重要なことは、疑問を止めないことである。探究心は、それ自身に存在の意味を持っている。2
「俺の母ちゃん、ぺちゃぱいなんだ」
ピッ。ピッ。
『俺の母ちゃん、ぺちゃぱいなんだ』
「次の三者面談で、この録音をおもむろに再生しよっと」
「今すぐその手に持つボイスレコーダーを寄越せえええええっ!!」
「相沢くんは、お母さんのオッパイが小さいから、おっきいオッパイに『母性』を感じる様になったの?」
「それは、直接の原因に――このっ! なりはしない、かもしれないけれどっ!」
「ほーらこっちだこっちだ、アッハッハ」
「少なくとも影響は受けてるとは思うっ! テメッ、寄越せって言ってんだ!」
杉崎の手に持たれているボイスレコーダーを奪おうとしつつ、俺は中村の質問に答える。
「ふんっ! さっきの例え話に戻るけど、このっ! 人は自分が持ってない、ちっ! 部分に惹かれる性質があるから、っとぅ! 小さい頃から接してきた人間とっ! 異なる部分に、強く心惹かれると思うんだ――よっしゃあああっ!!」
取っ組み合いの末、俺は杉崎からボイスレコーダーを奪う事に成功! すぐさま全消去を押して、この世の記録から抹消する。ナイス俺、さすが俺!
「まあ、スマホでも録音済みだが」
「じゃあそのスマホも寄越せぇッ!!」
「既に私のパソコンに送信済みだゾ」
「ちっ――くしょおおおおっ!!」
永遠に来ないで三者面談っ!!
「……それとは逆に、触れ過ぎてるが為に、興奮材料として外す事が出来ない物もあると思う」
まぶたに涙を溜めながらも、オレは語る事を止めはしなかった。
「例えば?」
「そうだなぁ……例えば杉崎が初めて性的興奮を覚えたのは、何だったか覚えているか?」
「かつて同級生男子が私の頭を殴った時の事だ」
「うん、初めての性的興奮でドエムになった原因に触れるとはまさか思ってなかったけど……大抵の男子って『初めて見たエロ本の内容』って忘れられないと思うんだ。初めて性的興奮を覚えたものって、それが刷り込みに近い衝撃を持って、一生ソイツに付き纏うもんだと思ってる。少なくとも今の俺はそうだな」
「相沢くんが初めて見たエッチな本ってどんな内容だったの?」
「親父が持ってた熟女物だった……」
「ちなみにその本はまだ、机の引き出しの二番目に隠してあるな?」
「お前がなぜそれを知っている!?」
「この間行われた授業参観の時に、お前の父君から聞いたぞ。『息子が俺のお気に入りを返してくれないから、それとなく言ってくれないか』とな」
「それとなくねーじゃんっ! ていうか親父は息子の担任に何てお願いしてんだよ!?」
聞きたくなかった親父の情けなさすぎる姿!
いつも仕事を頑張ってる親父が、ただのエロ本大好き人間にしか見えなくなってきた!
「まとめるとさ」
「あ、うん」
「相沢くんがおっきなオッパイを好きになった理由って――『お母さんのオッパイが小っちゃい上に、おっきなオッパイがいっぱいのエッチな本を見た思い出が消せないから』なのかな」
「あー……そう、かもなぁ」
小学一年生の頃、親父の部屋にある本棚から見つけたエロ本を、盗むように自室へと持っていった事を思い出す。
あれ以来確かに【オッパイ】ってもんに惹かれるようになったと思う。
「じゃあ言っちゃえば、ちっちゃいオッパイが好きな男の子は、子供の頃からおっきなオッパイを見過ぎちゃって、その上でちっちゃいオッパイを見たから、小さなオッパイに性的な興味を覚えたって理由が考えられるんだね」
「そうだな、そう言う経緯を経た奴は居ると思うぞ」
もちろんこれは俺の実体験を元にした、ある意味で【参考】なのだ。だから全ての者に当てはまるわけではあるまい。
「うーん」
「どうした中村」
顎に手を当て、何か考えている様子だった中村に、杉崎が問いかけた。
「えっとね。私、同級生の中では、バストサイズおっきい方だなぁとは思ってるの」
「そ、そうかも、しれんな」
適当にあしらうような口調で誤魔化しながら、しかし視線はちらちらと中村の胸元に。
――いやしかしホントにデケェ。今まで意識はしてなかったけど、そう聞かされてしまっては、見ないようにするなど難しい。
「聞きたいんだけど、相沢くん」
「な、何だよ」
「私のオッパイで、どんなエッチな事考える?」
――私のオッパイで、どんなエッチな事考える?――
脳が震える。指先も震える。顔も真っ赤になって、ただ視線は中村の胸元に。
早くなる鼓動。息は荒くなって、まともに座っている事も難しくなってきて、オレは視線をすぐに杉崎へと向けたが――その先にあるものも、また……オッパイ。
「ねぇ、教えて。相沢くん」
「中村」
「はい、先生」
「そう言う時は、下の名前で呼んでやるべきだ」
杉崎の、まるで諭すような言葉に。
中村は、コクンと頷いた上で、再び、口を開いた。
「教えて、欲しいな――武くん」
その言葉に。
オレは、まぶたに涙を浮かべつつ、微かな喉の震えと共に、言い放った。
「……抱き付いて、みたい……」
小さく言ったオレの言葉に。
中村は、ニッコリと笑みを浮かべながら立ち上がって、オレの前に立ち。
両腕で、オレの身体を抱き寄せ――顔面を、その胸元に押し付けた。
「あはっ。これで叶ったね、エッチな願い事」
恥心も無く、また嫌みったらしさも無く。
中村は、オレの頭を撫でながら、そう言い放った。
柔らかく、そして温かな胸の感触に。
オレは、強い性欲を高めていた。
――ほうら見ろ。
――男がオッパイに欲情するのは、遺伝子レベルで刻まれた、運命であろう。
ついでに言うと。
……俺は今の衝撃によって、中村の事を、好きになってしまった、かもしれない。