 これはチームではなく完全に個人のテストなので誤魔化しも利かず、自分自身の能力だけが頼りとなるだろう。

 ヴィオラを除き、誰もが緊張から表情を強張らせている。


 ……と、そこへ奇妙な四角い物体が、すいーっと音もなく訪れたことに誰ともなく気付いた。

 馬車にも似た乗り物だが牽引する動物はいない。それがゴーレムカートだと知らない者は興味深げに見つめ、知る者は別の意味で期待から目を離さなかった。ヴィオラもそのひとりだ。

 やがてアスレチックの前で止まると、期待通りの人物が無邪気な顔を見せる。


「なんだ、お嬢ちゃんも来たのか?」

「ちょっと見物させてください」


 急なアルマとすずの登場に何事かとゲオルクが話しかければ、どうやらテストを様子見に来たのだと誰もが理解する。

 つまり、これからアスレチックへ挑むところが見られてしまうのだ。

 みっともない姿をアルマには晒せない。

 若手たちが静かに、そしてより強く覚悟を決めた瞬間である。


「では今から午後のテストを行う! 何度も言っているように、これは訓練でどれだけの実力が身に付いたのかを試すものだが、お前たちの報酬にも影響する。あまりに酷い場合は街へ送り返されるだろう。覚悟して挑め!」

「はいっ!」


 すでに気合は十分だ。

 火付け役の本人はのんきに黒狐の少女と、観客気分で池ポチャを楽しみにすらしていたが、そんな心も知らずに若者たちは奮起する。


「まずはレオン、お前からだ! 行け!」

「は、はい!」


 最初のひとりが勢いよく挑戦するも、残念ながら途中で敢えなく脱落。

 見事な水飛沫を上げての落下には、応援していた仲間たちも自分のことのように悔しそうな声をあげる。


「もうちょっとだったのに残念ですね」

「重心の移動がいまいちなのです。もっと自分の体を理解したほうがいいのです」

「なるほどー」


 などという声が届かなかったのは、せめてもの救いか。

 続けて二人目、三人目と挑戦するが、やはり気合を入れたからといって、いきなり今まで以上の成果を出せるわけもない。

 あっという間に最後のひとり……ヴィオラの出番となった。


(アルマちゃんが見てる……頑張ろう!)


 彼女もやる気は十分である。

 ここで少しアスレチックの全容を確認しよう。

 まず大まかに三つのエリアに区別され、それぞれクリアするごとにリタイアできる帰り道が用意されている。


 一つ目のエリアは初心者でも楽しめるよう設計された、言わば下級コース。

 内容も飛び石渡りや、丸太渡りなど遊びの面が強く、十分な体力と身軽さがあれば地球の現代人であっても容易いだろう。

 冒険者としては突破できないと落第点であり、当初こそ苦戦はすれど、こんなところでつまずく者はいない。


 二つ目のエリアからは本番となる、いきなりの上級コース。

 ここでは細かく四つの段階に分けられ、第一段階は壁走りやロープからの飛び移りなどバランス系が多い。

 第二段階で重りを持ち上げてゲートを開くといったパワー系。

 第三段階になるとベルトコンベアの流れに逆らって走り続けるスピード系。

 そして第四段階が飛んでくる障害物を避けて細い道を渡る反射神経系だ。

 徐々に難易度が上がる仕組みで、ほとんどが第一段階で失敗する。


 三つ目のエリアに到達すると待ち受けているのは、もはや人類卒業コース。

 その言葉通り、これをクリアできたら人類の壁を突破したナニカであり、もうなにも怖くないだろう。

 今のところ挑戦者はひとりだけで、攻略者もひとりである。


 そしてヴィオラはこれまで第二エリアの第二段階で引っかかっていた。

 万全であれば持ち上がる重りだが、辿り着くまでに消耗した体力では上手く力が入らず、ゲートを開けられずにタイムアップとなってしまうのだ。

 制限時間はのんびり休憩されても困るので、あくまで失敗を判断するために設けられている。

 逆に言うとどれだけ手間取ろうが、突破さえできれば制限時間は無視しても良いルールになっていたが、それでも攻略できない現状がアスレチックの難度を如実に表していた。


 だが、今日のヴィオラは違った。

 愛らしいアルマが応援してくれている! ……と思っている。

 ここで活躍すればアルマと仲良くなれる! ……と思っている。

 だから今の自分ならば絶対にクリアできる! ……と思っている。


 思い込みとは、時に精神を爆発的に高揚させ、肉体の限界を越えさせる。

 そこへ魔力という未だ解明されていない不可思議な要素が加われば、どれだけの困難が立ちはだかろうと打ち破れるかも知れない。

 事実、ヴィオラは第二エリアの第二段階を見事突破し……へろへろになった状態で第三段階のベルトコンベアに流されて池ポチャするのだった。






「よし、今日はここまでだ! ゴーレムとの戦闘テストと合わせて、結果はギルドに張り出しておくからな。自分で確認しておくように」


 そんなこんなで全員のテストが終了し、最後にゲオルクが締め括った。

 若手たちは水滴を滴らせながら手応えを感じたり、または思ったより動けなかったと感想を口にしながらアスレチックを後にする。

 ヴィオラも結局ずぶ濡れになってしまったが、終わってみれば過去最高の好成績を叩き出したことで内心では満足していた。


(アルマちゃん、見ててくれたかな?)


 そわそわしながらアルマを見れば、なにやら楽しそうにすずと話している。

 一歩踏み込んで話しかけてみるべきか悩んだのも束の間、先にゲオルクがヴィオラに声をかけた。


「今後のことで少し話がある。あとで支部長室に来てくれ」

「わかった」


 即答したヴィオラだが、すぐさま興味を失ったかのように視線を戻す。

 僅かに残った理性は、今後の話ってなんだろう? と疑問を抱くも、再びアルマに話しかけるべきか悩むので思考は一杯になってしまい、結局なぜ呼び出されたのか思い当たるのは支部長室の前へ到着してからだった。

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