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12 冒険者ギルドの調査2

 冒険者ギルドの人たちが試しにホテルを体験することになった。

 そろそろ日も暮れる頃合いだから時間的にもちょうどいい。

 ただゲオルクたちも含めると人数は前回の倍になる十人で、さすがにボクひとりで対応できるかどうか……。

 なんて心配していたら、ノーラさんとリーゼロッテちゃんを始め、ゲオルクとユリウスにヨハンまでも手伝うと言ってくれた。

 みんなは前にも泊まっているから、簡単な案内や説明だったら任せられる。


「ありがとうございます、みなさん」

「なに、このくらいなら構わん」

「あれに乗せられんのに比べたら楽なもんだしな」

「料理はできないけど、できるだけ手伝うよ」

「案内や配膳くらいでしたら私たちでもお手伝いできますから」

「……まかせて」


 調理はキッチンを使いこなせるボクじゃないと務まらない。なるべく早くお手伝いさんを用意して貰うとして、それまで頑張ろう。

 まず先にホテルの部屋を五人分増築して、十人が宿泊できるように整える。

 それが終わったら次は夕食の支度だ。

 美味しい料理で職員さんたちの胃袋を鷲掴みにがっちりキャッチしよう。


 キッチンに移動したボクは調理台を前に悩む。

 問題はメニューだ。ボクも入れたら十一人分になる。

 これを個別に作る料理だと時間がかかるから、大量に手早く作れる料理でなにか美味しいもの……シチューでいいかな?

 うん、今日はちょっと豪華にビーフシチューにしよう!


「アルマさん、少しよろしいですか?」


 ボクが材料を用意していると、ノーラさんに呼ばれたのでキッチンの入口へ移動する。近くには他に誰もいないようだ。

 あまり聞かれたくない、こっしょり話なのかな?


「実はですね……こしょこしょ」

「……え、聖女さまですか?」


 なんとノーラさんは聖女さまの弟子だったそうだ。

 聖女って凄そうだけど、どれくらい凄いのかいまいちピンとこない。

 とにかく凄い人の弟子のようだ。すごい。


 そしてノーラさんは、とある方法でボクが嘘をついていないかをこっそり確認していたらしい。

 これは聖女さまから秘密にするよう指示されていたから、今はゲオルクたち冒険者仲間とギルマスさんだけに打ち明けていて、他のギルド職員さんには教えてないみたいだ。

 あ、だからボクの言葉が信用されていたんだね。


「ありがとうございます! とっても助かりました!」

「いえ……私たちがやりたくて勝手にやったことですから。ただ、このことは職員のみなさんには内緒にして頂けませんか?」

「もちろんです! でも、どうやって嘘かどうか見分けてるんです?」

「それは私の力ではなく、この杖によるものでして」


 ずっとノーラさんが持っていた杖が魔道具だったみたいだ。

 ボクは一度も嘘をついていないと思うけど、もしどこかで嘘をついていたらノーラさんから信用されていなかったと想像してゾッとした。

 特に生まれのこととか、性別について口にしてたらアウトだったと思う。


「それで、アルマさんに謝りたいと思いまして」

「え、どうしてですか?」

「私は無断でアルマさんを試したり、心を覗いたも同然です。ですから謝罪を申し上げます。申し訳ありませんでした」

「か、顔をあげてください。おかげでボクは助かってるんですから」


 もしノーラさんが冒険者ギルドに掛け合ってくれなければ、ボクが信用して貰うのはもっと難しかったかも知れない。

 そうなったらエネルギーの回収も手間取っていたし、ポーションの提供もできなくて信用も得られない……悪循環に陥っていたかも。

 だからノーラさんには本当に感謝しているよ。


 ……でもたしかに気にする人は気にするかな?

 場合によっては嫌われてしまったり、イジめられるかも知れない。

 聖女さまが秘密にさせたのも、その辺が理由なのかな。


「もう二度とアルマさんには使いません」

「ボクはまったく……あまり気にしないですけどね」

「必要だと感じたのでアルマさんに杖を向けていましたが、もうアルマさんを疑う理由はどこにもありませんから」

「うぅー、ちょっと照れますけど……それなら良かったです」


 このダンジョンに来たのがノーラさんたちで、本当に良かった。


「ところでノーラさんが神殿の人で、聖女さまから許可を貰えたなら、神殿もボクの味方って考えてもいいんですか?」

「街へ戻ってから改めて報告をしますから、今はまだ保留されています。ですがモニカ様であれば杖を知っていますし、私からも進言しますので決してアルマさんの立場が悪くなるようなことはありませんよ」


 おお、これでボクの心配事がまたひとつ減った!


「ただ他の神殿については、どうなるか予想できませんので、アルマさんも注意してくださいね」

「他の神殿ですか?」

「ああ、そういえばアルマさんは記憶を失くされているのでしたね」


 ノーラさんの説明によると、神殿とは四種類あるらしい。

 それぞれ違う女神さまを信仰していて、ノーラさんと聖女モニカさまは、春の女神さまの神殿だから、残り三つの神殿が敵になる可能性もあるみたいだ。

 せっかく問題解決したと思ったのに、新しい問題が増えた。まだまだ安心できそうにない。

 ……おっと、少し長話になっちゃった。


「ボクはそろそろ料理を作りますね」

「では微力ながら私もお手伝いします。なんでも遠慮なく言ってください」

「そうですねぇ……じゃあ簡単にキッチンの使い方から教えますね」

「はいっ、頑張りますね!」


 それからボクとノーラさん、途中からリーゼロッテちゃんも加わって三人でビーフシチューを作った。

 電子機器はもちろん、包丁やコンロを説明するたびに驚いたり、味見でリーゼロッテちゃんのほっぺたが落ちそうになったり、いつもより楽しく料理できたよ。


 それになんだか二人とは、さらに仲良くなれた気がする。それでいいのかって思うところはあるけどね。

 だってボクの中身は男だから……せめてヨハンと仲良くなるのが先じゃないかって気がするんだけど、まあ楽しいならいいよね?






 アルマたちが調理を始める頃、食堂ではギルドの職員たちもまた、こっしょりと内緒話をしていた。

 彼らにも、彼らの事情があるのだ。


「ギルマスが無理を言ってダンジョンに連れて来た理由がわかりましたよ」

「まったくです。とはいえ、もう少し事情を説明して欲しかったですね」

「モンスターに襲われないか本気で心配しました」


 ギルド職員たちの不満を受けて、当のギルマスであるヴィルヘルムは笑って受け流した。


「許せ。説明もできんし、納得もできんだろうからな。実際に見たほうが早かっただろう?」

「たしかに、あれは自分で見ないと信じられませんね」

「まったくです」

「ええ、まさかダンジョンマスターが……」


 ――あんなに、かわいいとは。


 言葉にせずとも職員たちの思いは見事に一致していた。

 アルマの容姿は、変わった服装を差し引いても人目を引くほどに美しく、貴族令嬢どころか、どこかの国の王女だと紹介されても疑わないだろう。


 だが、それは口に出せない。

 なぜなら建前として、そしてギルド職員であれば、アルマが可愛いなんて話よりも先に、ダンジョンマスターが人間の味方をするという異常事態こそ重要視しなければならないのだ。

 職員たちは誰もが口ごもってアルマの容姿から意識を逸らす。


「えーと、しかしモンスターの素材が得られないのは残念でしたね」

「あれは本当のことを言っていたのか? もしかしたら……」

「その辺は疑う必要はない。基本的にダンジョンマスター殿は悪意もなければ、嘘を言わないと証明されているからな」


 これはギルドマスターとして何度も重ねて説明していたが、その根拠であるノーラとリーゼロッテについて伏せられているせいで、職員たちはどうしても不安を拭い切れないのだ。

 ヴィルヘルムとしても非常にもどかしい思いだったが、聖女と大賢者を敵に回しかねない不用意な発言は避けなければならないのである。


「まだダンジョンにはモンスターが一匹もいないし、万が一にもゲオルクたちがいる。なにより、あのダンジョンマスター殿が強そうに見えるか? 自分から楽しそうに水を配って回るような少女だぞ? そんなに心配するな」

「まあ……」

「たしかに……」


 明らかに弱い、儚さと可憐さを体現したようなアルマを思い起こし、職員たちも警戒心を解いていく。

 氷が入った水にも驚いたが、それ以上にダンジョンマスターが人間のために水を配るという事実に、職員たちは驚愕していた。

 それほどにダンジョンとは恐怖の象徴であり、それを統べるダンジョンマスターは怨敵として認識されていたのだ……今までは。

 あのアルマを目にすれば、そんな常識が崩れてもおかしくない。


 ただほんの少し、ダンジョンマスターが用意してくれるという食事や宿については、一抹の不安が残っていた。

 果たして、人間の感性に合うものなのだろうか……と。


「ギルマス、このダンジョンに人を残すそうですけど……」

「ああ、だがひとまずギルドにポーションや道具を持ち帰ってからだな。選別は慎重に行う。最低限、一定の権限を与えられる者が必要だからな」


 いざという時に、いちいちギルドから承認を得ているようでは間に合わない。

 そこで許可を得られるなら冒険者ギルド支部を設立して、ダンジョンでのギルド代行を担える人物を駐留させる算段であった。


 一方、職員たちは自分が選ばれませんようにと祈る。

 その理由は、もしゲテモノ料理が出たらどうしよう、という不安からだ。

 ……いや、それならそれで断ればいい話だが、しかし相手はアルマである。

 もし、可憐な少女が笑顔で手作り料理を出したなら、それを断れる冷血な人間が果たして存在するだろうか? いやいない。いてはいけない。

 それが一度だけならまだしも、今後もずっと続くとなれば拷問に等しい。

 故に、職員たちは苦悩していたのだ。


「……おや?」

「この匂いはどこから……」

「……ごくりっ」


 自然と誰かが喉を鳴らす。

 そして微かに漂う香りに、緊張から忘れていた空腹感に気付かされる。

 気付いてしまえば、もはや忘れることなど難しい。

 いつしか苦悩など忘れ、期待に胸が膨らんですらいた。

 やがて妙に長く感じられる時間が過ぎ、キッチンの扉が開かれる。


「お待たせしましたー」


 ワゴンに乗せた料理を運ぶのは、ニコニコと笑顔のアルマだ。

 その後ろからはノーラと、そしてリーゼロッテも同様に料理を運んでいる。


「あれ、ゲオルクさんたちはどこへ?」

「お、ちょうどいいタイミングだったようだな」

「勝手に着替えとか用意させて貰ったぜ」

「そっちを手伝えなくてごめんね」


 見計らったようにゲオルク、ユリウス、ヨハンの三名が食堂へ戻って来る。


「ただ用意したのは男連中の分だけだ。あとはお嬢ちゃんに任せていいか?」

「もちろんです! 助かります!」


 そんな会話をしつつ、アルマは人数分の料理をテーブルに並べ始めた。


「はい、どうぞー」

「あ、ありがとうございます……」

「どうぞー」

「あ、ああ、どうも……」

「どぞー」

「ええ、ありがとう……」


 なぜか楽しそうなアルマに戸惑いつつ、職員たちの視線は目の前に置かれた皿に釘付けだった。

 誰もが料理から漂う空腹を誘う香りに鼻孔を膨らませる。


「ダンジョンマスター殿、この料理はなんだろうか?」

「ええっとですね、これはビーフシチューと言います。たくさんお肉を煮込んだ料理ですね。あ、パンもたくさんありますから。どっちもおかわり自由ですよ!」


 簡単な説明のみで細かい内容は理解できなかったが、シチューと言えば少なくとも常識的な食べ物であることは疑いようもない。

 となれば、あとは食べてみればわかるだろう。

 恐る恐ると、しかし一種の確信を抱いてスプーンを口に運べば……。


「んんっ! うまいっ!?」

「そんなに騒ぐほど……これは凄い!」

「この柔らかい塊は、まさか肉なのか……?」

「野菜まで苦味がないどころか甘みがあるなんて」

「お前ら少しは静かに……なんだこりゃあぁ!?」


 つい三日ほど前にも繰り広げられた光景が、少し過激に再現されていた。

 そんな誰もが大喜びで食べている光景を目にして、まるで母が子に向けるような優しい微笑みを浮かべるアルマに、やがて職員たちは気付く。

 途端、そんな彼女を疑っていたのが恥ずかしくなり、まるで罪滅ぼしとでも言うかのように、ひたすら美味いと連呼しながらシチューを口に運び、誰ともなくおかわりを頼むのだった。


 一方で体験済みだった冒険者組は、ギルド組よりは多少なりとも余裕を持ってビーフシチューに口を付けつつ、その騒ぎっぷりを目にして苦笑する。

 自分たちも以前は、あんな感じだったのだろうかと。


 だが、これはダンジョンテーマパーク『ヴァルハラ』が持つ魔性の魅力、そのひとつに過ぎないことをギルド職員たちは知らない。

 何度もおかわりを重ねて胃袋が満たされた後、案内された浴場、肌ざわりのいい着替え、清潔なトイレ、ひとりでゆったりと使える清潔な個室とベッドなど。

 やがて理解した彼らは誰もが、静かに固く誓う。


 自分こそが、このダンジョンに留まるのだと。

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