stationwagon
今では考えられないことかもしれないが、私の学生時代は部活動で学校に泊まるという事があった。まあ夏休み期間中の話で、一年に一回か多くても二回程度の事だ。それに強制でもなかった。極度に心配性な親をもった生徒(まあ、そんなのは私の地元には滅多にいなかったけど、でもこれも今はどうかわからない)は夜に迎えが来て車で帰って、あくる朝また車で来ていた。
んで、勿論うちはそういうのではなった。とはいえ何事も経験だという感じでも無かったけど。うるさいのが一日二日いなくなってラッキーくらいに思ってたのかも。
まあ、とにかく私はそういう経緯で学校に泊まるというのを経験したことがある。
一応男女で別れて二つ空き教室を借りた。当時学校が建て替えられたばかりで新しかったというのもそういう事が出来た要因かも知れない。また海の近くに建てられた学校だったが、そこから歩いて三分程度の距離に海水を使ったという温泉施設があったのも運が良かった。部活が終わったら皆でそこに行って風呂にも入った。晩飯は適当に近くのタカヤナギ、あ、今はグランマートになってるんだっけか?で、買ってさっさと済ませた。その後、それぞれの教室で大きい茣蓙を敷いてあとはそこで雑魚寝した。腹の上にバスタオルみたいなタオルケットをかけて寝た。夏という事もあり、あと子供という事もあり、部活動の疲れもあって、それでもまあよく寝れたものである。その時の経験が今もフローリングの上でも寝れるというのに生かされてるような気がしないでもない。
「おい、おい塩中、塩中俊」
深夜、不意に肩を揺すられて起こされた。
「うなあ」
完全に寝ていたので起きるまでに時間がかかった。とてもかかった。
「寝ぼけてんなって」
「・・・柘植?」
完全な睡眠の底に居た私の事を起こしたのは同級生の柘植勇一朗だった。こんな深夜になんだ?何考えてるの?ガラケーで時間を確認すると、深夜1:30過ぎ。
「ちょっと海に行ってみないか?」
「えー?」
「行こう。いいモノが見れるかもしらん」
海の近くに建てられている学校だ。少し歩けば何処から流れ着いたのかもわからないゴミがたくさんあるマリーナがある。柘植は深夜そこに行こうと言った。
「いいモノって何?」
他の数人は誰も起きていないようだった。死んだように眠っている。起きてるのは自分と柘植だけ。教師なんてもちろんその場にはいない。きっと宿直室かあるいは工業科棟の方で酒でも飲んで寝ているのだろう。
隣の教室には女子も寝ていたが、当然誰もが寝ていた。寝息も聞こえない。それほど皆が馬鹿みたいに部活動で疲れていた。
そんな時に海?
「行こう」
そうしてごねる私を引っ張り上げて立たせると、
「運が良ければ・・・ぐふ」
と、柘植はすごく卑下た顔で笑った。
海までは学校からの裏道を通るとなお早い。もちろん田舎だから外灯の類はないし、獣道のようなところを通ることになるから危険はないわけではなかったが、まあ、一言でいえばそういうのには慣れていた。
学校を出て五分も歩いたらもう砂浜に出た。
夜の海は暗く真っ暗だった。しかし星が出ていて何も見えないという訳ではない。
「何があるんですか?」
ざしざしと砂を踏む感触が心地よかった。昼間と違って砂も涼しい。
「あっちだ」
柘植はそう言うとマリーナのすぐ近くにある駐車場に向かって行った。そこには車が一台停まっていた。
「あれが何?」
「ステーションワゴン」
車の車種には詳しくない。でもそういう事を聞きたいわけじゃない。しかし柘植は構わずずんずんと進んでいく。やがて、そのステーションワゴンまであと20mという距離まで行くと、
「お楽しみが始まるぞ」
と柘植がこちらを振り向いて言った。それから二人してその場にしゃがんで事の成り行きを見守ることになった。見つかった大変だから。柘植の指示だ。
「・・・」
見ているとステーションワゴンの室内灯が消えた。
そしてそれから少しすると、ステーションワゴンの車体が小刻みに揺れ始めて・・・。
「・・・」
やがてその揺れは大きくなった。
ぷぁんぷぁんと時折小刻みにクラクションが鳴った。
「だずげえ!」
声が聞こえた。
男の声。口に何かを突っ込まれているような、苦しそうな苦悶の声。
「普通ああいうのって女の人が言うんじゃないの?」
いや、わからないけどさ。
「なんかおかしいぞ」
柘植のそのリアクションで、これは柘植が望んだお楽しみじゃないんだとわかった。
それからすぐに人間の上半身が後部座席の窓に叩きつけられてガラスが割れ大きな音がした。
窓から出てきた男の上半身は赤く染まっていた。すでに人の形も危うい。腐ったトマトのようにぐずぐずになってる。
「だずげぇ!」
そしてそこから逃げ出そうとする体を内部から奇妙な、軟体動物のような赤黒い肉塊がつかんで車内に引き戻した。
その時、その肉塊についていた目と、目があった。確実に。見られた。
すると次の瞬間には肉塊が車、ステーションワゴンいっぱいに膨張してありとあらゆる穴から触手を生やした生物のようになって、邪悪な命を与えられた機械のようになって、猛スピードで海に向かって走って行った。そしてそのまま海に潜り、もう何事も無かったみたいになった。
「・・・」
呆然と隣を見ると、柘植は倒れて失神していた。
その後はもう部活もやめて学校を卒業したら関東に出たのでわからない。今は埼玉に住んでる。海がないから。
今でも海を見みると、あれの事を思い出す。
それからステーションワゴンを見てもちょっとそういう事を考えてしまって、心臓がきゅってなる。