王都
初めて訪れる王都の街並は賑やかで、故郷の市場とはまた違った活気に溢れていた。
初めて見るものだらけの場所はきらきらと輝いていて、新鮮で、こんなに素敵なものが近くにあって数ヶ月の間も知らなかったままだと思うと本当に惜しい。
「お姉さん、いかが?」
恰幅のいいおばさんが自分の店の商品を指差す。
「なあに、それ?」
「あれ、あんた知らないの!もしかして地方から出て来たばかり?」
エプロンの裾で手を拭きながら、彼女はその丸いパンみたいな物にナイフをいれて、少し切った。
「これはね、うちの名物!王都でも有名なお菓子だよ。」
ほら、試食。
そう言って手渡されたのは、小麦色をしたクッキー生地のようなものに粉砂糖がまぶしてあるお菓子のようだった。
固いパンみたいな食べ応えのある生地。噛むと、中に入っているナッツの味がふんわり口の中に広がる。
「どう?」
「美味しい。知らなかった、こんなに美味しいお菓子があったのね。」
「そうよ!お土産にもいいんだから!」
「素敵。でも、ごめんなさい。今は持ち合わせが無いの。」
「じゃあまたおいで!」
「ありがとう。」
人の良さそうに笑うおばさんに手を振って、そのお店から離れる。
持ち合わせが無いのは本当のことだった。
そもそも王都に来てこのかた、お金を触る機会はゼロだ。
私に与えられる訳も無いし、今自分が持っている財産と呼べるもの(支給された品除く)といえば故郷を出る前下着の中に隠した僅かなお金だけだった。
そりゃあ支給された服を売り払えば大分お金になると思うけど、恐ろしいことに嫁いだ先の家紋が入った特注品だそうだ。布から仕立てから全てオーダーメイドで、ということはつまりどこの誰が作らせた物かすぐにわかるということ。
そんなものを質に持ち込んだら盗賊に入られたかくすねられたかということになり、貴族の面子的に大変なことになるから絶対に一瞬でバレて通報される。もし上手く売り払えてもすぐ面が割れる上に何が何でも追われ、自分も実家もどうなるかわかったもんじゃない。
そんなことはできもしないだろう。家族に迷惑はかけられない。
美味しそうな匂いにつられて食べ物の屋台の並びに入る。
道の両端に並ぶ店の料理に目移りしながらそぞろ歩いた。
見るだけ、見るだけと自分に言い聞かせながら口の中に分泌される唾液を無視しようと努力してみる。それにしたって興味がそそられてしまうのだけれど。
やっぱり初めて見る物の方が多い。故郷で見慣れた料理は地方の物だったんだなあと一人頷いた。
賑やかな街中で一人踵を返す。
早足で歩いてきたが、街の中央までは行けない。王都の中心街は広いなあ。
アーケードを見上げながら、ほとんど駆け足で来た道を通り抜けていく。
本当はもっとゆっくり見て回りたいなあ。まあ抜け出すことが出来るんだったら、また来ればいいか。
街に戻りたがる気持ちをそう抑えて、走ると風を受けて飛びそうになる帽子を両手で握りながら足を進める。
少しでも外に出れて、すこし気分が晴れた。
新鮮な気持ちを久しぶりに感じて、心が浮かれる。私は外に出て歩くのがやっぱり好きなのだ。
王都の端の次男の屋敷まで、後少し。
大きな門が目に入る、
その下に、待ち焦がれた背中が見えた。