私はすべての人間を、毎日々々、恥をかくために生まれてきたものだとさえ考えることもある。1
「武君、僕の家でお泊り会しよう? 昔田坂君としたんでしょ? 僕もしたいなぁ」
「……えと」
「あ、もし二人だと詰まらないって事なら、田坂君も呼んであるよ?」
「…………恭弥」
「うむ。美馬の家は行った事ないが、お泊り会など小学生の時以来だな。しかも武と一緒ならば、面白い一日に出来そうだ」
「………………その」
「何だこの囲いは……」
杉崎が、俺を囲むようにしている枝折と恭弥の話に危機感を持ったように入ってきて、二人から俺を守ってくれた。本当に教師だったんだな杉崎、ありがとう……ありがとう……!
「で、何があったのだ? 必要以上の接触はイエローカード判定を出さねばならないが」
サッカーかな? いいえ、セクハラです。
「何がって言われても。僕の家でお泊り会しない? って誘っただけですよ?」
「うむ。男同士の付き合いだ。先生でもこの話に割って入れないのではないか?」
「たしゅけてしゅぎしゃき……っ」
「ボロボロと涙を流して呂律も上手く回っていない相沢を前にしては流石に教師として見過ごせんな……」
しかし杉崎も流石に困惑している。これが男女のお泊り会ならば年頃の男女が云々とか色々と倫理をチラつかせて辞めさせることができるものの、恭弥の言う通り、男子生徒三人がお泊り会をするというのは、ただ普通に青春の一ページでしかないから止める理由が無いのだ。
だが問題は何よりもこのクラス内で一番性欲溢れるゴリラである枝折だ。そして枝折に影響されて恭弥にいらん知識を植え付けられたりすると、それもそれで問題だ。
「むぅ……よし。ならばこうしよう」
「しゅぎしゃきっ!」
「私の家でお泊り会だ。これなら私が監視できる」
「しゅぎしゃきっ!?」
コイツもコイツで倫理観念どっかにイッてるかもしれない。いやそんな事は分かりきってた事か。
「流石に先生と生徒が、しかもそれこそ男女でお泊りはマズいんじゃないですか?」
枝折にもツッコまれてる。そりゃそうだ。
「生徒主催の勉強合宿を行う予定だから、それに教師が同伴するという体にすればいい。私の家は一人暮らしだが一軒家だし、寝る部屋を別にすれば問題あるまい」
「おお……っ!」
ヤバい、杉崎が本当に神さまに思える! ありがとう杉崎!
「なお場所代として相沢を抱き枕にさせて貰うが構わんな?」
「構うよっ!? そこが倫理上一番問題じゃねぇか!」
「だがお前、男女別の部屋にすれば結局は美馬と田坂の二人と同じ部屋だぞ? それでは私がお前を助けられんが、いいのか?」
「それはよくにゃい……」
「なら私の抱き枕になるか?」
「それも倫理上よくにゃい……」
「我儘な奴だなぁ」
「倫理は守るためにあるもん……俺正しいもん……!」
と、そこで恭弥が何か思いついたように指を鳴らした。ちなみにコイツが「閃いた」と考える時は「通報した」までは行かずとも厄介な事になる場合が多い
「先生の家に、広い客間のようなものはあるか?」
「あるぞ。総勢二十人位がその部屋で寝泊まり可能だ」
「どんだけデカい家だよ」
「ならばいっそ、他に何人か呼んで、同じ部屋で寝泊まりすればいい。あ、流石に布団は離すとして。そうすれば問題はある程度解消できるのではないか?」
「ふむん、教師同伴である事をいっそ逆手にとって、本格的な勉強合宿にしてしまえばいい、という事か」
「田坂君が裏切った……っ!」
「何を言っている。俺はお前の『武君とお泊り会しない?』という提案に乗っただけだし、この意見でもお前を裏切ってはいないではないか?」
恭弥を引き入れてしまったせいで枝折が計画していた内容が崩れたようだ。これはイケる!
「うん、そうしよう。そうすればみんな仲良くお泊り会ができるじゃないか。いやぁ、枝折と一緒のお泊りは初めてだから楽しみだなぁ」
「え、えへへ、そこまで言われたら、僕もやぶさかではないけれどさぁ……?」
嬉しそうに顔をにやけさせている枝折。コイツを陥落させた事で、お泊り会自体の危険度は百二十パーセントから十パーセント位に減らすことが出来た。
「さてじゃあ誰を呼ぼうかな。三島とか朝田とかにするか?」
「いや、それならば中村と源だな」
「杉崎、亜理紗と源は女子だからな!?」
「流石にわかっている。なに、その部屋は大部屋故に間を襖 で仕切る事が可能でな。もし仮に美馬や田坂がお前の貞操に手を出すような事があれば、すぐに突入できる」
「お、おう……?」
ちょっと想像し辛かったが、あれか。旅館みたいな部屋って感じか。
「しかし私も一人で大部屋に寝るのは寂しいのでな。いっその事女子も呼んでしまえ、と思ったのさ」
「でも、それにしたって男女だろ? 親御さんとか大丈夫かよ」
「私の家でする勉強合宿という事ならば、よっぽどの倫理観でなければ安心するのではないか?」
「まぁ生徒からはともかく親御さんにお前の噂が広がってなければ、の話だけど」
そう言って、杉崎は丁度話をしていた亜理紗と源の元へ行き、何か話をしているようだった。
「楽しそう! 私は大丈夫だけど、源ちゃんは?」
「な、中村さんとお泊り、ですか。楽しそうですが、けれど男子と一緒、です……?」
「襖 一枚とはいえ遮る物がある状態での寝泊まりだ」
「広い家ならば別々の部屋にしてしまえば……」
「相沢のバージンがピンチなのだ。協力してやってくれ」
「ああ……あの二人が」
楽しそうとキャッキャはしゃぐ亜理紗と対照的に、俺の処女がピンチと聞いて源が「貴方も大変です」と同情の目を向けてくれた。どうでもいいけど「相沢のバージンがピンチ」で伝わる源も相当だと思う。
「じゃあ私はお母さんに聞いてみるね、先生!」
「私も、一応両親に話はしてみますが、おそらく大丈夫だと思います」
「というわけだな。では女子諸君も話し合いに参加だ」
ぞろぞろと付いてくる形で亜理紗と源も参戦。源が俺へ小さく耳打つ。
「……美馬君を監視すればいいんです?」
「助かる……! 本当に助かる……っ!」
ちょいと大事にはなったが、それでも現状味方は多い。
「よし、これで男女三人ずつでバランスが良くなった。お泊り会は成功と言ってもいいのではないか、美馬」
「そうだね田坂君死ね」
「美馬!? 俺はそこまで悪い事をしただろうか!?」
若干枝折と恭弥の友情に亀裂は入りそうであるが、まぁ無視しよう。
「で、いつ開催する?」
「あー……男子だけなら今日にでも、と思いましたけど、流石に女子もいるんじゃ日付を開けた方が無難じゃないですかぁ?」
杉崎が問うと、枝折がほとんど雑に受け答え、しかし彼の言い分は最もだったので「そうだな」と杉崎も頷いた。
「では今日が水曜日なので、土曜日に開催、日曜に解散とする。明日までに親御さんへ連絡し、必要ならば私の連絡先を渡してくれ」
その場にいる全員が『はーい』と返事をした上で、今日の所は解散となった。
……ちなみに帰る直前、枝折のバックに「ローション」、「コンドーム」、「浣腸」と、かなりドストレートな所持品が入っていたので、今回杉崎に救援を求めて正解だったと思い知らされた。




