25 アルマとリーゼロッテ2
難しい話は終わりにして、リーゼロッテちゃんに新しい階層を案内……しようと思ったけど、まだワンダ君がダンジョンに残っていたので先に紹介しよう。
お互いに顔を知らないでばったり出会ったら、びっくりしちゃうからね。ワンダ君の顔は透明だけど。
「というわけでリーゼロッテちゃん、こちらワンダ君です、ボクの仲間です」
「……ん」
「ワンダ君、こちらリーゼロッテちゃん。ボクのお友達です」
『――――』
「仲良くしてくださいね」
とは言ってみたけど人間の冒険者と、魔族のダンジョン関係者。
水と油みたいな関係で上手く打ち解けるか心配だな。
『――――』
「……そう」
『――――』
「……同じ」
『――――』
「……わかる」
『――――』
「……よろしく」
ボクには理解できないやり取りのあと、がっしりと握手をする二人。
「え、なにを話してたんですか?」
ワンダ君の思念を飛ばす相手は選べるみたいで、仲間外れにされると会話に参加できなくなってしまう。
だから慌てて聞いてみたんだけど……。
「……ないしょ」
『――――』
リーゼロッテちゃんからは言葉で、ワンダ君からはイメージでまったく同じ意味の返事をされた、
なんだか急に親しくなった気がする。共通の趣味でもあったのかな?
ボクの友人同士が知り合ったばかりなのにボクより仲良しみたいでちょっと寂しいけど、これは喜ばしいことなのでボクは毅然と受け入れよう。
それからボクは、もう数日もすれば基本的な部分は完成する見通しというワンダ君の報告を受ける。
もし水捌けを良くする側溝や、野生動物避けの柵、さらに夜間用の街灯なども設置するなら、さらに倍近くの日数がかかるらしい。
ボクとしては往来が楽になればと軽い気持ちで考えていたんだけど、ワンダ君の頭の中ではかなり細かい計画が練られていたみたいだ。
発注元がへなちょこで申し訳ない。
「とりあえず道ができたら、実際に使うギルドの人たちの意見を聞いてから検討してみましょう。あとボクが作る街灯はダンジョンの外では使えませんからね」
『――――』
燃料がダンジョンのエネルギーだから、これはどうしようもないんだ。
ワンダ君も知ってるはずだけど、うっかりしていたのか恥ずかしそうなイメージが送られてくる。
「……道?」
「まだ説明してなかったですね。街からヴァルハラまでの道をワンダ君が整えてくれているんですよ」
「……ひとりだけで?」
「えっと、まずゴーレムを作って……長くなりそうなので案内しながら話しましょうか。ワンダ君は引き続き工事をお願いしますね」
『――――』
ワンダ君を見送ってから、ボクとリーゼロッテちゃんは下の階層へと向かう。
その道中、ゴーレムを作成したり、チェーンソーゴーレムに改造しようとして失敗した笑い話をリーゼロッテちゃんに披露した。
「ヴァルハラの中だったら使えるんですけど、ダンジョンには切る木なんてないから意味ないんですよね」
「……強そう」
「うーん、振り回したら危ないのは確かですね。ゴーレムが使うなら自分を切っても問題ないですけど」
「……戦わせないの?」
「戦う相手がいませんからね。それにゴーレムよりヌマネコちゃんたちのほうが頼りになりますよ!」
今も周りをとことこ歩いて付いて来ている。
リーゼロッテちゃんは、外見はほぼ普通の猫でしかないヌマネコちゃんたちを一瞥した。
「……もふもふしてる」
「ふふふ、見た目で判断すると危険ですよ。この子たちはダンジョンの恐ろしい獣たちですからね。名付けてイレブンキャットです!」
「……もふもふ」
また触りたいのかな?
でも先にダンジョンを案内したいから、もふもふタイムは後の楽しみに取っておいて貰おう。
その後もヌマネコちゃんに視線を奪われがちなリーゼロッテちゃんを連れて、ボクは各階層をざっと紹介した。
最後にボクの部屋に戻って一息付く。
「ふう、やっぱり歩いて回るには広すぎでしたね……疲れてませんか?」
「……まだ平気」
「すごいですね。ボクはすでにちょっと足にキテるのに」
がくがくと震える足を抑えてよっこらしょとソファに座るボクに対して、リーゼロッテちゃんは平然と立っている。
ほとんどボクと変わらない身長なのに、ボクよりずっと体力があった。これが冒険者と、引きこもりダンジョンの主の差か。
ボクもちょっと筋トレして体力を付けるべきかな?
「……作らないの?」
「筋肉ですか?」
「……なんで?」
違ったみたいだ。
筋肉じゃなかったら、いったいなんの話だろう。
「……アルマちゃん、速い乗り物が作れる」
「ジェットコースターですね」
「……そう。だから歩かなくても移動できるものを作ればいい」
「な、なるほどー! 作ればいいんですよね!」
ダンジョンの主なのに、リーゼロッテちゃんのほうがエネルギ-を使いこなせそうで落ち込みそうになったけど、深く考えないようにしよう。うん。
問題はダンジョンを移動できる乗り物だ。
あまり大きくても邪魔になる……でも二人乗りできるくらいがいいかな。
「ちょっと試してみますね」
「……わたしも見たい」
「じゃあ一緒に行きましょう」
少し休んだので足の震えは止まっていた。
ボクたちは部屋を出て、第一階層の広い場所に移動する。
リーゼロッテちゃんを下がらせて、しっかり離れたのを確認してから、ひとつの形を脳内に思い浮かべた。
「ほりゃっ!」
ぐももももっと地面から生えたのは電動カートだ。
座席が二つの小さな車みたいなものでゴルフ場で乗るイメージが強いけど、この電動カートには屋根がない。雨が降らないダンジョンでは必要ないからね。
あまり細い道は走れないけど、そもそもそんな道はヴァルハラに存在しないから心配いらない。思う存分に爆走しよう。
「さて、せっかくなのでボクはこれに乗って冒険者ギルドの支部を作りに行って来ます。リーゼロッテちゃんはどうしますか? あ、もちろん部屋で休んでてもいいですよ。ご飯の時間になったら戻りますし、冷蔵庫で冷やしてあるジュースは好きなだけ飲んでいいですからね」
ボクは電動カートの試運転も兼ねて、第三階層のギルド支部を建設しに行こうと思い立ったのである。
せっかく設計図も届いたんだし、早めに着手して損はないよね。
ただ時間がかかりそうだから、来たばかりのリーゼロッテちゃんには休んでて貰おうかと思ったんだけど……。
「……わたしも行く」
「そうですか?」
「……アルマちゃんと一緒がいい」
「じゃあ一緒に行きましょうか」
「……ん」
というわけで、二人で電動カートに乗り込む。
さすがに爆走はしなかったけど、思った以上に乗り心地は良かったので大成功だった。今後はこれを活用しよう。
途中リーゼロッテちゃんが速さとスリルを求め始めたので迷ったけど、アトラクションと違って安全性は確保されていないから自重したよ。
安全運転が一番だ。
そんなこんなで第三階層に到着した。
ドーム状の空間には、なにもない平地が広がっている。
第一階層を作った時のノウハウを活かして壁や地面は先に整えてあるけど、それ以外は完全に真っ平でコンクリートみたいに灰色だ。
それも今日までの話……今から第三階層は生まれ変わるのである。
いざ、ダンジョンビルド開始!
という段階になって設計図を見て、ふと気付く。
「この設計図通りだと冒険者用の宿舎があるんですけど……」
「……どうしたの?」
「ボクが用意したホテルが……いらない子になってしまいました」
あのホテルはダンジョンを訪れる冒険者用のつもりだった。でも設計図の宿舎はかなり大きくて、百人以上は余裕で暮らせてしまう。
たぶんギルマスさんは、最初から宿舎を建てるつもりだったんだろうから、ボクが勝手に早とちりしてしまっただけだ。
悪いのはボクだけど、無駄になってしまうのは寂しい。
「うぅ……せっかく作ったのに……」
「……アルマちゃん、元気だして」
リーゼロッテちゃんに頭をなでられたら、不思議と心が落ち着く。
年下に慰められるのは、まだちょっと恥ずかしくて抵抗あるけど、段々と慣れてきたというか、こういうのも悪くないと感じ始めているボクがいた。
「ありがとうございますリーゼロッテちゃん……ホテルは、いずれ使う時が来るまで寝かせておきましょう」
「……ん」
気を取り直して、ギルド支部の建設に取り掛かる。
まあ建設と言っても設計図にある通りにイメージしてエネルギーを注入するだけなんだけど。
設計図には冒険者ギルドの他、四つのギルド支部の配置が描かれている。
どうやら同じ第三階層に、すべての支部を収めるみたいだ。
まだまだスペースは余っているし、冒険者ギルドだけでひとつの階層を丸ごと使うには広すぎるから、そのほうが無駄がなくていいね。
ただ詳細な設計図は冒険者ギルドの分だけみたいだ。他のは後から届けられるのだろうか。
ひとまず作れるところまで進めちゃう。
「これでよし……ふう、とりあえず今日はここまでにしましょう」
「……もう終わり?」
「はい。結構、時間がかかったので続きはまた明日にします」
なにかを作る時は集中するからか時間の感覚が曖昧になりがちだ。
今回はリーゼロッテちゃんが近くにいたから完全に没入しなかったけど、もしひとりだったら空腹に気付くまで作業を続けていただろう。
……あれ? そういえばお腹が空いてるかも?
試作品である懐中時計を取り出してみると、なんと数時間は経っている。
その間、ずっとリーゼロッテちゃんを放置してしまった。
「すみませんリーゼロッテちゃん、そろそろ夕食にしましょうか」
「……ん、食べる」
「なにかリクエストはありますか?」
「……お肉」
「お肉というと、色々ありますけど何系がいいですか? 鳥とか牛とか」
「……牛っておいしいの?」
「え、食べたことありますよね?」
「……ないよ?」
前に来た時にビーフシチューを美味しそうに食べて、おかわりまでしていたはずだけど……もしかして、牛肉だと思っていなかったのかな?
今まで食べたことがなければ、わからなくても不思議じゃない。
「いつもはどんなお肉を食べてるんですか?」
「……いつもはウサギとか鳥、あとシカとイノシシ」
「ワイルドですね」
予想より野性味あふれる食料事情だ。家畜が少ないのかもしれない。
ウサギもちょっと興味あるけど、ボクの常識としては牛肉、豚肉、鳥肉の三種類が定番だから、残念ながらワイルドお肉は生成できそうにないかな。
「牛肉もおいしいですよ。この前のビーフシチューも牛肉が入ってましたし」
「……そうなの? じゃあ食べたい」
「わかりました。ちなみにライスとパンだったらどっちがいいですか?」
「……ライスがいい」
「なるほど、なら今日のご飯はステーキにしますね!」
「……アルマちゃんの料理なら絶対おいしい。楽しみ」
とてつもない期待と信頼がボクの料理に寄せられている。
これで失敗作なんて出したら、とても悲しませてしまうだろう。必ず成功させてリーゼロッテちゃんを満足させないとね!
「きょーうのごはんは……サーロインステーキ!」
自室に戻ったボクは気合を入れてキッチンに向かうと、適度にスライスされたサーロインをエネルギーで生成する。
分厚いほうが豪華に思えるけど、あまり厚いと中まで火が通り難くなるから大変なんだよね。
この薄さなら塩胡椒を振って、熱したフライパンでじゅうじゅう焼くだけだ。
――――じゅぅぅぅ、ぱちっ、ぱちっ。
熱された油の跳ねる音が心地いい。
ここで下手に動かすと肉汁が抜けるって聞いた覚えがあるから、ジッと我慢して焼けるのを静かに待つ。
片面が焼けたら静かに引っ繰り返してフタをしたら、さらに待つ。
そして実はボクには、ダンジョンの主だからこそ可能な裏技がある。
食べ物はエネルギーから作った物だから、アトラクションと同じで状態を正確に把握できるのだ。
つまり焼き加減を間違えず、最適なタイミングで焼き上げられるのである。
やがてボクの感覚にピンッときた。
「いまです!」
まな板に乗せられたのは、しっかり火が通りつつも柔らかさを損なわない、絶妙な焼き加減の完璧なサーロインステーキだ。
そして、炊き立ての白いライスと……。
「あ、サラダとスープもあったほうがいいかな?」
お肉を焼くのに夢中でうっかりしていた。
今から準備するとせっかくのお肉が冷めちゃうけど、ボクには反則のエネルギーがあるので問題ない。
シンプルなグリーンサラダと、定番のコーンポタージュを生成する。
……やっぱり完成品の生成は手作りよりも、より多くエネルギーが持っていかれてしまう。急ぎの時は仕方ないけど、次からは忘れないようにしよう。
最後にステーキを食べやすいよう一口サイズに切り分けて……。
「これで完成!」
「……できた?」
待ち切れなかったのか、リビングで待っていたはずのリーゼロッテちゃんが顔だけ出してキッチンを覗き込んでいた。猫みたいだ。
「お待たせしました、すぐに運びますね」
「……手伝う」
二人分しかないから、それぞれ自分の分を持つだけだけどね。
途中で転んだり落っことしたりなんてハプニングもなく、無事にボクたちは食卓へと着いた。
最後に氷入りのコップに水を注いだら準備完了だ。
リーゼロッテちゃんと向かいあってボクは手を合わせる。
「いただきまーす」
「わたしも……いたたきまーす」
控えめに手を合わせてボクとまったく同じ音程で、でもどこか違ういただきますをしたリーゼロッテちゃんは、流れるようにフォークを手に取り、ステーキへと突き刺した。
そして淀みのない動きで一切れをぱくり。
「ど、どうですか……?」
んむんむと口を動かして、やがてごくりと飲み込む。
「……ふわ」
え、ふわふわ?
「……びっくりした」
今のは驚きの溜息だったのか。ボクも驚いたよ。
でも、びっくりしたってことは……。
「おいしかったですか?」
「……うん、すっごく柔らかくて、じゅーしー」
「それはよかったです」
「牛すごい。牛つよい。牛やばい」
心なしかさっきよりテンション高めで語彙が消失したワードを連発している。
それだけ気に入ってくれたってことならボクも嬉しい。
「じゃあボクも……ほわっ、本当においしい!」
簡単に噛み切れるのにしっかりとした歯ごたえがあって、噛むごとにじゅわっと肉汁が溢れだす。
さすがはA5ランクの牛肉。なにがどう凄いのかよくわからないまま生成したのに、ボクのてきとう料理でもプロ級だ。
「……どうして、こんなにおいしいの?」
「それは素材がいいからですね」
「……この粒に秘密が?」
「それはただの胡椒ですよ」
「……不思議」
「それはダンジョンですからね。不思議なダンジョンです」
ふむふむと納得したのかどうなのか、黙々と食べ進めるリーゼロッテちゃん。
ボクは逆にリーゼロッテちゃんが普段食べているというワイルドお肉がどういう感じなのか、ものすごく気になっていた。
このサーロインのほうがおいしい自信はあるけど、一度くらいは試しに食べてみたくなる。
「……アルマちゃん、これって外でも食べられる?」
「ヴァルハラの外ですか? うーん、この牛肉さえ用意できれば、できなくはないですけど。調理は簡単なので」
まさか牛がいないとは考えられないし、どこかに牛肉が食べられる地域があってもいいはずだ。
でも品種改良された和牛には勝てないはずだ。このサーロインステーキと同じものを食べられるとは言い難い。
という話をぼかして伝えると。
「……ここでだけ食べられる特別な料理」
「そうとも言えますね」
「……世界でひとつだけの肉」
「それは、まあ、間違いではありませんけど」
「……アルマちゃんの料理は世界一」
「なにか違う気がしますね」
それだけ気に入ってくれたって意味だと受け取っておこう。
「食べ終わったらお風呂の用意はできてますからね」
「……アルマちゃんも一緒」
「あ、はい」




