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空を飛ぶ事を可能にしたのは、空を飛ぶ夢である。

「『空を飛ぶ事を可能にしたのは、空を飛ぶ夢である』」


 本日も国語の授業が始まった。


俺は本日の一時限目に出た社会のプリントをやりながら、国語教師であり担任である杉崎有果から放たれた言葉を一応聞きながらも、頭を抱えた。


いやしかし、何で江戸時代の事なんか勉強しなけりゃいけないんだろう。この江戸時代の人たちがどういう生き方してようが別に俺たちに関係なくないか?


「これはイギリスの哲学者であるカール・ライムント・ポパーの格言である。所謂知識の元は夢であると言う論こそ、私は若者に必要である事だと思う」


「別に夢を持たなくても知識は得られるだろ」


「ほう。ではお前が今、江戸時代の人たちがどういう生活していようが俺には関係ないと思っていた事をどう説明する」


「なぜ俺の心を読めた!?」


「顔見れば一目瞭然だ。お前は必要ない事と思ってそれを蔑ろにしているが、


 例えば『私は江戸時代の人達がどういう生活していたか赤裸々にしてやるぜえっへっへ』と言う夢を持てば、その為の知識を得る勉学も苦では無い、と言う事だ」


 ううむ……。悔しくはあるが、確かに正論である。


 例え日常生活に必要が無い知識でも、自身が目指す先にその知識が必要であれば、確かに勉学に励む理由となり得る。人は意味の無い努力を嫌うものだ。


「この格言は何事にも置き換える事が出来る。例えば『フグを食する事を可能にしたのは、フグを食する夢である』等だな」


「何だよそれ」


「フグは有毒だがそれを高級食材にまで発展できた理由は、それを食せるようにするという人の夢が産んだ結果なのだよ」


 ああそうか。確かに予め有毒であると知っている人がフグを食おうとするならば、それ相応の理由や夢があっての事だろう。普通は毒があるものを努力して食えるようにしようだなんて思うまい。


「しかしカール・ライムント・ポパーは本当にエロイことを考えるお人だ。思想家とは何故にこうもエロい人ばかりなのだろう」


「え、今の格言もエロになんの?」


「なるだろう。何せ彼は『僕の快感が空を飛ぶ事を可能にしたのは、空を飛ぶ夢を見ながら自慰をしたからである』と述べているのだぞ」


 本当に今日もコイツは絶好調である。普通に格言を語り普通に子供たちに夢を与えるだけでは気が済まないのだろうか。


「相沢。お前も今日の自慰はこれで決まりだな。空を飛ぶ事を考えながらやってみろ」


「お前さ、授業中に自慰とか言うなよ。俺らが多感な中学生って事を忘れてねぇか?」


「では中村。自慰とは何か説明してみろ」


 不意に俺から、俺の前に座る中村亜里沙に問いかけると、彼女はキョトンとした表情を浮かべながら答えた。


「えーっと、辞意、ですか? 何かを辞めるという意思を伝える事、ですよね?」


「お前が多感過ぎると言う事だな相沢」


「中村に聞くのは卑怯だろ!?」


 コイツのピュアさ加減は、杉崎も良く知ってる筈なのに!


「分かった分かった。では相沢、お前がこの格言を、多感な中学生が言うようなエロワードに置き換えて見せろ。それが出来ればお前の事をそこそこに多感な中学生と認めてやろうこのエロガキめ」


「お前今暴言吐いたろ!? 俺グレるぞ!?」


「早くしろエロガキ。私も暇じゃないんだ」


「暇じゃないならちゃんと授業しろよこの淫乱教師!」


「おおう……淫乱教師と蔑まれるのも、何かこう……気持ちいいものを感じるな……っ」


「変態っ! ど変態っ!! 変態教師っ!!」


「あっはっはっ。そんなに私を蔑んでも快感なだけだぞ。さ、早く言えこのエロガキ」


 ダメだ、どれだけ罵声を浴びせてもコイツは気持ちよくなる一方だ。


 このまま蔑んで杉崎の評価を落とすことは可能かもしれないが、今周りに居る奴らが持つ杉崎の評価を下落させる事はおそらく不可能だ。


 何せ今の段階で彼女への評価は地面にめり込んでて探し出すのスゲー大変なレベルと言っても過言では無いからだ。


「……わーったよ、くそっ」


 諦めて、考える事とする。


シャーペンを机の上に。社会のプリントは裏返す。そして手は胸に。


深呼吸をして――目を閉じる。



――空を飛ぶ事を可能にしたのは、空を飛ぶ夢である――



何ともこれだけを与えられてエロワードに変えて見せろ、と言うのは無茶な注文だと思う。


何せ『どこ』をエロワードへ変えろと言う指定が無いのだ。


 テストの穴埋め問題で穴を埋める所が分からないのに正解を導き出せと言われているような気がしてならない。


だがそれを嘆いていても仕方がない。一つ一つの言葉を噛み締める事としよう。


 ――ここで重要な言葉は『可能』と言う言葉である。


ここが『不可能』と言う言葉に置き換えられては全く正反対な結論が湧き出てくるわけで、所謂この言葉が周りに影響を与える言葉である事は言うまでも無い。こう言う言葉を何と言うんだったか。だが今はそれを勉強する時間では無い。……あれ、国語の授業中だよな、今。


次は『空』や『飛ぶ』と言う言葉だ。これはそのカール・なんたらって思想家が出した、ある意味例えの言葉だ。


 これを確かに『フグ』、『食べる』などの言葉に置き換えても違和感はない。後に続く『夢』と言う単語が人間の抱く『思想』を物語っているのだから。


であるからこそ、この『夢』と言う単語が別の言葉に変われば、意味合いが変わってくる。この格言で無くとも口にする事が可能になると言う事だ。


 それを考えれば、先ほどの杉崎が述べた『自慰をしたから』は少しだけこの文面から脱している。彼女のような答えはノーだろう。


――では、変えるべき場所はどこか。


答えは簡単。『空』と『飛ぶ』である。


 この二つの文字を置き換え、そこそこ多感な中学生が口にしても違和感のないエロワードなど、限られている事だろう。


中学生が性知識を得る事の出来る場所。


 保健体育の教科書。


 親父や兄貴のエロ本。


 フィルタリングサービスのかかってるスマホやパソコンでかろうじて見ることのできたエロ画像。


 他人から貰った下ネタ話。


こう言った場所から得る事の出来る、中学生男子が興味を示す一番のエロワードは――


はぁ、と溜息をつきながら。


俺は杉崎へと視線を向ける。


「思いついたか」


「ん……まぁ」


「ふふ、恥ずかしかろう。私は幼い男子がエロイ事を考えて顔を赤面させるその表情が一番好きなのだ」


「お前絶対ロクな死に方しねぇからな」


「いいから発表しろ。ほら」


 まぁ良いだろう。今の会話で俺も覚悟を決める事が出来た。


スッ――と息を吸って。吸った息を吐くような感覚で、俺は言葉を紡ぐ。



「『女子の胸を揉む事を可能にしたのは、女子の胸を揉む夢である』」



 シン、と。教室中が静まり返った。その空気をまるで振り払うように、杉崎は俺へと問いかける。


「それは、どういう事だ」


「どういう事も何も……俺たち中学生男子からしたら、女子の胸を揉む事なんて、夢見て行動しない限り無理に決まってんだろ」


「だがそれならば胸でなくても良い。例えば――」


「じゃあ、お前はどこだと思う」


「……いや。確かに他の部位なら、特に労せず触れるな。例えば足を触ろうとしても、別に出来ない事では無い。体育の授業で腹筋する時等、触る事もあるだろう」


「逆に下腹部にある方の女性器は、触った事ある中学生男子なんか少ないだろ。そっちはよっぽどの事が無い限り、女子もひた隠す部位だ」


「だがしかし――胸ならば!」


「例えば転んだ拍子とか、例えばおふざけで手を出した時とか。ちょっと喧嘩した時でもいい。


 胸元だぞ? 普段衣服で隠してはいるが、少しでも膨らみがあれば出てしまう部位だ、触ろうと思えば触れない事は無い。


 だが幾分か――それこそ体裁とか男としてのプライドとか、そう言う難易度があるからこそ『夢を見なければ触れない部位』だ」


「だがそんな事、我々大人とて同じ事」


「俺は大人の事なんか知らねぇよ。――でも大の男が女性の胸に触れる事態って、よっぽど『そう言う事をする時』になるんじゃねぇの?」


「……そ、そう、なのかもしれん」


「となれば、さっき言った下腹部にある女性器でも良くなる。


 ここで重要なのは、この問題が『多感な中学生男子が述べられるエロワードへの変換』だ。

 となれば、一番の答えはコレだと思った……それだけだ」


 俺の言葉に、杉崎は顎に手を当ててブツブツと何かを呟いている。


それと同時に自分の胸元と腹部、下腹部に触れ、どこの部位であるならば中学生男子が触れる事を夢見るか、自分の体に問いかけているのだろう。


だが――今俺が出した答え以外は、見つからなかったようだ。


「くっ……私の、負けだ……っ!」


「いよっしゃあっ!」


 見たか! 遂にこの杉崎に『負け』と言わせる事が出来た! これで俺は――



「うむ……敗北だ。私はお前の事を『多感で思春期なエロイ中学生』と……そう認めるしかないな……」


「…………んん?」


「多感で思春期なエロイ中学生こと、相沢武。私の完敗だ。お前はエロイ。私よりエロイ。今後もそのエロさを持ってして、この教室で白い視線を向けられるといい」



 ……この問題やる前と、そう変わってなくね?


 俺は静かに着席しながら、周りに点在する女子(中村亜里沙以外)の冷たい視線と、そして胸元を抑える仕草を見据え、


(……一体、どこを間違えたのだろう)


 それだけを考えながら、顔を真っ赤にして、瞳に涙を溜めこんでいた。


――尚。その表情を見ながら、杉崎がニヤニヤとほくそ笑んだ顔をしていた事を、俺は見逃していない。

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