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明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。-04

 食事を終えた私達。中村はこれから祖母のカフェを手伝いに行くらしいので、そのまま別れる事にする。


戻って来た私と相沢。先ほどの部屋に入って座布団に座り直した相沢が「最後の相談だけど」と先に述べた。



「女装がバレた」


「誰に」


「恭弥に」


「Oh……まぁ、不幸中の幸いか」


「確かに枝折じゃなくて良かったなぁ、とは思うけど……恭弥でも結構なダメージだ……」



 しかし、相沢はそれが本題ではないとそこで口を挟む。



「問題は、その時恭弥にお願いされたんだ」


「何を」


「またあのメイド姿になって欲しいって」


「……奴はもしかして、お前の女装に、劣情を覚えたんじゃ……」


「やっぱ、そうなのかな……アイツはそういう下心無いと信じたいんだけど……」



 田坂恭弥は男子でありながらも男子である相沢に惚れている。しかし彼の場合は下心に近い恋愛感情ではなく、愛おしいという愛情を持っているので、即問題となり得る奴ではない。


しかし、今まで彼はそういった下心を知らなかっただけだ。


下心を知ってしまえば、奴も中村のように変貌し、性欲の鬼になる可能性も否定はしきれない。



「……考えてみれば、お前はモテモテだな」


「いや、でも同じ男からの告白は」


「しかしお前自身を好きでいてくれる者がいるという事自体が嬉しかろう? そういう劣情等は別として」


「それは、まぁ」


「お前は少々人を愛する事や、恋をする事に対して、臆病な気もする」



 私が、ふと呟いた言葉に、相沢が首を傾げ、私も感覚のまま言葉にしてしまったので少々苦笑交じりではあるが、ええいままよ、と思いながら、続けて思って出る言葉を口にした。



「ハーレムを認めろ、お前もそれに同意しろ、とは言わん。だがしかし、お前を好きでいてくれている人がこれほど多くいて、そして想いを告げて、断られても尚、お前が好きだと思いの丈をぶつけてくれる。これって実は物凄い事だと思う」


「そう、だな」


「お前に必要なのは、寛容になる心だと思う。源ではないが、お前は倫理観や正義感というモノに囚われ過ぎて、悩み過ぎている。


 それはもちろん悪い事ではないが、故に結論を出す事に戸惑っているようにも思えるんだ」


「でも、間違ってないって思っちまったら、どうしても耐え切れなくて」



 本当に、相沢は優しい子だと思う。


中村亜理紗が好きだという気持ちを偽る事無く、しかし彼女の幸せの事を思えばこそ、自分を犠牲にしようとする想いも持ち、それでいて恋敵になりかねない源という存在も許し、彼女が倫理を捨てて自分の事も好きだと打ち明けてくれた時にも、相沢は彼女の想いを受け止め、それでも――と口にしたのだ。



「相沢、お前はもう少し、自分本位になりなさい」


「自分本位?」


「まずは自分を大切にしなさい、という事だ。倫理観とか、正義感とか、そういうのは一旦置いて、お前がどうしたいかを考えろ」


「でもさ、それで相手が傷ついたらどうするんだよ。亜理紗が、源が、ひょっとしたら枝折も恭弥も傷つけるかもしれないんだぞ?」


「だからそういう事を一旦脇に置いて、お前がどうしたいかをまず考えろ。そして答えが出た時、お前がどうしたいかを基準に、どうするかを考えるんだ」



 自分の為に出来る事と、他人の為に出来る事は、違う事だ。


それが偶然同じ道に辿り着く事もあれば、分かれ道となって、交わる事が無いなんて言う事もあり得る。


でもこの子は、ずっと「誰かの為に」って、自分の道を歩まなかったんだ。



「お前は、私をいつも楽しませてくれる。


 お前は、中村の為に何時だって、彼女の為になる決断をしてきた。


お前は、美馬の為に奴の想いを抱きとめ、奴に感謝した。


お前は、田坂の為に沢山の愛情を与え続けた。


お前は、源の為に奴の我儘な思いを受け止め、悩んでいる。


でもまずはお前が、お前の為に人生を使ってやれ。


他人がどうとかは後回しにして、自分がどうしたいか、それを考える事が出来なければ、お前自身が幸せになれないだろう?」


「オレが……オレの為に、人生を使う……?」


「それが本来当たり前なんだ。勿論、お前のそういう優しさが、お前の魅力だとは誰もが気付いている。


 だから、蔑ろにしろとは言わない。お前がどうしたいかの後に、誰かの事を考えてやる。それだけでいいんだ」



お前はどうしたい?


私は、相沢に向けてこう問うと、彼はしばし視線を泳がせた後――何時も授業中にしているように、胸に手をやって目を閉じ、短く呼吸をした後、ゆっくりと息を吐いて、目を開いた。



「オレは――皆と、もっと一緒にいたい。


 ハーレムとか、付き合うとか、そういうのじゃなくて、バカみたいに騒いで、遊んで、時々下ネタ交えて面白おかしく、笑っていたい」



「……それだけか?」


「ああ、それだけ」



 コイツは、何と欲のない男だろうか。


思わずプッと笑いが零れたが、しかしこの答えがより相沢らしく思えて、彼の頭を撫でてしまう。



「なら、お前の答えがしっかりと出るまで、中村と源の二人と共にいてやれ。


 場合によっては美馬と田坂も加えて、一緒に遊んでやるといい。


 いつかお前の中で、ハーレムを認められる時が来れば認めればいいし、やっぱり認められないという事なら、一人に想いをぶつけて、他の者に土下座でもすればいいさ。



 ――誰かを傷つける事を恐れすぎて、お前自身を見失うな。



『明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ』



 ――これは、マハトマ・ガンディーの名言と言われているが、実際に彼は言ってなくね? 説が強い。しかし、それでも立派な名言だと思う。


 明日死ぬかのように、お前は自分の事をまず考えて生きなさい。


そして永遠に生きるかのように、お前は誰かの事を想って色んな事を学び、そして答えを定めなさい。


人は、誰しもそうして生きているのだから」



 この言葉が、相沢にどう伝わったかはわからない。


けれど、彼はしばらく何か考えたようにして、やがて表情を笑顔に変えて、頷いてくれた。



「オレ、まずは自分のしたい事を考えてみる」


「うむ」


「でも、誰かの為に何かしたいって思いは変わらないから、その二つを天秤にかける努力をしようと思う」


「そうだ。そうして誰かを想う事を、忘れてはならない。私は、お前がそうして色んなことを考えて成長していく姿を、楽しみにしているよ」



 悩みは尽きないだろうけど、しかし相談は終わったと言わんばかりに、彼が「今日はありがとう」と礼を言って立ち上がる。



「ああ、ちょっと待て。コレを持っていけ」


「? 何これ」


「この間のコスプレ衣装。田坂にまたコスプレしてくれって頼まれたのだろう? その衣装はお前にやる」


「いや貰っても嬉しくはないけど……まぁ、アイツと約束しちゃったし、借りとく」



 顔を赤めて紙袋を受け取った相沢を玄関まで送る事にする。



「問題は残っているが、まぁ心を強く持てば大丈夫だろう」


「うん、あんまり深く考えず、けど答えを見つけようと思う」


「なら、もうちょっとお前の心労を増やしても構わんか?」


「え」



 相沢の手を引き、私の体へと引き寄せ――ギュッと抱きしめる。


中学一年生の、幼い体を抱きしめて、頭を撫でた。


何が起こっているのか、理解が及んでいない相沢が、次第に身体全体を赤らめていく姿が可愛らしくて、オデコに軽くキスをした。



「禁断の愛だ。内緒だぞ」


「へ、あの……杉、崎……?」


「私もハーレムに加わる案自体は悪くない。今まで出会った男の中で、誰へ一番好意を抱いているかと問われれば、お前の名を挙げる程には、お前が好きだ」


「その……え、あの」


「では、気を付けて帰れよ」



 玄関を開けて、そっと背中を押して帰宅させる。



――明日以降、奴の反応が楽しみだ。


 私はクスッと笑い、その場で軽くスキップするのだった。

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