第3話:儀式
満月の美しい夜。
海の神殿の奥にある、水晶でできた祭壇。重要な儀式の時にしか使われない神聖なドームでは、リティアの儀式が執り行われていた。ドームの高窓から、月の光が金の帯となって入り込んでいる。
祭壇をはさんで、海の女神マリアリーナとリティアが対面している。
リティアはその祭壇の前で祈るように目をつむり、指を組んでいる。マリアリーナは海への賛辞と加護の言葉を述べながら、リティアの額に手をかざしている。
その手には瑠璃色の大きな雫型のペンダント。
それが、リティアの額の前につるされて、淡く光を放つ。
「我が娘リティアが、オケアニスとして十分に成長したことを認めたまえ。」
言葉が終わると同時に、つるされたペンダントの宝石からオーロラのような神秘的な光があふれ出す。ドーム内の海の水が、その光で満たされていく。
「海が、喜んでいる。 このように海の水が輝くのは久々だこと。」
優しい微笑みを浮かべて、マリアリーナはそっとリティアに向き直る。
「さぁ、目をお開けなさい。儀式は無事に終わり、そなたは海に認められたわ。」
リティアは、おそるおそる目を開ける。
海の水が、今まで見たことがない輝きをもって揺らいでいる。まるで、様々な色の光の粉をまぶしたかのようだ。
「わぁぁ・・・すごい、今まで見たことない。」
くすくすと女神は笑う。
「そして、これが海からそなたへの贈り物よ。」
女神が差し出した手には、大粒の真珠のペンダント。
その真珠はとても立派で、真珠の表面には様々な色の光が流れては消え、現れる。
光の波紋のように広がっては消えていく、なんとも神秘的なものだった。
「すごい・・・。今まで見てきた真珠の中で、一番立派だわ。」
リティアはその真珠に吸い込まれるように見入っている。
「海の精は、こうして海に認められた証として贈り物をもらうの。一人一人、その物に合うものを贈られるのだけれど・・・真珠が贈られるのは限られたものだけ。」
リティアはふと、今までに習ったことを思い浮かべた。
「・・・『真珠は海の至高の宝。それを持つものは、海に選ばれし高貴なる身なり。』
確か、真珠は・・・お母様のような女神様といった位の高い方でないと身につけることは出来ないものです。」
「そこまでわかっているのなら、貴女にもわかるでしょう。
・・・そなたは、海の愛娘。私についで力のある存在なのです。いずれ、わかるでしょう。」
マリアリーナは悲しげな表情を浮かべて、リティアに向き直ると、そのペンダントをリティアにそっとつけた。
「この真珠は、あなたと海の絆を結ぶとても大切なものです。決して、なくしたり誰かに渡したりしてはいけませんよ。いいですね。」
「・・・はい、お母様。」
娘のはっきりとした返事を聞いて、女神はふと笑みをこぼす。
そして、リティアの頬にそっと触れた。
「貴女も、大きくなったわね。まだ、イルカの子くらいだったのが最近のことのようよ。
・・・さて、楽しい宴が待っているわ。思いっきり、楽しみましょう♪」
茶目っけたっぷりにウィンクをするマリアリーナ。
「お母様は、本当にパーティーがお好きなのね。私は・・・好きだけど、ちょっと苦手。」
「パーティーは、大勢で集まってお話したりして楽しむのがいいのよ。貴女も、そろそろ慣れていかないといけないわ。」
ドームを抜け、神殿の大広間へと続く回廊を渡っていく。
大広間の入り口には、いくつものサンゴや貝で作られた大きな扉が閉ざされている。
わきには門兵が矛を手に守っている。
「マリアリーナ様、リティア様、まもなくご入場です。」
門兵達が扉を開く。広間内の明かりが回廊にパッと広がっていく。
*
「ふぅ・・・ようやく、抜け出せたわ。」
大広間からバルコニーへとたどり着き、溜息をつく。
親族や遠方から来た方々にお披露目をし、友人たちと話に花を咲かせ、オーケストラが演奏する曲に合わせてオケアニスたちのワルツが始まる。
主役ゆえ、最初に一通り舞い、後に皆が舞う。誘われたが、休憩のために断ってなんとか出てきたのだ。
「もう、へとへとだわ。・・・地上へ行くのは、明日になりそうね。」
海に降り注ぐ月の光。
海と月は関係が深い。
それは潮の満ち引きに関係しているのもあるが、何よりもオケアニスの力にも影響がある。
新月の夜は、一番力が弱くなり、一番力を使う変身は出来ない。
だから、オケアニスたちは新月の日には地上へ上がることはできない。
それは、海との約束。
女神マリアリーナをも縛る自然の決まりごとである。
「今日は、もう、休みましょう。・・・疲れてしまったわ。」
ふらりと大広間を抜け、自室へと続く回廊を渡る。
その途中で、女神マリアリーナが月の光を浴びながら立っていた。
長い、マリンブルーの髪がゆらゆらとなびく。
美しい顔は海の遥か彼方を見ているようで、とても切ない表情を浮かべていた。
「・・・お母様?」
そっと呼びかける。
「今日は、疲れたでしょう。休みにいくのですね。」
労わる優しい声。
向き直り、リティアに優しい微笑みを向ける。しかし・・・その表情はどこか、寂しげだった。
「はい。・・・お母様、どうなさったのですか?
お父様のことをお考えでしたの・・・?」
「・・・そうね、そんなところかしらね。」
そっと腕を差し伸べて、マリアリーナはリティアをそっと抱きしめる。
「とても会いたいけれど・・・会えないの。私は、海を統べる女神。
そう簡単に、自分の持ち場を離れることは許されないから。 私は、あの人と出会えたから貴
女を生むことができたの。 それだけで、幸せだった。」
「・・・お母様。」
「貴女も、次期に恋をするわ。・・・そうしたら、わかるでしょうね。
さぁ、もうお休み。 明日は地上へ、行くのでしょう?」
リティアはドキリとするが、女神は悲しげな顔から一変してくすくすと笑いを浮かべる。
「お見通しよ。だって、ずっと前から地上へ行きたいと駄々をこねていたんですもの。
ただ、一番最初に行って欲しいところがあるの。・・・それは、これが教えてくれるわ。」
そう言って、リティアのペンダントを指す。
「ごめんなさい。満月の夜は、どうしてもあの人のことを思い出してしまって・・・。
さぁ、おやすみなさい。・・・愛しい私の娘。」
女神はリティアの額にそっと唇をつけて、再び大広間へと去って行った。
オケアニスとはギリシャ・ローマの神話に登場する海のニンフのことです。(ニンフとは妖精のこと)
マーメイドではひねりがないので、オケアニスとしました。
読んでくださってありがとうございます。
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