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おもいかなわず  作者: にっちも
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たださくばかり





彼が何を考えているのかちっともわからない。


私を連れて出かけるつもりがあるのも初めて知ったのだ。というかどうして私を連れ出そうとするのだろうか。

うんうんと考え込んだけれど全く結論は出ず、結局不安な気持ちのまま眠りについた。


生活の癖とは恐ろしいもので、寝過ごすことが出来たり急に具合が悪くなったりできたらもう少し気楽にこの一日が過ぎたかもしれないけれど、私が真面目なのか丈夫なのか、いつも通りの時間に目が覚め、いつも通りの準備をし、いつも通りにキッチンに立っていた。


というか、外行きの洋服が一つで大変助かった。悩まなくて済んだのだから。


彼のための朝食を作りながら、ぼうっと手を動かす。パンは薄く切ってほんのり焼く、卵は柔らかく、薫製肉は少し焦がして。野菜の酢漬けをつけ合わせて、それと温野菜も。バターの用意もしたし、出来合いのお茶も温めた。スープの用意もしたし、いつも通りに手が動いてはテーブルが整っていく。


花瓶には鮮やかな花が生けてある。良い物なのだろう、彼が持ち帰る花は長く保った。







準備が終わり、いつも次男が朝食に降りてくる時間になっても彼は降りてこなかった。


何かあったのだろうか。時間が進むにつれてだんだんと不安になってくる。


もしかして、寝過ごしている?いやまさか、生粋の上流貴族の育ちである彼は朝はいつも同じ時間に降りてきて食事をとり出かけているのだから、その彼に限って、しかも今日に限ってそんなことはないだろう。

だとしたら、具合でも悪いのだろうか。様子を見に行こうか否か、いやでもそんな気に触るかもしれないし…。


ぐだぐだと考えていると、次男ががちゃりとドアを開いた。

そわそわと部屋の中を歩き回っていたから思わず見返ってしまい、驚いたような顔の次男と目が合った。


「おはようございます。」


ぺこりと頭を下げて、今パンをあたため直します、とキッチンに向いて一歩踏み出したら、彼が小さく「…遅くなった。」と言った。

確かに言った。

確かに、聞こえた。


何と答えたら良いのだろう。いつも通りじゃないと、どうすればいいのかわからなくなってしまう。


「い、え……」


ごくんと息を飲み込んでそれきり何と続ければ良いかわからなくなってしまった。頭はもう真っ白だ。手足が固まってしまったように動かない。次男に向き直って顔を合わせることも、できない。

朝に似合わない妙な白けた空気の時間が出来てしまう。何も考えつかないまま、進むことも出来ずに私はそこで立ち止まってしまった。


かまどの火が爆ぜるパチンという音がここまで響いてきて、やっと金縛りからとけたように足が動くようになった。


「あの、すぐ、お持ちしますので…おかけください。」


あああ、もっと何か気遣いのある言葉があったはずなのにと頭を抱えたくなりながらキッチンへと向かって早足で進む。

次男はそれに何も返さなかった。

椅子を引いて腰掛ける音が後ろから聞こえた。


もう、どうすれば良いのだろう!


昨日からこの言葉を何度思い浮かべたことだろう。

私は動揺しすぎだ、そうわかっていても胸の奥がそわそわどきどきして痛い。

今日一日、一体どうなることやら!






次男は食事を終わらせ、私はその後片付けを。ここはいつも通りに何の会話も無く済んでホッとした。

きっかり時間通りに玄関前にやってきた次男に上着と帽子を渡し、私も外套のボタンを留めた。


「行くぞ。」


そう言って歩き出した次男の後ろ、鍵を閉めようとしても手元が震えて上手くかからない。

何度も鍵穴に差しては抜きを繰り返していると、後ろから次男が声をかける。


「何か問題があったのか?」

「!いえ、すぐに行きます。」


そう言って振り返れば、思ったよりも近い所に次男が立っていて驚いてしまった。

思わず息を飲めば、次男は一歩後ろに下がり、一体どうなったのかわからないけど多分驚いた弾みで鍵が上手く閉まったらしい。

それを見届けた次男は踵を返してスタスタと歩いていく。それに慌てて着いていって馬車のステップに足をかけた。


私に手を差し伸べた御者は、私が手を伸ばす前にスッと手を引いた。

意味が分からず戸惑いながらも馬車に乗り込む。入り口のドアに手をかけると次男は丁度腰を下ろす所だったのか半分腰を浮かせていた。


目も合わないその人の斜め向かいに腰掛ける。

いつぞやのパーティーの日と同じ座り方だった。










そう言えば、今日は何を目的に街に行くのだろう。

馬車に揺られながらハタと気付く。


次男と一緒に出かけるということ自体が自分の中で大事件だったから、その先を考えていなかった。

街に行くということは、そして私を連れて行くということは。


そこまで考えて、頭を抱えたくなった。

何か用がある訳ではなく、私の機嫌取りなのだ。

私がもう勝手に出て行かないように。勝手に出かけられては困るから。ガス抜きのつもりなのだ。


今更、信用とか、あるわけないか。


揺れる馬車の中で布越しに窓の外に目を向ける。


私は確かに王都の街を見たいと思っていたけれど、別に逃げ出したいと思っている訳ではないのだ。出かける自由が無いのは残念に思っているけれど、それが私に許されるものでないとはわかっているし。この人の家の財力なら私が思いつく限りの贅沢をしても多分大丈夫だけれど、そんなことをしたい訳でもないし。

何がしたいんだろう。

あの屋敷で一人でいたら、何をしたいか考えつかなくなってしまった。

考えるのはいつのまにか、目の前で座るこの人のことばかり。


今更、何を期待したっていっそう胸が痛むだけ。


役割をきちんとこなすことだけが望まれているのだから、その通りに動かなければ。

きちんと次男の後ろに控えて、離れないようにしていよう。

逃げ出すつもりなんて無いって少しでも思ってもらえるように。




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