0-5 リアレスとノーマンの姉妹
その後、色々と疲れを感じたため一日くらいよいだろうとこの部屋に一泊することを決めた俺はリアレスに食料品や様々な物資の調達をお願いした。
それはリアレスに告げたように、すぐにこの街を離れて旅をする予定だからだ。
サリィの元に向かうのもあるが、体力を回復させなければならない。
この部屋にだって本当は一日寝泊まりするのも文句を言われかねないのだ。除籍処分の通告があると貴族学院は様々な機能を停止させる。
シスターのところに学院の使者が訪ねてきた時点でこの部屋はもう解約されているのである。解約金などの請求がないだけマシだと思うしかない。
補給に使ってもらうために隠しておいた壁貯金の一部を渡したのだが、リアレスには固辞されてしまった。
その日のうちにこの部屋で取る分の食事を持ってきてくれたときに翌日には用意ができるとのことで、また昼頃訪ねてくると言って授業に戻っていった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
リアレスの素の話し方は実家でのもので対外的な貴族令嬢としてのものは別にある。
「お二人とも、荷物を持っていただいてありがとうございました」
「は、はい……」
「重たかったぁ……」
リアレスの後ろから部屋に入ってくるのはシルドラ伯爵家と懇意にしている家の令嬢だろうか。
それにしては男が普通に旅をするのに必要な物資を持たせているが……。
「こちらは家として、私個人も懇意にしているノーマン男爵家の姉妹です」
「初めまして、エリカ・ノーマンと申します」
「アリア・ノーマンです」
「双子なのですが、一応エリカが長女ということになっております」
「リアレス様、名実ともにでございます」
一人は凛とした怜悧な表情が印象的な女子だ。彼女が長女のエリカ。
もうひとりは対照的におっとりとした雰囲気の女子。彼女がアリア。
「私はトーネット騎士爵家として三代限りの栄誉を賜っております、リール・トーネットと申す者です。元より下賤な身でございますのでどうぞお気を遣わずに」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
俺のことはリアレスから聞いていたのだろうが、俺の態度にやや驚いた様子である。
恐らく作法に感心してくれたのだと思うが、これは少しだけ自慢であった。
実はリアレスの家に入り浸ることも多かったこともあり、貴族としての教育は身分相応以上に受けているのだ。恐らく領地経営や政治の取引など本質的な部分以外の所作などは恥ずかしくないレベルだろうと思う。
「正直、初見の印象次第でこんな荷物を持ってこさせるなんてどうにかしてやろうと思っていましたが、思いの外まともで驚いています」
「普通にかっこいいですよね~」
「すみません。つい昨日まで寝込んでいたので体力が追いつかなくて。まさか男爵家の令嬢方に荷物持ちをしていただくとはつゆ知らず。どうぞ下ろしてくださいませ」
エリカはまだやや憮然とした表情ではあるがアリアの方はニコニコとしている。
確かに重い荷物を持ってこさせて申し訳ないと思った。
「いえ。どうせまたリアレス様の気まぐれなのだろうと思っていましたし」
「なんだかんだで素直に従って手配する辺りがお姉さまらしかったですわ」
「あら?あなたも最終的に手伝ってたでしょう?」
「あはは、そうなんですけどね」
やり取りの内容以外からもリアレスと二人の間にはしっかりとした信頼関係が見えた気がする。
話し方は口調から察することしかできないが彼女たちがリアレスの取り巻きとしての筆頭なのだろう。
「お二人とリアレス様は仲がよろしいのですね」
「小さい頃からそれなりに接してきましたから。ねえ、ふたりとも?」
「でも~、こんなに見目麗しい幼馴染の少年がいるなんて聞いていませんでしたよ?」
「あなた達がいないタイミングにリールには来てもらっていましたからね」
客が来ているから今日はどこには近づくなということは割とあった。
そういうときにリアレスは彼女たちと親交を深めてきたのかもしれない。
「お二人に頼み事があります」
「何でしょうか?」
「まさか、恋の応援です~?」
「いえ、私は貴族学院から除籍されてこの街も出ていく身です。分不相応ながら兄代わりとしてこの学院でリアレス様を支えることができればよかったのですが、それももう叶いません」
俺は二人に頭を下げていた。
「どうかリアレス様をこれからも支えていってくださいませ。特にアラート伯爵家と対立するような場面があればリアレス様に直接手を出してくる可能性もあります。そうなれば私は悔やんでも悔やみきれない。今もこの身でリアレス様を守れないことが悔しくて仕方がありません」
「リール、そばにいてくれるならボクは――」
「そばにいればもしかしたらが、確実になります。リアレス様の身を守る必要がないことが最も大切です」
俺の本心からの言葉にエリカとアリアは静かに黙考するが、すぐに口を開いた。
「言うまでもありません。家同士の関係では上下関係はあれど、リアレス様は大切な友人であなたと同じ幼馴染です」
「同じようにわたしたちに何かあればリアレス様は絶対に助けてくれます。だからわたしたちもリアレス様を守るんですよ」
「あなた達……」
普段は思っていても口に出さない言葉なのだろう。ノーマン家の二人はやや恥ずかしげに言う。
リアレスは少し感動したように声を震わせていた。
「よいお友達を持っているようで安心しました」
「ええ、でもあなたもその一人です。だからまた顔を見せに来てください」
「そうですね。考えておきます」
「……」
リアレスは直前までの笑顔を消して不満げな顔をした――がすぐに元に戻ってで俺の荷物の確認を始める。必要だと思っていた物資に加えてそれ以上のものを集めてくれた。
不要だと思ったものは置いていって構わないというが、俺よりもよく考えて選定してくれたのだろうし持っていって不都合なことはないだろう。重さの半分近くは食料品なので食べていけばすぐになくなる。
「さて、ではお見送りしましょう」
昨日のうちにフラフラしつつ世話になった学校の教師や正式な除籍処分の通告は受けてきた。生きていることに安堵してくれた先生たちは今までも俺のことを可愛がってくれた先生たちだけで、それ以外は完全に邪魔者扱いだったのがいっそ清々しいくらいであった。
あとはこの学院を出るだけである。
「あ、リールさん。肩に――」
「えっ――」
リアレスが触れてきた左肩を振り返った瞬間に頬に軽いキス。
「「……」」
「ぼ、ボクとリールとはこういう関係、だから……!」
こういう関係じゃねえよ。ていうか、どういう関係だよ。
恥ずかしそうにするならやらなきゃ良いのに……
「……見なかったことにしておきますわ」
「わぁー!いつから?いつからですか?」
エリカはともかくアリアは非常に興味津々なようだ。
あることないこと吹き込まれるんだろうなあと思いつつも、俺は一礼してその場を後にする。
「リールのこと待ってるからね。考える余裕とか言ってたけど、余裕は作るものだよ」
「はいはい」
俺は可愛らしいはずの笑顔が恐ろしくなってきたリアレスに見送られて貴族学院を出ていった。
「さて、行っちゃったね」
「いいんです?ラブラブなんですよね?羨ましいなあ」
「ラブラブだよ。でも昨日もイチャイチャしてチュッチュしたし、ま、まあ……?」
「あらあら~」
慣れてないのが丸わかりだけどそれがまた可愛いなあ、リアレス様。なんて思ったアリアだが余計なことは言わずにこれからもこのままでいてもらうことにした。
「リアレス様、恐縮ながら」
「……分かってるから言わなくていいよ」
「はっ」
伯爵家の令嬢であれば相応の家に嫁ぐことが求められる。
男爵家であっても少なくとも長女はそうだし、次女くらいまでは政略結婚が当たり前である。
叶わぬ恋だという忠言をしようとしたエリカをリアレスは制した。
「まあいいんだよ。リールはこれで」
リアレスは遠くの空を眺めつつ言う。
「多分、これがリールのためになるから。一旦は遠くに行っても、最後にリールを手に入れるのはボク」
リールが伯爵家の長女と婚姻関係になっても釣り合うほどの男になるという確信がリアレスにはあった。
「多分放っておいても大丈夫だけど、いざというときに近づけるようにしなきゃ。色々と手配を任せることもあるかも知れないけど、頼むよ」
「「はっ」」
リールはリアレスとほぼ同じレベルで貴族としての礼儀作法には通じているだろう。
だがリールにはない、貴族としての本物の勘がリアレスにはあった。
それが事実となるかはこれからのリールの身の振る舞い方次第である。
「ボクはボクのできることをするだけだ」