2 初めての来場者たち1
大して深くも険しくもない森の中に、五つの人影があった。
一行の先頭を歩くのは大男のゲオルク。その後ろに少年ヨハンと、二人の少女ノーラとリーゼロッテが続き、最後尾に青年のユリウスが付いている。
リーダーを務めるゲオルクが最年長で三十八歳。最年少はリーゼロッテで十二歳という若さだが、年齢に関係なく武装をしていた。
種類に統一性は見られないが、全体的なバランスは取れている。
そんな彼らは『冒険者』と呼ばれる者たちだ。
この森に新しいダンジョンが発見されたという情報が冒険者ギルドに届き、ギルドは調査のためにゲオルクたちを派遣したのである。
「もうすぐダンジョンが見えるはずだ。準備はいいか?」
「はい、ゲオルクさん!」
「こちらも大丈夫です」
「……問題ない」
「こっちもオッケーだ。さっさと終わらせようぜ」
ゲオルクの確認にヨハンを始めとして、ノーラ、リーゼロッテ、ユリウスの順番で口々に返事をする。
「生まれたてとはいえダンジョンはダンジョンだ。油断するなよユリウス」
「こんな駆け出しを連れて行くのに、油断もなにもないってーの」
「そうボヤくな。若手の育成はギルドの方針だ。だからこそ俺たちがしっかり導いてやらなければならない」
「わかってるよ」
駆け出しとはヨハン、ノーラ、リーゼロッテら少年少女たちのことだ。
この三名は新人ながらも将来有望として、ギルドからも一目置かれている。
そこで今回のダンジョン調査に同行させることで、より多くの経験を早いうちに積ませようとギルドは考えたのだ。
本来ならゲオルクとの二人パーティで調査し、可能ならそのまま攻略する目算だったのだから、ユリウスが不満を漏らすのも仕方ない。
むしろ面倒見のいいゲオルクこそ、冒険者としては希少であった。
「えっと、すみません僕たちのために……」
申し訳なさそうに言うのは茶髪を短く切り揃えた少年ヨハン。剣士志望だ。
まだまだ実力こそ発展途上だが、素直な性格から先輩冒険者のアドバイスをしっかり聞いており、同年代の反発しがちな少年らと比べて頭一つ抜き出ていた。
「少しでもお役に立てたらいいのですが」
柔らかな金髪を揺らす礼儀正しいノーラ。白魔術師である。
癒しの術を使える彼女たち白系統の魔術師は数が少なく、それだけでギルドからは重宝されていた。
「……がんばる」
そして、淡いライトブルーの髪をお下げにしたリーゼロッテ。黒魔術師だ。
口数が少なくコミュニケーションが得意ではないものの、幼くして魔術の実力は高く、この年齢で複合魔術を操る天才少女と呼ばれている。
彼女が最も有望視されていると言えば、その能力が伺えるだろう。
「気にするな。ユリウスはああ言っているが、本気じゃない」
「あんま余計なこと言うなよゲオルク」
ちなみにゲオルクは戦士で、ユリウスは狩人だ。
戦士は剣に限らずいくつもの武器を扱える戦いのエキスパートで、ゲオルクは大斧を愛用している。そして狩人は弓の使い手であり、斥候役をこなせるため森林や山岳といった自然界では必須となる。
ギルド側で調整されたとはいえ戦士、剣士、狩人、黒魔術師、白魔術師が揃ったパーティは滅多に見ない、理想とも呼べるバランスの組み合わせであった。
これだけの人材であれば、調査ではなく攻略まで進めることも無理ではないだろうと、内心ではゲオルクとユリウスも予想していた。
ダンジョンを攻略するとギルドから報奨金が支払われ、さらにダンジョンの宝物まで得られるとなれば非常に魅力的だ。
その恩恵はヨハンたち若手であっても、同じパーティである以上は得られる。
しかし調査のみで戻ってしまえば、攻略班は別のパーティが担当してしまう可能性もあった。調査報酬こそ受け取れるが、それでは本当に若手育成をしただけのようなものだろう。
叶うならば、あっさり攻略できるくらい楽なダンジョンであるようにと願うゲオルク一行である。
その願いは、ある意味では叶えられた。
だが同時に……絶対に叶わないものとなった。
事前の情報通り、そのダンジョンは森の中にぽつんと出現していた。
いきなり地面から洞窟が生えたような不自然な地形だが、それこそがダンジョンである証拠だ。
放置すれば内部で生み出されたモンスターが溢れ出し、森を埋め尽くし、やがては人間たちの領域にまで押し寄せるだろう。そうなってからでは遅い。
ダンジョンは早期に潰すのが鉄則なのだ。
「発見したのはソロの冒険者だったか?」
「ああ、内部を確認するより報告を優先したそうだが……ったく、こんな小さいんなら軽く中を覗くくらいして欲しいもんだぜ」
「それで攻略されていたかも知れんぞ」
「臆病者に乾杯だな」
恐ろしいはずのダンジョンを前に軽い雰囲気のゲオルクとユリウス。
彼らはすでにダンジョンが生まれて、どれくらいの日数が経っているかを予測していたのだ。
その結果、まだ半月も経っていない本当の生まれたてで、それなら攻略も容易だろうと断定していた。
「三人とも、このダンジョンの攻略は楽になると思う。なぜか分かるか?」
「え、それはゲオルクさんたちがいるから?」
「そうとも言えるが、それはダンジョン次第だな」
ヨハンの答えにゲオルクは苦笑しながらノーラとリーゼロッテに視線を向ける。
「生まれたばかりのダンジョンだからですか?」
「半分は正解だ。なぜ生まれたばかりだと判断できる?」
「……発見報告が三日前。ここからギルドまで約一日だから最長でも四日。ある程度まで成長したダンジョンは入口が大きくなったり変化が見られる。でもこのダンジョンは発見報告にある状態と同じ……四日から十日くらいしか経ってない」
「それが正解だ。しっかり資料まで目を通して覚えていたのはさすがだな」
「すごいなリーゼロッテ!」
「本当にリーゼロッテさんの知識には驚かされます」
「ほー、なかなかやるじゃないか」
ゲオルク、ヨハン、ノーラ、ユリウスから口々に褒められ、リーゼロッテは魔術師のシンボルである大きな帽子を深く被ってしまった。
「はははっ、それじゃあ様子を見ながら行くとしよう」
口では軽く言いながらも決して油断はしない。
ゲオルクは気を引き締めると、率先してダンジョンへと入っていく。
基本的にダンジョンは地下に存在することが多く、必然的に階段を下って行くため地下一階がスタートだ。
予想していた通りに、ダンジョン内は岩肌が剥き出しだった。
成長するに連れて雰囲気が重々しく、複雑な構造になるダンジョンだが、まるで天然の洞窟そのもののような様相はゲオルクも初めて目にする。
「まさに生まれて間もないダンジョンか」
そう納得しながら短い階段を降り切ると、開けた空間に到着する。
五人が一緒に入れる広さだが、岩に囲まれた部屋は息苦しさを感じた。
ただ不思議なことに日差しが届かないはずのダンジョン内は、用意していた明かりの魔道具を持たずとも見通しが良い。
まだモンスターの気配もない。それどころか、この部屋には奥へと続く通路以外なにもないのを確認する。
「どうだユリウス?」
「……罠もなさそうだ。奥へおびき寄せるのが罠だと言われたら理解できるが、あまりにも無防備なのが気になるな」
「進んでみればわかるだろう」
警戒しつつゲオルクは先へと進む。
そしてすぐに、地下とは思えないほどの大空間を見つけた。
「うおっ、なんだここは……?」
地下一階のはずが明らかに地上を突き抜けるほど天井が遠く、その高さは約五十メートルほどはある。奥行きも驚くほど広々としており、おおまかに測っても数キロはありそうな大空間だった。
さらに奇妙なのは、あちこちに散見できる建造物。
細長く空中に掛かった橋のような物体や、天井近くまで伸びた塔など、なんのために存在するのか誰にも見当が付かない。
「いったい、なんなんだこれは……?」
「罠には見えないが、いや、だとしても。それこそが罠なのか?」
ベテランであるゲオルクとユリウスも混乱している。
これらを隠すなら、まだ理解できただろう。
だが道を阻むものはなく、ダンジョンに入って僅か一分も経たずに到着した。
ここに至ってモンスターの襲撃もなければ、罠の類も見つからないどころかダンジョン内は明るく照らされており、隠すつもりがないかのようだ。
彼らの常識にあるダンジョンの光景とは、あまりに異なっていた。
「とにかく調査だ。あまり離れるなよ」
平静を取り戻したゲオルクは大斧を構え、全員に指示を出す。
あまりダンジョンに縁のない若手三人組も、これが異常であることは察していたので黙って頷く。
そこへ、さらに場を混乱させる出来事が起きた。
「あのー」
「誰だッ!?」
「うひゃぁ」
聞き覚えのない声がした方向へゲオルクが勢いよく大斧を向けると、それに驚いた声の主は尻もちをつくところだった。
「ま、待ってゲオルクさん! 子供だ!」
「子供だと……? いや、こんなところに子供がいるはずが……」
「ですけど、どう見ても女の子にしか見えません」
「……迷子?」
「つーか、どっから出てきたんだ?」
現れたのは、誰が見ても小さな女の子だ。
年齢は10歳ほどで、身長は130センチ前後か。月白色をした長髪がさらりと流れ、透き通る青空を映したような瞳が、驚きに見開かれている。
その美しさから貴族のご令嬢か、どこぞの商人の娘を連想させるが、少女の格好が酷かった。まるでスラム街にいる孤児同然のように布一枚を纏った姿なのだ。
だが、その割に薄汚れた風でもなく、むしろ清潔に保たれた姿が、まるでちぐはぐな印象をゲオルクたちに与えている。
ひとまず斧を収めたゲオルクは、なるべく怖がらせないように問いかけた。
「あー、お嬢ちゃんは、どうしてここにいるんだ? 道に迷ったのか?」
「……違います。ここはボクのお家です」
少女の答えに誰もが首を傾げる。
そして――。
「はじめまして。ボクは、このダンジョンの主をやっているアルマです。そしてダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』へようこそ!」
底抜けに明るい笑顔と言葉で、場は静寂に包まれるのだった。
次で本日分は終わりです。




