ほどほどに愛しなさい。長続きする恋はそういう恋だよ。1
その日、中村亜理紗は深くため息を付きながら、教室の机にうつ伏せ、何か悩んでいるようにしていた事を、俺と源はずっと見ていた。
「なぁ源。亜理紗はまだ悩んでるのか?」
「どうやら、そうみたいです」
先日、中村亜理紗は初めて『性的興奮』という物を知った。
けれどそれは、確かに普通に性器に触れたりするマスターベーションではなく、少し特殊な性癖と言えるものだった。
――加虐性愛思考だ。
俺の恥ずかしがっている姿を見て、それに興奮し、けれどこれは普通じゃないと悩んでいるのだろうか。
「いえ、たぶん普通かどうかは、さしたる問題じゃないと認識していますです」
「? じゃあ何で悩んでいるってんだよ」
「ただのイジメだからです」
「……あぁ~」
そうか。普通に考えりゃ、脱衣トランプで特定の一人を大負けさせて、服を脱がせて悦ぶなんて、そりゃただのイジメだろう。
けれど中村亜理紗は優しい女の子だ。本来は他人をイジメたり誰かが困っていたりすれば手を差し伸べるっていう一般的道徳もしっかりと理解している筈だ。
「あれが俺だったからよかったけど、他の誰かが恥ずかしがってたり困ってたりするのに、悦んじゃう自分が怖いのか」
「恐らく、そうだと思いますです。……あ、いえ。相沢君だからいい、という問題でもないのですけれど」
「あ、うん。そうだな」
確かに俺もイジメられて嬉しいという被虐思考は無いはず。うん、無いはず。
「でも、どうにかして元気にさせられれば……とは思うんです」
源はそうして俺に相談を持ち掛けて来た。正直亜理紗と最近一番仲が良いのは、確かに俺と源だろうし、そもそも彼女の趣味趣向を知ってしまったのも、俺と源、そして杉崎だ。
「……杉崎に相談する?」
「え、それはマジで言ってます?」
「いや冗談」
確かに奴は生徒を導くことには真面目な奴だが、問題が問題だ。下手に奴へ振ってしまえば却って悪化を招きかねない。
「相沢君は、何かいい案ありませんか? こう、そう言った特殊性癖に対しての対処法みたいな」
「即時性はないが、まぁあるっちゃあるぞ」
俺は亜理紗の下へ行き、声をかける。
「亜理紗、ちょっといいか?」
「へ、あ……うん。何?」
机にうつ伏せたまま、しかし視線は俺を見ている。
「ここじゃ話辛いから……例の屋上前まで行こう」
かつて亜理紗に追いかけられた先の、四階屋上前階段。あそこなら誰かが通る心配もないし、授業にはうってつけだろう。
移動した俺と亜理紗、そしてそれについてきた源。
俺達が移動を終え、話を開始しようとした時、率先して亜理紗が頭を下げた。
「この間は、ごめんなさい」
「別にいいって。見てないだろ? 亜理紗も源も」
亜理紗は「うん、武君の表情だけ見てた……」と頷いたが、しかし源は何時ものムッツリ顔のまま真っ赤にさせて「ふーふー」と口笛を吹こうとして失敗してた。しっかり見やがったな。
「でも、それに関して一つ授業しなきゃな、とは思ってたんだよ」
「うぅ、だよね……あんなの、また武君にしてもらうわけにはいかないし……」
「いや、アレは流石にやり過ぎとしても、俺ならまだいいよ。事情を知ってるし、亜理紗の為になるなら、なんだってやってやるよ」
亜理紗と源が何やら顔をぎょっとさせ、顔を真っ赤にさせている。何か変な事言ったかな?
「ただ、他の人に対して、むやみやたらと求めてしまう危険性は避けたいわけだ。亜理紗、この世で三大欲求って呼ばれるもの、何かわかるか?」
「え、え、え……えっと……睡眠欲、食欲、性欲……かな」
「そう。でも俺はそこに四大欲求として【集団欲】を入れたいな」
『集団欲?』
亜理紗と源の声が重なる。頷いて、説明を開始する。
「人と触れ合いたいという欲求、集団の中に入りたいとする欲求。これは人間社会っていうネットワークで生きる上で、大多数の人間が必要不可欠だからこそだな」
「つまり人との繋がりを重要視する欲、というわけですね」
「その通り。で、この四大欲求の中で、一番その集団欲に影響を与えかねない欲がある。それこそ性欲だ」
行き過ぎてしまった性欲・性癖故に人々のコミュニティから外されてしまう事がある。
一例を出すとしたら、まずは杉崎だ。
杉崎は実際の所がどうかは置いておくとして、性欲というより性に対して奔放だ。だからこそ、下ネタが嫌いな人間からは嫌われてしまう傾向があるだろう。
また次の一例を出すとしたら枝折。
奴は俺にだけではあるが、同性愛者であり、性欲が一番強い。俺がある程度理解しているからこそ問題は大きくないが、例えば俺が「同性愛絶対禁止」な思考をしていたら、俺と枝折は同じコミュニティにはいられない。
「だからまずは、亜理紗の加虐思考がどういうものなのか確かめる必要がある。例えばそれが全人類に対してそう言った思考を持つのであれば、ある程度自制が必要だ。
けどこれが、相手は特定の人物だけ、という事なら、理解の問題になる」
「あ、前に田坂君の授業で出た、許容と理解だね」
そう、例え特殊性癖を持っていたとして、それを理解できる相手に対して行うのならば、特に問題が無いのだ。
許容と理解は違うものだ。許容は「そういう考え方もあるか」程度のものだが、理解は理を解する、つまり真意を知る事が必要なのだ。
「本来なら、確かに他人をイジメる事は絶対に行っちゃいけない。あんな脱衣トランプなんかは以ての外だ。けれど、あの場にいた杉崎や俺なら、その趣味を理解できる。杉崎なんかはドMだし、脱がされたって気持ちよくなるから、ある意味ではいいかもしれないな」
「うーん、そう思って先生イジメてみようとしたんだよねぇ……」
今すごい問題発言をした気もするけど、相手が杉崎ならまぁいいか。
「どんな事したんだ?」
「うんとね」
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『ほう、私を虐めたいと?』
『自分の事を理解する為に、ご協力お願いしますっ!!』
『ではどうする? 授業中にいきなり脱ぐか? それとも放課後誰もいなくなった教室で全裸になり、そのまま校舎内を徘徊しようか。それともそのまま近くの公園まで行こうか? それとも職員室に着替えを置いたまま露出チャレンジもいいかもしれないな……それとも、ううん、いや……悩ましいなぁ……っ!』
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「アイツの頭の中露出でいっぱいかよ!?」
「こっそりやってないでしょうね、あの人……」
「でも先生の場合、それ悦んじゃうから、あんまり愉しそうに思えなくて……」
そこじゃないんだけど、まぁある意味指標の一つにはなったな。




