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27 アルマちゃんの友だち

 リーゼロッテは黒魔術の天才である。


 孤児であった彼女は六歳の時、偶然にも通りがかったという大賢者アレクシスによって才を見出され、弟子として引き取られた。

 一般的に『黒の魔術』の行使には、膨大な知識が重要となる。

 そのためリーゼロッテには魔術の指南のみならず高度な教育が施され、僅か十歳の頃には大人より優れた知性を見せ始めるほどであった。


 黒の魔術師は大きく六段階に分けて実力を区別されていた。

 これは魔力の属性が関係しており、まず全六種の属性魔術を十全に扱えてようやく一人前の魔術師として認識される。

 それすらままならない者は半人前であり魔術師とすら呼ばれない。

 そして二つの属性を合わせた『複合魔術』が可能となれば上級者。

 三つ合わせれば達人という形だ。


 では現在のリーゼロッテはというと……十一歳という若さにして四属性の複合魔術を操る英雄の域にまで到達していた。

 大賢者アレクシスが伝説ともされる五属性であることと、これからの将来を考慮すれば前人未到の六属性……神話の領域に届くのではないか。

 そう期待されるのも当然の流れだろう。


 事実、リーゼロッテは魔術師にとって最も大切な要素を兼ね備えていた。

 それは魔術を楽しむという心だ。何事も嫌々やるよりも、楽しいと感じて前向きに取り組んだほうが能率が良い。

 加えて幼さゆえの好奇心の高さも相乗効果を生み、次々に教え込まれる世界の理は乾いた大地に垂らした水のように吸収され、新しい魔術を行使する楽しさはリーゼロッテを夢中にさせた。

 彼女にとって魔術とは、世界そのものだ。


 だが、そんなリーゼロッテを取り巻く環境が、その純粋な心を蝕んでいった。


 始まりは彼女が二属性の複合魔術を扱えるようになった時だ。

 誰もが『さすが大賢者の直弟子だ』と褒め称えた。


 違和感を覚えたのは苦労して三属性まで合わせられるようになった時だ。

 誰もが『さすが大賢者の直弟子だ』と称賛した。


 決定的になったのは必死の思いで、それこそ寝る間すら惜しんで研鑽を積み、ようやく四属性の複合魔術を会得した時だ。

 誰もが『さすが大賢者の直弟子だ』と口を揃えた。


 ここに至ってリーゼロッテは気付いてしまう。

 どれだけ努力したところで周囲はリーゼロッテの功績ではなく、すべて『大賢者の弟子』という評価で終わってしまうのだ。

 世間はリーゼロッテの研鑽を認めてくれない。それどころか弟子なのだから当然だろうという風潮すらできあがっていた。

 その事実は幼いリーゼロッテの胸に突き刺さる。


 リーゼロッテ自身は魔術の先達として大賢者アレクシスを尊敬しており、ここまで育ててくれたことに多大な恩義も感じている。

 しかし多感な時期に入っていた影響もあり、段々と大賢者に教えを受ける環境に嫌気が差してしまったのだ。

 結果、リーゼロッテは出奔した。思春期少女の家出である。


 幸いにも、この世界では魔術の腕前さえあれば生きるのに苦労しない。

 生活費を稼ぐ手段は、魔術ギルドに加入すると足取りを掴まれて連れ戻される恐れがあったため、身分を隠して冒険者ギルドに登録することで解決した。


 こうして魔術師リーゼロッテは将来有望の冒険者とされ、新ダンジョン調査の訓練パーティに組み込まれ……そして運命と出会ったのだ。






『はじめまして。ボクは、このダンジョンの主をやっているアルマです。そしてダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』へようこそ!』


 そんな自己紹介を笑顔でする少女アルマを目にした第一印象は、かわいらしい無邪気な少女だ。

 それを裏付けるようにリーゼロッテが闇属性の魔術を行使すると、アルマには一切の穢れがない無垢なる存在であると判明した。

 人間にはありえない清らかな魂は、まさしく天使と同義である。

 この時点でリーゼロッテから警戒心は消失しており、残ったのは興味と好感だけだった。


 その後も一生懸命にダンジョンを案内する姿を微笑ましく眺め、アトラクションで楽しませてくれたり、おいしい料理を作ってくれたりするアルマの存在は、リーゼロッテの中で大きくなっていく。

 アルマもまた、リーゼロッテを受け入れてくれていた。まるで普通の友人のように接してくれていると感じられたのだ。


 ふと、リーゼロッテは初めて同年代、それも同性の友人ができたと気付く。

 これまで大賢者に拾われてから魔術一筋で、冒険者となってからは追手を気にして他人と関わろうとせず、子供であれば誰でも知っているはずの遊びすら知らないでいたのだ。

 本人に自覚はないが、コミュニケーション能力にも支障が出ている。


 そんなリーゼロッテが、ついに初めての友人を得られた。

 アルマのダンジョン保護に動いたのも、もはや考える必要すらない当たり前の行動だったのだろう。

 また、この一件では神殿所属のノーラも協力してくれたことでスムーズに話は進んでいる。密かに二人はアルマ擁護派として同盟を結んでいたりするが、それはまた別の話だ。

 そのノーラは、自身と聖女との関係をアルマに打ち明けていた。


『アルマさん、少しよろしいですか? 実はですね……こしょこしょ』

『……え、聖女さまですか?』


 聖女という存在にピンときていないアルマであったが、脅威と認識していた神殿の関係者が味方になったと知って喜んでいた。

 だが、この時ノーラはリーゼロッテについて触れていない。

 大賢者の弟子として見られるのを恐れたリーゼロッテに頼まれ、その事実を伏せておいたのである。


 ただの魔術師、ただの冒険者、ただのリーゼロッテとして、ただアルマと友人でいられれば良かった。今の関係を崩してしまうのが怖かったのだ。

 だからこそアルマの一言には驚いた。

 魔術で小さくした箱を、元の大きさに戻した際の言葉だ。


『もしかしてリーゼロッテちゃんって、有名な魔術師だったりします?』

『違う』


 つい強い口調で否定してしまったのは焦りからだろう。

 箱を小さくした魔術は、四つの元素属性を合わせた複合魔術である。そこらの魔術師では扱えない。

 すぐには気付けなくとも、いずれリーゼロッテの正体を察してしまうのではないかという焦りが、不自然な態度として表れてしまったのだ。


『そうなんですか。ところで、この本の代金なんですけど……』


 そんな心配とは裏腹に、アルマはあっさり納得したように話題を変えてくれたので、リーゼロッテは内心でほっとした。

 やがてダンジョンに追加された階層を案内され、食事と入浴を終えたあと、前々から決めていた考えをリーゼロッテはアルマに伝える。


『……アルマちゃんのダンジョン、作るの手伝う』


 居候の身分だからと説明したリーゼロッテだが、本心では無償であっても協力を申し出るつもりであった。

 ただ、それでは心優しいアルマが遠慮してしまうのではと考えた末、受け入れやすい言い訳を思い付いたのだ。

 急な提案だったのでアルマは僅かに悩んでいたが、すぐに答えを出した。


『わかりました。ではこれからお願いしますね』


 予想した通り、アルマはリーゼロッテを仲間として迎え入れてくれたのだった。






 そして三日が経過した。

 あれからリーゼロッテの助言もあって建築作業は進み、ようやく冒険者ギルド支部は完成された。

 その出来栄えにアルマも満足気に頷く。


「これでギルマスさんたちが、いつ来ても大丈夫ですね」

「……ん、たぶん、もうそろそろ」

「間に合って良かったですよ。冒険者の人もたくさん来るんですよね?」

「……他にはないダンジョンだから、興味を持つ人は多いと思う」

「なるほどー。これはヴァルハラの主として盛大に出迎えないとですね!」


 その何気なくアルマが口にしただろう言葉に、リーゼロッテは前々から気になっていた疑問を投げかける。


「……アルマちゃんは、ダンジョンマスターでいいの?」

「えっと、どういう意味です?」

「……だってアルマちゃんは、人間なんでしょ?」


 ギルドマスターのヴィルヘルムは視察に訪れた際、アルマが本来は人間であると説明していたにも関わらず、常にダンジョンマスターと呼んでいた。

 これは他の職員たちも同じであり、もしかしたらこれから訪れる多くの人間たちも同じかも知れない。

 アルマがどれだけ人間であると主張しても、彼女は人間に味方をするダンジョンマスターとして扱われ、どれだけ人間として努力しても、決して人間として扱われることはないのだ。


 そんな考えからリーゼロッテは、アルマに自分自身を重ねて見ていた。

 いつの日かダンジョンマスターとして扱われるのに嫌気が差して、なにもかも投げ出してしまうのではないかと心配したのもある。

 だが、それ以上の『なにか』をアルマに求めて問いかけた。


「……アルマちゃんは、ダンジョンマスターって言われるの嫌じゃないの?」


 アルマは答えた。


「そうですね。ボクは人間だと思っていますから、ずっとダンジョンマスターとしか見られなかったり、そもそも人間として扱われなかったりすると、ちょっと悲しいかもしれません」


 でも、と続ける。


「ボクがダンジョンの主なのは事実です。これはもう変えられませんし、そう呼ばれちゃうのは仕方ないです。言われないように頑張っても、心の中でどう思われてるのかまではわからないですからね」


 まるで諦めの境地にいる言葉にも聞こえるが、リーゼロッテはアルマの顔を見つめ続けていた。

 アルマは一点の曇りもない、明るく無邪気な笑顔を浮かべているのだ。

 なぜ……どうしてそんな顔ができるのかと、リーゼロッテは目を離せずにいた。


「だからボクは思うんです。大切なのは自分がどうするのか、だって」

「……どうするのか?」

「はい、ボクが自分は人間だと思っていれば、ボクが人間であることは絶対に間違いないんです。だからボクは人間の味方をする、人間のダンジョンマスターでいいんです」


 確信があるかのように言い切るアルマだが、特に深い考えなどない。

 だからこそ思ったまま、ありのままを話せる。


「それに誰かの声を気にして無理をすると、自分がやりたかったこととか、やりたくないことが裏返っちゃったりしますし、なんだか自分じゃないみたいで変な感じです。操り人形みたいになっちゃいます」

「……耳を塞げばいいの?」

「なにも聞かないのと、聞いても気にしないのはちょっと違う気がしますね。それに絶対に他の人の言葉なんて気にしないぞ! って意地になるのも、なんだか疲れそうです」


 なにも考えてない故に、アルマも段々となにを言いたいのか自分でわからなくなりつつあった。


「えっと、つまりボクが言いたいのは普通というか……自分らしく? そんな感じでいいんです。ボクが細かいことを気にしない性格なだけかもですが」

「……ん」


 どうにか話をまとめるアルマの言葉を、リーゼロッテは繰り返し思い浮かべる。

 それは諦めなどではない。

 天衣無縫にして純真無垢なる、自然体の極地であった。


 対してリーゼロッテは自身の過去を顧みる。

 ただ『大賢者の弟子』と呼ばれるのを嫌って身分を隠し、逃げて、冒険者となって、今もまだ大切な友人たるアルマに打ち明けられずにいる。

 冒険者となったことに後悔はない。おかげでアルマと出会えたのだから。


 ――――だがそれは、本当に自分が望んで選んだ結果なのだろうか?


 リーゼロッテは魔術が好きだ。

 もっと魔術を学び、さらに高みを目指し、真理の深淵まで潜りたい。

 大賢者の弟子であり続ければ、それはきっと叶っただろう。だというのに周囲の声を気にして、こうして魔術から距離を置いてしまっている。


 誰かに認められたくて魔術を学びたかったのではない。

 好きだからだ。

 ただ魔術が好きだから、もっと魔術に触れていたかったのだ。


 自身がなにをしたいのか、なにを望んでいたのか。

 最も根源的な祈りとも言える願いをリーゼロッテは思い出した。


 そして現実をしっかりと見据えているアルマに、尊敬の念を抱く。

 この愛らしくも立派で、小さいのに大きい、大切なことを思い出させてくれた友人に、どうしても偽りの自分ではなく、本当の自分を伝えたくなった。


「……アルマちゃん、わたし実は」


 弟子という立場から逃げ続けるのはやめる時だ。

 これはリーゼロッテなりのケジメであり、新たなる旅立ちの宣言であった。






 その後に『六属性複合魔術』を始めとする、いくつもの功績から様々な二つ名で呼ばれることとなる魔術師の少女……リーゼロッテ。

 彼女を語る称号で最も多いのは『破壊と創造の魔女』だが、本人はこれを嫌っていたという。

 なぜなら彼女は『アルマちゃんの友だち』を名乗り続けていたのだから。

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