ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ。7
源が。
オレの着ているスカートの裾をギュッと握り、力いっぱいに引き留めたのだ。
「え、あの」
まず最初にスカートを掴まれた事に恥ずかしさを感じた事が第一だったが、次に感じたのは違和感だった。
最初は、亜理紗を盗られるという嫉妬なのかな、と思いもしたが――けれど、これは何か、違う。
彼女は、寂しそうな表情を浮かべて、自分でも何がしたいか、何を言いたいか、理解できていない様子だったのだ。
「源?」
亜理紗へ、ただ告白の返事をする事は簡単だ。
けれど、その前に彼女と、しっかり話をせねばならない。
彼女は――色々あったけど、今は大切な友達だから。
友達が、何かこの事で言いたい事があるのなら、彼女の言葉を聞いてやりたい。
「源ちゃん、今は私や先生に気を遣わずに、好きな事を言っていいんだよ?」
亜理紗も、オレへの返事を促さず、言葉を源へと投げる。
彼女も、同じ想いであろうから。
「えっと……上手く、言葉にするのは、難しいん、ですけど……」
「でも、言わなきゃいけない事じゃないのかな?」
源は、亜理紗の言葉に、視線を左右へ向ける。
何を考え、何を思っているのか、オレにはわからないけれど、彼女がそうする度に、オレと亜理紗を見ている事だけは、分かった。
「……あの、相沢君」
「ああ」
「あの、私は……中村さんが、好きです。大好きです。天使だと思ってます」
「それは、知ってる」
コイツと初めて居残り授業をしたとき、コイツが告白したあの場面を、オレは今でも悔やんでいる。
罪滅ぼしはしたつもりだけれど、でもそれだけで償い切れる事じゃないとも思っていた。
――ああ、だからオレは、亜理紗と源の関係を、応援していたのかもしれない。
亜理紗へ告白が出来なかったのも、源の事を知ってしまったからなのかもしれないと、今は思える。
「でも……でもっ」
源は、オレと亜理紗が繋ぐ手を無理矢理剥がした後、オレの手を握り、自分の胸へ、むにゅっと押し付けたのだ……ってえぇえっ!?
「な、何でかわからないんですけどっ! 私、相沢君の事も、好きみたいなんですっ! 相沢君にだったら別に裸見られても嫌だと思えなかったし、胸の谷間を見られても、こうして触られても、怒りなんかわかなくて、むしろドンドン触って欲しいって思う位には、好きになっちゃったみたいなんですッ!!
ていうか、私の方が相沢君を触りたいって思う位ですッ! こんな、中村さんの時と同じくらいの劣情を感じてて、中村さんと相沢君がお付き合いとか、考えるだけで二倍苦しいんですよっ!」
手の動かし方がわからないオレの手を、もっと触れと言わんばかりに胸へと押し付けてくる源に、オレは困惑を隠せずにいる。
嬉しい、嬉しいけどコレは……っ!
「だから、私は二人に付き合って欲しくないんですっ! 二人でエッチな事だってして欲しくないんですッ! その欲情を、私にぶつけて欲しいんです――ッ!」
ギュ――ッと。力強く、オレへ抱き着いてきた彼女の事を、オレは抱き返す事が、出来ない。
それは、嘘になってしまう。
オレは、源の事を、友達だと思った事はあれど、恋人にしたいと思った事は無い。
そりゃあ、おっぱいを見れたり、谷間を眺める事が出来たり、触れたりした事は嬉しかったけど……でも、それでも。
「迷惑なのは、分かってます」
「迷惑なんかじゃ、無い」
「相沢君が私の事を、何とも思ってないなんて、知ってます」
「お前は、大切な友達だ」
「ずっと、相沢君は、恋敵だと……思ってたのに……どうしてなのか、分からないけど……私は、相沢君が、欲しいんです」
「源の気持ちは、嬉しい。けど、けど……」
「はい、こんなの、我儘でしかないんです……私の」
でも、そんな我儘な願いを、想いを、抱く事は間違いじゃない、と。
彼女は、そう言ってオレの事を押し倒し、涙と共に、言葉を連ねる。
「間違ってても良いです。駄目な事でもいいです。もう自分でも、トンデモ無い事言ってるって、知ってますです。
私も好きになって欲しいです。中村さんを好きでいる相沢君のままでもいいです。
――私と、付き合って、欲しいです」
彼女の言葉は、それで最後だ。
けれど、オレを抱きしめる事を辞める事無く――むしろ、力を更に込めて、放すまいという意思を感じた。
「やはりこうなったか」
「やっぱりねぇ」
「二人は……源の気持ちに、気付いていたのか……?」
「薄々はな。ここまで告白大会になるとは思っていなかったが」
「私は気付いてたよ。私が武君に告白したら、多分源ちゃんはこうするだろうなぁ、って」
「じゃあ何で源の前で告白なんか……っ」
それはね、と。
亜理紗は今一度スマホカメラでオレを抱きしめる源を撮影した上で、笑顔で言う。
「私の事を好きでいてくれる源ちゃんに、私の気持ちをしっかり伝えたかった。
そして、源ちゃんが抱いているホントの気持ちに、自分自身で気付いてほしかったから。
私は、武君が好き。付き合いたい。
でも、源ちゃんにも正直な気持ちを、武君にぶつけて欲しい。
そんな我儘を叶える方法が、これしか思いつかなかったから……ゴメンね、源ちゃんを傷つけるような事をして」
オレから源の身体を剥がした亜理紗は、彼女の細い体をギュッと抱きしめて、源も、彼女を抱き返す。
「こんなひどい私の事を、まだ好きでいてくれてるのかな?」
「好きです……私、まだ中村さんの事も、好きです……でも、同じ位……相沢君も、好きで……っ」
「なら私、別に武君を独り占めする気無いから、二人で付き合っちゃう? あ、あと私と源ちゃんも付き合っちゃえばいっか!」
「……へ?」
源から素っ頓狂な声が出て、オレも思わず手塚治虫の漫画にも似た跳び方をして驚いてしまう。
「そしてやはりこうなったか……」
ハァ、と頭を抱えた杉崎に、オレは立ち上がって急ぎ彼女の下へ近づく。
「やはりってどういうことだよ!? このままだとオレ二人の女子を侍らせる最低の男になっちまうぞ!?」
「いやぁ、中村って性知識というより倫理観が皆無だろう? その上他者を蹴落としてまで何かを得ようとする程独占欲が強い訳でもないし、かといって弱い訳でもない。好きなモノをシェアする感覚でハーレムに同意しちゃう感じなんだよ」
「お前もしかしてこうなる事見越しときながら、源の事を暴露させたの!?」
「いずれはこうなる可能性が高いし、私の目が届く範囲でしてくれた方が、状況の改善をしやすいのでな、仕方ない」
亜理紗は、彼女が何を言っているのかわからないと呆ける源に、矢継ぎ早と言うべき早口で交渉を開始。
「良い考えじゃないかな!? 私は武君と源ちゃんどっちにもエッチな格好させられて満足できるし、源ちゃんは私とも武君とも付き合えるし、武君は私と源ちゃんの二人と付き合えてオールはっぴーっ!」
「え、いやぁ……その、私が言うのもなんですが、倫理観が……」
「? 別に悪い事してるわけじゃないしいいんじゃない? あ、エッチな事が中学生の間にダメなら、大学とかに行くまではキスまでで留めようか。それかオッパイ触るとか」
「あの、それでも」
「ダメ?」
首を傾げ、可愛らしく言葉にした彼女の言葉に――源はゴクリと息を呑んだ後、オレの事を見て、顔を赤くした後、頷いた。
「……分かりました。私、相沢君のハーレム、容認します。その代わり、相沢君と中村さんのファーストキスと童貞と処女は、私が貰いますです!」
「? どうてーとしょじょって何かわからないけど、いいよっ。じゃあ先に私達でキスしちゃう?」
目を閉じて唇を突き出した亜理紗に、源は目を見開いた後――自らの唇を、亜理紗の唇に重ね、三秒ほどの短いキスをして、亜理紗が「えへっ」と笑った事を合図に、発狂。
「やった……っ! やりました先生、相沢君っ! 私、遂に中村さんとキス出来る仲になりましたです……っ!!」
変な空気に圧されて、源が陥落した……っ!
「……杉崎、これ……どうすればいい……? オレの同意無いまま、オレのハーレムが出来上がってるんだけど……!?」
「こうなってしまっては、お前の意志だけではどうにもならんな……」
「ていうか関係がこじれ過ぎだろ!? 何これ!? オレこの後どうすればいいの――!?」
「まぁ……お前にはこの格言を贈ろう。
『ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ。』――シェイク・スピアの格言だ」
「今のこの状況はほどほどとかそういう場合じゃねぇからっ!!」
下校時刻のチャイムが鳴り響き、今日はお開きになってしまう。
源が亜理紗といちゃつきながら着替え始めてしまったので、オレは重たい頭を抱えたまま部屋を出て、再びトイレへと向かうのだった。
**
……お腹が痛い。
田坂恭弥が図書室の開放時間を過ぎて図書室から出た時、ふとそんな痛みに見舞われた。
なので、一番近い男子トイレへと向かい、便意の解消を済ませた所で――誰かがトイレへと入って来る音がした。
気にせず、ドアを開けて、対面する。
――メイドがそこにいた。
「あ、う……っ!?」
メイドは固まったまま、恭弥の事を凝視した後、自分の格好を顧みて、言い訳を開始した。
「あの、オレ……あ、その、私は……っ」
「可愛い恰好だな、武」
「分かっちゃうの!?」
「? 俺がお前の事を見紛う筈がない」
堂々と言い切った恭弥の言葉に、武は顔を赤面させ、個室の一つに急いで駆け込んだ後、着ていたメイド服を脱いで、男子制服へと着替え直した後、恭弥の胸倉を掴んだ。
「今の格好を見たことは、絶対に誰にも言うなよ……っ!?」
「うむ、言うなというなら言わない」
「絶対だぞ!? 約束だぞ!? 守ってくれなきゃ絶交だからなっ!?」
「なら、一つお願いがある」
「脅すつもりか!? いいよもう、なんでも言えよっ」
「今度、またさっきの格好をしてほしい」
「へ」
「非常に可愛かった。ここまで心を動かされたのは、お前が男子だと気づいた時以来だ」
目を輝かせ、そう言った恭弥に、武は真っ赤な顔のまま彼を放し、すたこらさっさとトイレから消えて行ってしまう。
そんな彼が着ていたメイド姿が脳裏から消える事無く、恭弥はそこで、納得した。
「そうか……これが欲情というものか」
サルでもわかる筈の性教育で読んだ「欲情とは、好きな子に対して感じてしまう、形容し難い感情の事だよっ」というサルの言葉に納得した恭弥は、カバンから借りた本を見て、確かに得る事が出来た知識に満足したのだった。




