私はすべての人間を、毎日々々、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある。8
敗北した。紛れもない敗北だ。
源が僅かに表情を赤めて、しかし俺のパンツを凝視しているし、杉崎なんかはビデオカメラを用意しようとしていたので源がそれを阻止し、この世の終わりではないかと言わんばかりに悔しがって歯ぎしりを鳴らしている。
そして、亜理紗が言う。
「さ、脱いで?」
臆面もなく、彼女が言う。
俺は、意を決してパンツに手をかけ、それを下す。
流石に手で隠させてもらう。もしイラストがあったとしたら深夜アニメ特有のどこからかわからん謎の光を投射して貰って見えない様にしてもらうが、しかし……しかし何たる屈辱か……っ!
思わず顔を赤らめて、唇同士をかみ合わせ、恥を忍ぶ。
源は顔を真っ赤にさせて、しかし凝視したままだし、杉崎なんかはスマホのカメラを起動しようとしていたので源がそれを阻止し、世界の破滅を望む罪人のような面持ちで絶望を表現している。
そして、亜理紗は――
ビクビクと震え、顔を真っ赤にさせながら、体を僅かによがらせた。
「ああ……っ、ヤバい、これ……っ」
なんだ、何で俺が辱めを受けて、亜理紗が気持ちよさそうにしてんだ?
「ヤバいか」
「うん……せんせー、私、結構ヤバい、かも……」
「や、ヤバい、ですか……」
「ヤバいよ、源ちゃん。ちょっと膝が笑ってる……っ」
「な、なんだよ。もう服着ていいのか!?」
「あ、もういいぞ。私もしっかり視姦で堪能した」
「チクショウ恭弥への授業が無駄にならなかった……っ」
急いでパンツを履き直して、その上で今まで脱がされた寝間着も着込む。
しかし、問題は亜理紗だ。未だに「はぁ、はぁ」と息を溢しているし、体調不良の悪化ではなかろうか。
「ち、違うの……その……」
「その?」
「…………あの、笑わないで、怒らないで、ね?」
「内容によるけども」
「……その、私……加虐思考みたいなの」
「へ」
「武君の、恥ずかしそうな表情なんか、見てるだけで、気持ちよく、なっちゃって……っ」
「まぁ簡単に言うと、エスだな」
「マジか……」
じゃ、じゃあもしかして最初の脱衣トランプで表情を真っ赤にさせて俯いたりしてたの、アレって俺の恥ずかしいって表情を見て悦んでたの?
「だ、だから最初、私おかしいのかなぁ、変かなぁ、恥ずかしくないかなぁ、って思って……その、黙ってたんだけど……」
「それを察した私が、風呂場でSMの意味を教え、そしてこう格言を残したんだ。
『私はすべての人間を、毎日々々、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある』――名を聞けば千円札の人、夏目漱石の格言だ。
人は誰しも恥をかくし、いつ何時恥かくかを分かっている人間などは少ない。だからその恥を、努々忘れることなかれ。それは相沢にも同じこと、とな」
つまりコイツは――亜理紗の性的趣向を理解した上で、こうして実際に経験させることで、彼女自身にも理解させようとしていた、という事か。
「……じゃあ怒れねぇじゃんか。ちゃんとした教育という意味なら」
「そうか。それでも私は怒られるものだと思ったが」
「……正直、性教育ってモンは、実際に経験させたり見て理解させた方が早いからな。日本のタブーにまみれた教育より、遥かに分かりやすい」
これも風呂場で話した事だ。
何だか、全てが杉崎の掌で踊らされている気分で、どうにも調子が狂う。
「では、もう寝るか」
杉崎がそういうと、亜理紗はまだ恥ずかしさを消せてないようで、しかし源と隣り合わせで布団を合わせ、笑いあって眠る。そんな光景を微笑ましく思いながら、俺もいい加減来た眠気を欠伸として表現し、布団へ。
「そうだな……じゃ、おやすみ」
「ああ、お休み」
……あれ。
俺、どこで寝てる?
「……ふぁふぇ?(あれ?)」
「ん……相沢、胸元で喋るな、くすぐったい」
…………あれぇ?
翌日が来てしまう。
あの感触を永遠に楽しみたかったけれど、時は有限である事を知るには、人間の睡眠時間とは短いものだった。
「ちなみに杉崎、千円札の人で俺が連想するの、野口英世」
「そうか……時代だなぁ」
何せ俺二千六年生まれだからな。
ちなみに千円札が夏目漱石から野口英世に変わったのは二千七年です




