0-3 【天意】の価値
この世界には天から与えられた役目が人それぞれにあると言われている。
神がいるかなどという議論は絶えないが、それらの根拠、あるいは由来となっているのが天意というものだ。
人間の持つ才能を診断できる人間が世に現れ、それが真実のものであると認識されて、いつしか天意と名付けられた。
少なくともセイラン聖王国では天意の診断を幼い頃に行い、それに基づいて各々の教育が行われる。
希少で有用な天意には高度な教育と、成長の暁には相応の立場を。
平凡だが有用な天意には最初から専門的な職業で実践教育を。
だがその枠からはみ出した存在もいるのだ。
そのためには天意の診断について知る必要がある。
天意診断士――それがこの世界で人間を王にも奴隷にもする人間だ。
これは俺の偏見が乗っているのかもしれないが、概ね間違っていないと思う。
相手の嘘を判断する事ができる人間が立ち会うため、診断内容にこそ嘘はない。だがその診断内容次第で村人も貴族になる可能性があるし、貴族は平民以下の扱いを受けることもある。
後者の例はあまりに分かりやすい、つまり俺である。
彼らの具体的な診断内容は二つ。
一つにその天意の内容、つまりあなたは『剣技』に長けた人間になりますという話。
二つに能力型か、素質型か、あるいはそのどちらでもない、異能型かという話。
前者はわかりやすい。その道に進めという指標を示してくれている。
後者は非常に曖昧なもので、天意診断士の自己判断により分類される。
能力型は天意の内容が即座に現れるタイプを言う。剣を握ってわずかな期間でもその才能が完成形にほど近いところまで育つと言っているのだ。
素質型はその反対。努力すると人角の人物と呼ばれるまでに成長するだろうという大器晩成型だということを言っている。
異能型はそもそもそういう次元ではなく分類が不可能なもの。往々にしてこのタイプは天意の内容すら曖昧で判別が困難な人間が診断される事が多い。
もう十年以上前のことになるが、俺は実家に派遣されてきた天意診断士に素質型“模倣”の天意と診断された。
模倣という天意はこれまで能力型しか発見されていなかった。
そのためその天意診断士の判断で王都に出向いて他の天意診断士数名により再診断を受け、それでもやはり素質型という診断になった。俺は当時、獲得合戦が起きるほどの、いわゆる時の人にすらなった。
素質型は大器晩成型。つまり努力が必要でそのための環境が必要だ。貴重で希少なほどよりよい環境で教育を受ける必要がある。その環境を提供する代わりに将来はその貴族家に貢献する、両者が得をする取引であると言えばそれは間違いではない。
俺の父は当初、様々な貴族家のうちリアレスのシルドラ伯爵家の援助に前向きな姿勢を示した。しかし父は子供を使って甘い汁を吸おうとする愚か者だった。
各貴族家の人間を集めてこう言い放ったのだ。
『各家に一年ずつ預け、素質が開花したらその家に将来を預けることにする。預けている間の教育費の他にトーネット騎士爵家への援助を求める』
その援助額は上位の貴族達からすれば出せない額ではなかったが明らかに吹っかけた額である。貴族の底辺である騎士爵からの舐めきった発言に、各貴族家の交渉役から笑顔が消えた。
素質型の天意は一年程度で素質が開花するようなものではない。幼いうちから努力して十数年の後に才能が花開くものだ。そして素質型の天意がいつ花開くかは未知数だが、それを公表するタイミングなども本人次第。いわば各貴族家に競い合わせるように促すやり方でどこにするかの主導権はこっちが握る。上位貴族の言いなりにはならない。そんな対応は彼らのプライドを傷つけた。
最終的に各家によって共謀され、リールの実家であるトーネット騎士爵家は王都を実質追放された。俺は独学で天意のための努力をすることになってしまったのだ。トーネットの家族が身を寄せたのは最初に好意的でアタtシルドラ伯爵家の修める領地にある小さな村で、父が頼み込んで領主の代官としてその村を預けてもらうことになった。
その縁で村ではサリィに出会い、シルドラ伯爵家との交流で令嬢リアレスと知り合うことになる。
更にときが進み、それなりに成長してからは自ら学費を稼がないとならなくなった。お前は疫病神だと言う父をあてに出来なかったためである。そんな不都合を抱えてではあるが、貴族学院であらゆる勉学と修行に励むこととなり、一年先に入学した俺がリアレスと一年ぶりに再会したのが一ヶ月前のことである。
「勘弁してよ……せっかく一緒に通えると思っていたのに」
「めんごめんご」
「昔からいちいち軽いんだよな……」
「ご、ごめん。ほんとに」
リアレスに不満げに見つめられるがこればかりはどうしようもない。俺のせいでシルドラ伯爵家とアラート伯爵家の対立が学院に持ち込まれればリアレスの学院生活にも支障をきたすだろう。彼女のためにそれは避けるべきだと思っているし、今更彼女を頼って除籍をどうにかするというつもりはない。
「どうすんの?というか除籍なのになんで学院に来たわけ?」
「いや、俺の私物が置きっぱなしなんだよ」
「リールの部屋なら荒らされてまともなもの一つも残ってなかったけど?」
リアレスは当然俺が寮舎で療養しているものだと思って尋ねたらしい。しかし不在であったと知ってから、街を調査させた。
シスターの元にいると知ってからは安心して時折見舞いに着てくれていたらしい。
「やっぱり?俺の部屋ヤバいからな」
俺の部屋は元からヤリ部屋にされたり便所にされたりと貴族たちが様々な用途で使用される超下等サロンと化していた。俺が自殺未遂とされて学院を離れていることを知ればハマーの取り巻きやそれに便乗した輩に荒らされていてもおかしくないなと思っていたが実際そうだったらしい。
「でもまあ本当に大切なものは別に隠してあるんだ。それを取りにきた」
「なるほどね。じゃああとで取りに行こう」
話が纏まってもやはり除籍処分に怒り心頭のようだがどうしようもない。
「ところでサリィってどうなったんだ?聖女の認定を受けたっていうのは聞いたけど」
「……ボクにあの女のことを聞くの?……まあいいけど」
サリィは目撃者の証言で回復魔法が高いレベルで使えるということで聖女の仮の認定を受けた。
その正式な認定ために現在は回復魔法の技術統括元であるホワイトヴェール聖教国に向かったそうだ。そして帰国後はセイラン聖王国が各国との代理戦争のための人材を育成する学院に入学するらしい。
「代理者学院ってやつね」
「そう、この国だと王族とか侯爵家以上の人たちが通う学院だね」
「あいつも遠い人になったなあ」
「そうだね。ま、ボクはせいせいしたけど?…………何かなその目は」
「いや、なんでも」
俺の縁で知り合って言い合いも多かったサリィとリアレスだったが本心はどう思っているのだろうか。立場上偽りなく接することができる人間の少ないリアレスとしては寂しいのではないだろうか。ボクという一人称は俺とサリィ以外に使っているところを見たことがないし。
「除籍処分になっても家には帰らないの?」
「帰ると思うかあのクソ親父のところに」
「まあ正直思わないかな」
「とりあえず、この街は出ていくつもりだ」
俺の言葉は予想していたのだろう。
「……それはサリィに会いに行くため?」
「まあ、そうだな。一言、礼と詫びを入れないと気が済まない。そのあとは決めてないけどサリィのところに残るつもりはまったくない。それはそれでサリィの迷惑になりそうだ。あいつなら立場を考えずに俺を側近にするとか言い出しそうだし」
「……そっか」
リアレスの元に戻ってくる気もないという俺の言外の意思は伝わっただろうか。
この都市での俺は、世間的には自殺未遂で聖女サリィを覚醒させたという存在。いるだけで随分と厄介な人間になってしまった。
親のせいで、ハマーのせいで、俺がリアレスやサリィの近くにいれば迷惑なだけだ。
「まあいいよ。たまには顔見せにきてよ」
「ああ」
「……」
「……」
「……さて、じゃあ部屋に隠してあるものを取りに行こうか」
「そうだな」
リアレスは席を立つとさっさと歩いて部屋を出ていった。髪を直す仕草で目元を擦ったのには気づかないふりをしつつ、俺もそれに続いてサロンを後にした。