明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。-01
私は杉崎有果と言う名で生まれた。
母が言うには「コイツは果実のように瑞々しさを有した女になる」という予感を以て名付けたようだが、私に瑞々しいという言葉が似合うかどうかは、自分自身不明である。
普段は秋音中学校の一年五組担任教師兼国語担当教師として働いており、一年五組の皆が健全に中学生活を送る事が出来るように努める女だ。
なので、生徒からの人望も厚い――と言いたいのは山々だが、どうやら人望という意味合いでは何故か薄いらしく、相談などは一月に一回あれば多い方である。何故だろう。
この月は多い方だった。
まずは一つ。田坂恭弥が「長年連れ添ってきた奴と、もっと深い関係になりたい」という相談を持ち掛けて来た時だ。
この時は「ようやくまともな恋愛相談が来たものだ」と自分自身喜んだものだが、よく聞けば彼の言う「長年連れ添ってきた相手」とは男子生徒で、後々驚いた事は記憶に新しい。
そして今日、二つ目の相談を受ける。
私は相談を持ち掛けて来た生徒――相沢武の希望で我が宅へと招き、畳に座布団という古風な部屋に腰かけさせ、粗茶を振舞った。
彼は、頭を抱えていた。それこそ出した粗茶には手を付けず、しかも座布団に正座ではなく膝小僧を見せながら縮こまる程に。
「して、相談とは?」
「分かってんだろ……?」
確かに知り得ている。しかし自身の想定した相談とは別の内容であった場合、所謂食い違いが発生する事もあり得る。この辺りは特と確認をせねばなるまい。
「……亜理紗と源の事だよ」
「やはりか」
「どうすりゃいいと思う……?」
「あれから一週間経ったが、どうだ状況は」
「困った」
「一週間の状況を求めたのに数文字で終わらせるでない」
先日、この相沢武は、同じクラスに属する少女二人に告白され、あまつさえ二人は相沢の同意なく「ハーレムにしよう」と三人の交際関係を勝手に容認してしまったのだ。
一応、相沢にも悪い所はあろう。二者のどちらかへ断りを入れればいいだけであるのに、それをしっかり行わなかったのだから。だが、気持ちはわからんでもない。
「そもそもお前に確認を取る事無く話を進めた二者と、そんな彼女達へ物申さないお前の、三人とも悪い」
「正論ありがとう……」
「だが、そこまで気を落とす事か? 女子二人がハーレムに同意してくれる事なぞ、男子の夢にも等しいのではないか?」
「失礼だろ? 亜理紗はともかく、オレは源の事を友達だと思ってんのに、恋人として扱うなんて」
「うむ、まぁ気持ちを偽る事は失礼だが、お前はしっかりと源へ断りを入れた。であるのに、中村と源が勝手にハーレムとした。ならばそれを受け入れても良いハズだ。別に源が嫌いなわけではなかろう」
「キライじゃねえよ。亜理紗の事さえなければ受けてるよ」
「中村が好きだから中村の告白を受け入れて、源の事を恋人とは思えないが今後好きになれるように努力する。それも愛の形ではないか?」
押し黙ってしまう相沢に、私も茶を一口飲んで口を潤した後、会話を再び戻す。
「まず問題点を洗い出し、その旨を伝えるのが良かろう。二者との間で問題は何かあるか?」
「幾つか」
「話してみろ」
「まず、亜理紗がオレへ引っ付くようになってきた」
「うむ、まぁ恋人関係にあれば女子としては舞い上がってしまいかねない。その位は容認しても良いんじゃないか?」
「亜理紗が一抱き着きしてくる毎に鉛筆とシャーペンとハサミとカッターが飛んでくる」
「……」
「身体のどこかに胸が当たろうものなら机が飛んできた事もある」
「…………それは、何とも」
思いの外大変な事になっていて、私も思わず言葉を失ってしまった。
授業中以外は基本職員室か別のクラスで授業の準備をしているので、休み時間中にそうなっていると気づかない私はそほど悪いわけではなかろう。いや、勿論責任を放棄するわけでは無いのだが。
「二つ目……」
「ああ、私も少々甘く考えていた。次は真剣に聞こう」
「亜理紗や源以外の女子と話してると、源がメチャクチャ睨んでくる」
「……何とも」
「この間なんか壁ドンされて詰め寄られて『他の女子と喋るとか何考えてるんです武君はバカなんですか監禁でもされたいんですか本当に閉じ込めて愛玩動物にしますですよ?』と脅された……」
「…………タガが外れた源は怖いな」
「ホントそれ……」
「私は、大丈夫なのだろうか。ちょっと怖くなってきたぞ」
「流石に教師だし、問題ないと思うけど、念のため今日は家に来たってわけだよ……」
「ああ、学校で相談を持ち掛けてこなかったのはそう言う事か……」
あれからしばらく、居残り授業は各々の都合で行われていなかった。先日は中村と源デートがするという理由と、一昨日は私が職員会議があった為、等だな。




