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模倣の先に天意あり  作者: OTO
グリューン帝国の”傾国”
7/30

1-1 繋ぎ止められた命

 次に目が覚めるとどことも知れない天井を見上げていた。


「おはよう。元気?」

「……」

「起き抜けにカロンお嬢様を見た栄誉ある人間にいいことを教えてあげる。お嬢様が白いと言ったものは漆黒の甲虫すらも蚕のように白くなるの」


 何やら寝ている間に隣にいた少女。

 固まっている俺に首を傾げつつ手を振って更に呼びかけてくる。


「元気?」

「……」

「あら、駄目?」

「カロンお嬢様、この方はずっと寝たきりだったのです。久々に目覚めて混乱なさっているのでしょう」


 今まで見たことがないほど容姿が整った少女に思わず見惚れていた。

 聞き流していた言葉を思い返すと、身体の傷も思い出してしまったようで背中に激痛が走る。


「貴方死にそうだったのよ?というか、刺されなくても死にそうだったわ」

「確かに、栄養失調が酷い状態でしたな」

「あの……相当高貴なお方とお見受けします。お二人はいったい?」

「名前を聞くときは自分からって親から教わっていないのかしら?」


 重症で寝たきりになっていた人間が目覚めて早々に自己紹介し始めたらそれはそれで異常事態だと思うんですけど。

 うん、この女、見た目が良いだけで中身がアレだわ。すーっと意識がはっきりしてきた。


「カロンお嬢様、そういうのは今回はやめておきましょう」

「それもそうね?知っているし聞かなくてもいいか」

「いや、なんで聞いたし」

「私はカロン、こっちはニコラスというの」


 こっちの話を聞く気がないらしい。

 少女の背後には初老の執事が立っている。柔和な表情で一礼すると改めてニコラスですと名乗った。


「わたし、あなた、しにかけ、たすけた」

「なんで単語で区切るんですか?」

「どのくらい馬鹿か分からないから私の中の最低基準でいったわ」

「……」

「こちらを見ないでくださいませ。これがカロンお嬢様にとってはいつもどおりのご態度でございます」


 平時からどれだけ人を馬鹿にして過ごしているのか。


「私が死にかけのところを更に殺されかけたというのは知っているので、できれば助けていただいた経緯とかを教えて下さい」

「教えたら何でも言うことを聞いてくれるならいいわ」

「いちいちそういう言い回ししないと会話できないの?ねえ?」

「落ち着いてください。傷に障りますぞ」


 ニコラスさんはとりあえず常識人のようでよかったわ。


「私が貴方を助けた経緯は……そうね、通りかかったからよ」

「はい?」

「私も学院生なの。それでちょっと雨宿りしながら借り上げている宿に向かっていたら、血に沈む貴方がいて――」


 凄い饒舌に語る割に、明らかに貴族学院の制服と違う服装なんだけど……

 

「ちなみに貴方がなんかうわ言で糞とか言ってたから」

「カロンお嬢様」

「こほん『どんな人間にも排泄物は詰まっているものよ』と私が説いたら我が生涯心得たりみたいな表情で召されそうになっていたの。だけど目の前で死なれたらそれこそ困るから、瞼をこじ開けつつ顔をペチペチ叩いて魂を留めさせて、なんとか宿で治療魔法を掛けて頂いて一命をとりとめたわ」

「……」

「事実でございます」


 ニコラスさんが言うならこっちは間違いないのだろう……ほんとか?

 というかその発言から何を心得たの俺。

 何か走馬灯のようなものが頭をよぎった覚えはあるんだけど、それがもしかしたらその問答だったのかも知れない。


「現在の症状に関してはこれから毎日検診してくださっている先生が来るからその人から聞きなさい」


 カロンはそう言うと席を立って俺が目覚めた寝室?らしき場所から出ていった。

 ニコラスさん俺に一礼してそれに付き従う。


「なんだってんだよ……」


 俺はまた誰かに命を助けられたらしい。



「……ってシスターかよ」


 俺を検診していたのはシスターだったらしい。検診だと言っていたから医者だと思ったが、確かに回復魔法が仕えるシスターであればどんな傷でも問題ないだろう。


「……ほんとに目覚めたのかい?!」

「だからロビーでもそう言ったでしょうに?」

「あんたはその言動の一々が信用できないんだよ!」


 俺がまだ辿り着いていなかったカロンへの不信感を一言で表してくれた。

 流石、俺の親代わりだったシスターである。


「この人がこの街で一番の治療魔術の使い手だって言うのだけど知り合い?」

「俺の親代わりった人だ」

「それは驚いたわね。お医者様とホワイトヴェールの教会どちらにしようか迷ってこちらにしておいてよかったわ。親代わりだった方なら可愛い息子のために治療費もタダにしてもらえるかも」

「治療費はしっかり請求させてもらうつもりだったんだけどねえ……」


 俺は孤児院から独立した身だ。自分の医療費は自分で払わねばならない。


「いつもどおりうちのチビどもと同じように身内を治しただけだ。お代はいいさね……」


 余り褒められたことではないがシスターはそういう線引で回復魔法を行使することが多々あった。

 今回もそういうことにすると言ってくれたらしい。


「……すまん、シスター」

「ありがとうシスター・ケイト。助けた私からもお礼を言わせてもらうわ」

「ふん……あんたは気に入らないがね、どういたしまして」


 シスター、ことシスター・ケイト。

 彼女はこの街では貴族たちからの依頼を受けて回復魔法を使うこともある回復魔法の実力者だ。

 この街エメディオールは、貴族学院があることもあってセイラン聖王国の中でも王都に次いで大きい都市である。

 友好国からはホワイト聖教の司祭が派遣されてくるが、その一人がこのシスターなのだった。

 当然大都市に派遣されてくるという時点でそれなりに実力と地位のある人間なのだが、俺にとっては肝っ玉母さんな印象が強い。


 シスター・ケイトと言えば分かる人は分かるほどの有名人で自ら孤児院を経営する人徳者としても知られている。

 彼女を師匠と仰ぐサリィ以外は、俺を始めとしてそのような威厳を見せられたことがないため、単にシスターと呼んでいるが、もしかしたら適当なことを言っているように見えるカロンもそれを知っていて医師ではなく彼女を頼ったのかも知れない。


「少しだけ二人で話させてくれないかい?」

「ふぅん、まあいいでしょう」


 カロンは少しだけ考えたが、すぐに了承してニコラスと退席する。

 改めて俺はシスターと向き合った。


「この一ヶ月に二回も死にかけるとは何事だいッ!」


 ドアが閉まった瞬間にシスターは俺に怒鳴り散らした。


「そ、そう言われても、俺が主体的に死のうとしたわけではないですし……?」

「そうは分かっていても怒らずにはいられないんだよッ!」

「んな理不尽な」


 ……実際同じ立場で回復した翌日に血まみれになっている姿を見れば同じことを思うかも知れないな。


「よかった……よかったよ目覚めて……」

「無事だったのはシスターのお陰だろ?ホントに感謝してる」

「サリィはもういないから、あの子じゃないと助からない傷だったらどうしようかと、思ったんだよ!この子は全く心配を掛けてッ!」

「い、痛えって!」


 俺はその後も少しばかり説教を受けていたが、それは早々に切り上げられた。次の話題があったからだ。これこそ本題というような真剣な表情で語られ、話は移る。


「実はね、あたしゃ回復魔法は使っていないんだ」

「……えっ」


 回復魔法と治療魔法は言葉は似ているようで、少し違う。

 回復魔法はその習得や技術の詳細を含めてホワイトヴェール聖教国がすべてを管理している特別な魔法だ。そのいずれもが人体を正常な状態へと導く奇跡と言われている。


 治療魔法は言ってしまえば総称だ。人体の損傷や病気などの症状を緩和する魔法をあらゆる属性から集めてそれを一括にしている。治療魔術を使う人間が怪我を直すという魔法と言えば、水魔法で皮膚の水分を操っているのか、あるいは火魔法で代謝を活発にして癒やすのかもしれない。だが結果的に治療は為される。それが治療魔法だ。


 回復魔法は教会の所属でなければ使うことはできないが、全く別で発展してきた治療魔法は医者達も使う。下手すれば回復魔法よりも費用対効果のよい可能性もあるだろう。

 だから教会が聖王国に広く点在していても医者という職業はなくならない。


 閑話休題。

 ではなぜカロンは回復魔法が使えるシスターを呼んだのだろう。町医者で良いではないかという話になる。


「あたしは何度も回復魔法で直すと言った。しかしあの子はそれを認めなかった」


 シスターは治療魔法も使うことはあるが、やはり得意なのは回復魔法である。

 これで俺がもし死んだらと思うとシスターは回復魔法を使おうと試みたそうだ。

 だがそれをカロンは断固として、それこそ治療中はじっと様子を見張るように側にいたらしい。


「もし死んだら責任が取れるのかとあたしが言うと、あの子は――」


 シスターは少しばかり外を気にして言った。


「『帝国が誇る“傾国”の名に掛けて保証する』そう言ったんだよ」


 俺はその二つ名に聞き覚えがあった。


 というよりも知らない人間の方が少ないかも知れない。

 そしてようやくカロンの名前が俺の中で実像を結んだ。


 カロン・ノワール。

 いまや大陸で最も歴史あるセイラン聖王国に追いつかんという国力のグリューン帝国。

 彼の国が喧伝した、未だ蕾ながら至高の少女の名であった。


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