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28 ヴァルハラへようこそ!

 ギルドマスターたちの会議が行われてから五日が経過していた。

 ようやく領主との話し合いを終えたヴィルヘルムは、各ギルドマスターと職員に加え、それぞれのギルドに所属する者たちの合わせて百人を越える大所帯で、ダンジョンへ向かうべく穏やかな街道を進んでいた。

 何台もの馬車を率いる光景は、これから大規模なダンジョン攻略が行われるのだと錯覚させるほど物々しい。


 実際は危険なことなど一切ない安心安全なダンジョンだと言って、誰が信じるだろうか。誰も信じないだろう。

 なのでヴィルヘルムたちは黙って険しい顔をして、それっぽい雰囲気を出しながらなだらかな平原を行き、ちっさい川を越え、険しくない森へ差し掛かる。


「これはどういうことだ?」


 最初に気付いたのは先頭を歩くゲオルクだった。

 やはり今回も案内役としてリーゼロッテを抜いたユリウス、ノーラ、ヨハンたち四人が先導しているのだが、どうにも森の様子が前回とは違う。


「森が切り開かれているだと?」

「おいおい、ご丁寧に道まで整備されてやがるぞ」

「地面も踏み固められてしっかりしていますね」

「もしかしてこれって……」


 その怪しいほどの出迎えっぷりに、なにが起きたのかとゲオルクたちは戸惑いながらも、ひとりの少女を思い浮かべる。

 考えられるとしたら、理由はひとつしかない。


「まあ危険はなさそうだな。これなら馬車も楽に通れそうだ」


 そう判断して再び足を進める一行。

 ギルドマスターたちにも少し予定変更になったと報告するが、これは喜ばしいことなので不満は出なかった。

 本来なら森の手前に荷運び用の馬車を停めておき、数人を世話役として残すつもりだったのだ。それをダンジョン前まで引き入れられるとなれば、労力も減るのだから当然だろう。


 道なりに進み続けると、やがてダンジョンの入口が姿を現す。

 まるで地面から生えたように、ぽっかりと口を開く不自然な洞窟だ。それは以前と変わらない。だが、その様相は大きく変化していた。


「ずいぶんと入口が広くなってるな」

「しかも見ろよ。入口から奥まで緩い坂道になってやがる。これなら中まで馬車を入れられそうだぞ」


 明るく照らされたダンジョンを覗き込むユリウスの目には、明らかに馬車を出入りさせやすいように配慮された傾斜が確認できた。

 なぜかと問えば、やっぱり答えはひとつしかないだろう。


「とりあえず俺たちで先行して、少しお嬢ちゃんの様子を見てみるか」


 また妙な格好で人前に出ないとも限らないと心配したのもあり、ひとまず入ってみようとゲオルクが提案すれば全員が頷いた。

 後続には小休憩するよう伝えると、ヴィルヘルムは同行するという。


「前と違ってダンジョンマスター殿を知らん者が圧倒的に多いからな。その辺を言い含めておかんとならん」


 冒険者ギルドの身内ばかりだった前回とは違い、今回のメンバーは他ギルドの者が多く構成されている。おまけに各ギルドマスターも含まれていた。

 無害なアルマなら杞憂とも思えたが、万が一にも危険なダンジョンだと警戒されてしまっては、話がとても面倒になってしまうだろう。

 事実、ダンジョンに用意されたアトラクションは冒険者ですら震えあがる恐怖の拷問器具に等しいのだから。


 と、そこへ当のギルドマスターたちが話を聞きつけたかのように揃ってやって来てしまった。

 商人ギルドのコルネリア、薬師ギルドのクラウス、職人ギルドのケヴィンだ。


「私たちもご一緒させて頂けませんか?」

「部下に先んじて、お会いしておきたいですからねぇ」

「ああ、まずは頭が挨拶するのが筋だろうからな」


 なにやらもっともらしい理由を付ける三人。

 しかし、その真意を魔術ギルドのクラリッサがあっさり暴露する。 


「ま、あたしらにも面子ってもんがあるわけさね。のんびりヴィル坊らに安全を確認させといて、後から入った臆病者なんて噂されちゃたまらないよ。どの道ヴィル坊らが先行するんだ。だったら今から入っても後から入っても大して変わらないからね。あんたらも、そういう魂胆だろう?」

「も、黙秘します」

「はて、どうでしょうねぇ」

「…………」


 黙ったり誤魔化したりと、実にわかりやすい反応であった。


「まあ、こっちとしてはやることは変わらんし、あんたたちなら構わんが……例の件でダンジョンマスター殿が不機嫌な可能性もあるぞ?」


 事前に手紙を送ったが返事はない。というより初めから期待していない。

 送り届けたリーゼロッテには街に戻る意思がなかったので、今もダンジョンに残っていると考えられたからだ。

 そのおかげで手紙に記した各ギルド支部の許可や、料金の徴収、税金の支払い等について、アルマがどのような感情を抱いたのかが一切不明だった。

 もしかしたら勝手な取り決めに怒っているのでは……などと、あり得ないと思いつつも多少は気になっているのだ。


 実際のところ領主との会談では、税の取り立てなど可能かどうかすら見当もつかず、ひとまず棚上げしている状態である。

 もしアルマに支払う気があれば改めて協議し、支払うつもりがなければ、それはそれでも構わないというスタンスだ。

 ずいぶんと甘い対応だったが、それというのも領主は献上されたポーションを甚く気に入り、今後も供給されるのならば税の代わりと捉えていたからだ。むしろ単なる金で収められるより、ずっとありがたいだろう。


 これにはヴィルヘルムも胸を撫で下ろした。

 領主を味方にできれば後ろ盾としては十分すぎるほどだ。

 ただし領主として表立ってダンジョンの安全性を認めたり、支援するには時期尚早として、これまで通り地盤固めをヴィルヘルムは任されている。

 事を急いで王家や神殿の耳に入り、危険と判断されてしまえば討伐のため騎士団が動いてしまう。そうなっては、いち領主では止められるか怪しい。

 故に最低でも周辺都市からの支持を得られるまで、公表は控える方針である。


「ギルマス、お嬢ちゃんならきっと大丈夫だ」

「う、うむ……ゲオルクは随分とダンジョンマスター殿を信頼してるんだな」

「お嬢ちゃんは良くも悪くも無邪気だ。だからこそ、利用しようと画策するような連中から守らなければならないだろうがな」

「ふっ、安心しろゲオルクよ。冒険者ギルドに限って言えば、ダンジョンマスター殿をどうこうするつもりはない。そもそも、あんな幼い子を騙そうとする外道がいるとは考えたくもないがな」

「ああ、まったくだな。だが警戒だけは欠かさないつもりだ」


 互いに口元をにやりと歪めながらダンジョンへと向かう。

 それを聞いていたユリウス、ノーラ、ヨハンたちもまた自然と笑みを浮かべて後に続く。誰もが無垢なる少女を思っているのだ。


 緩い坂道を下り、ダンジョンの奥へと進む一行。

 すると最初に広い部屋へと到着した。

 地面には白い線が引かれて等間隔のスペースが設けられていたが、その意味は誰にも理解できなかったので次の部屋へと向かう。

 やがてアトラクションが立ち並ぶエリアへと入り、そろそろ当の本人が姿を見せる頃かと周囲を見渡していると……それは建物の上に現れた。


「ようこそ、みなさん」

「うん? ……お嬢ちゃん、なのか?」


 ゲオルクが戸惑って問いかけてしまうのも無理はない。

 そこに立っていたのはアルマ本人だったが、まるで雰囲気が異なる。

 幼くも儚い美しさは変わらないが、いつも楽しそうなニコニコとした表情は心を失ったかのようにピクリとも動かない。

 どこか威厳とも呼べる空気を纏った少女は、まさにダンジョンを統べる超然とした支配者の姿そのものだ。


 ここまで印象が様変わりした要因のひとつとして、その格好が大きい。

 アルマの服装を一言で表すなら氷雪の魔術師か、あるいは白銀の巫女だ。日本人が見たら魔法少女と勘違いしただろう。

 特に目を引くのは、輝く月白色の髪を飾る黒の頭冠で、さらさらの髪から生える角のように二本の黒棘が伸びている。

 それともうひとつ、華奢な手でしっかりと握る銀杖だ。筋肉のない腕の負担にならないよう長すぎず重すぎない、絶妙なバランスで構成されている。先端部には透き通った水晶が取り付けられており、華美な装飾は少ないながらも一級品であると思わせる造りだった。


「ダンジョンマスター殿? これはいったい……」

「ふっふっふっ……」


 不敵に笑ってしまい、段々とメッキが剥がれつつあったが、どうにかアルマは表情を整えて再び真顔を維持する。

 油断すると口の端が持ち上がって、にやけてしまうようだ。


「はじめましての方もいるようですね。私の名はアルマ。このダンジョン『ヴァルハラ』の主です。よろしくお願いします」


 ぺこりと礼儀正しくお辞儀をしてしまったので、完全に化けの皮が剥がれてしまった感じになり、アルマは赤面しつつ照れ隠しにえへへと笑う。

 すると、どこからともなく現れた、もうひとりの少女が隣に並ぶ。


「……ここまで、かな?」

「どうでしたかリーゼロッテちゃん?」

「……ん、素晴らしい仕上がり」

「で? これはいったいどういう遊びだったんだ?」


 少し呆れたようにゲオルクが聞けば、アルマとリーゼロッテはよくぞ聞いてくれましたと揃って自信満々に答える。


「これは遊びではありませんよ!」

「……そう、とても大事」

「ボクがダンジョンの主っぽく見えるようにする訓練ですからね!」

「……ねー」

「そうか……いや、まあいい」


 なんとなくゲオルクは、リーゼロッテの入れ知恵だろうと推測した。

 そして少し見ない間に二人の仲が、より進展しているのを見て取り、微笑ましく感じてしまう。気分はすっかり保護者だ。


「あーなんだ、そういうわけで、あの子がダンジョンマスターのアルマ殿だ」

「おっと、そういえばそちらのみなさんは?」

「ダンジョンマスター殿、こいつらは商人ギルド、薬師ギルド、職人ギルド、魔術師ギルドのギルドマスターだ」


 ヴィルヘルムの声に反応したアルマは、各ギルドマスターを観察する。

 それぞれキャリアウーマン、強欲なツボ、きこり、老魔女といった印象をアルマは抱いていた。

 一方でギルドマスターたちは、想像していたダンジョンマスター像とかけ離れたアルマに困惑してしまう。

 最初の演技が本当にすべて演技だったのか。今こうして見せている無邪気な少女も演技ではないかと勘繰ってしまうのだ。

 そんな空気を察したアルマは、こほんと咳払いをひとつ。


「では改めまして……」


 ちょっと真面目なアルマも、緩いアルマも、ダンジョンマスターのアルマも、無邪気なアルマも、すべて自分であると宣言するかのように、堂々と言い放つ。


「ダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』へようこそ!」











 後年において『ヴァルハラ』の存在は物議をかもした。


 曰く、この世のものとは思えぬ豪華絢爛な宮殿が立ち並び、天上の美食と美酒に溢れ、訪れた者を心ゆくまで楽しませてくれる至高の楽園である。


 曰く、恐ろしい拷問器具が見世物のように並べられており、ある者は顔を真っ青に染めて苦悶し、またある者は悲痛な叫びをあげる地獄である。


 曰く、虚弱な幼子を屈強なる戦士へと育てて戦場に送り、激戦に疲れて戻れば優しく迎え入れ、その身と心に負った傷を癒してくれる故郷である。


 古くから残るいくつもの資料や文書には異なった様相が描かれており、その全容がまるで窺い知れない。

 専門家たちは、これが真実だという仮説をいくつも提唱しては、それを覆す新たな発見が成されるばかりだ。

 ただ、ひとつだけ共通する部分も見つかる。

 あまりに荒唐無稽であり、やがて『ヴァルハラ』の存在すら疑われるようになった、ひとりの少女の存在。


 なぜなら、その名は多くの英雄たちに関わる聖女と同名であり、そもそも聖女本人であるとまで記されていたのだ。

 これは彼女を貶めるための悪意ある文書だという見方が大勢だが、一部の研究者は違った意見を持つ。

 というのも、あまりにも同じ記述を残す資料が多かった。

 ひょっとしたら真実なのではないかと幾人かは気付くも、過去の人物であろうと聖女に対する不敬は世論が許さない。

 やがて彼らの綴った真実は、長い歴史の中へ埋もれていくこととなる。


 こうして『ヴァルハラとは数あるダンジョンのひとつであり、そのダンジョンマスターは聖女アルマである』という研究結果が発掘され、世に広まるのは遠い未来となってしまうのだが……。

 アルマにとっては、非常にどうでもいい話である。

今回で第一章が終了となります。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。


ブックマークや評価ポイント、感想も嬉しいです。

日間のファンタジー限定ですが、一時的にランキング100位内に入ったのが

個人的にすごく驚きました。みなさんのおかげです。


書き溜めたストックは少なくなりましたが

二章のダンジョンテーマパークを引き続き、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 基本非殺傷ダンジョンは、のんびりほのぼのしてて良いですよね~。 [気になる点] ここまで読ませて頂いて、ちょっと気になった部分をいくつか失礼します。 ・ダンジョンの階層は、階層ごと移せな…
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