誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。-03
「田坂、仮説を言ってもいいか?」
「うむ、俺もあまりこの手の話題には疎いので、先生に理路整然とした言葉に直してほしいと思う」
「あいわかった。では私が考える推論は、こうだ。
源は小学六年生の頃、少なくとも普遍的な少女だった。趣味趣向はともかくとしてな。
彼女はおそらく、クラス内での交流に積極的とはいかなくても、ある程度参加をする、所謂流され型、波風を立てる事に消極的なタイプの少女だった。
そんな中、クラスの女子は皆、夏休みの告白行事流行に乗っかって、男子へと告白する空気感が出来上がっていた。そして源も恐らく、こうした友達からの、無意識の悪意を振りまかれた。
『源ちゃんも好きな男子に告白しなよ』――みたいな感じにな」
亜理紗が、そこで何かを察したように、先ほどまでの表情を和らげた。そして僅かに落ち込んだようにも見えたが、しかし有果は続けざるを得なかった。
「その頃から源が中村を好きだったとか、そもそも恋愛感情に興味がなかっただとか、他に好きな男子はいたけど先に告白されてしまっていたので告白しづらかっただとか、色々考える事はできる。しかし彼女には告白をしたいと思える男子はいなかった。
しかしそんな事を言ったら『えー、絶対いるってー。この年で好きな男子いないとか異常じゃん!』と言われるに決まってると、源は思い込んだ。
だから源は、同じクラスで特別に友情や親愛を抱いているわけではない相沢を呼び出し、嘘の告白をした」
「……それは、武君が傷つくかも……とか、考えなかったのかな?」
「中村、まず一つ言っておくと、細かな流れはともかくとして、これは私の推論だ。
間違っているかもしれないし、田坂の記憶自体が誤りの可能性がある。この件で源を責める事は絶対にするなよ」
「それは……もちろん」
「しかしその上で、お前の問いに答えるとするならば、二つ考えが浮かぶ。
一つ、源もクラス内で波風を立てぬように必死で、他人の事を考える余裕がなくなっていた可能性があり得る。
小学六年生だぞ、小学生の中では一番大人でも立派な子供だ。
何時でも正しい結論を見つけることができるとは思えないし、何であれば……大人でさえ、時にそういった状況は、間違った決着でも、結論を急ぎたくなるものだ。
さらに一つ、源は相沢に特別な感情は抱いていなくても、奴が聡い男子だと気づいていた可能性がある。
だから告白したとしても、相沢ならば真意を察し、波風を立てぬようにしてくれるやもしれないと期待した……といった所か。
そしておそらく……この二つの考えが、どちらも当てはまったのだろう。
源は波風を立てぬ事に必死で、とにかく早く事を終わらせたかった。そこに余裕はあるまい。
しかし下手をすれば男子と波風を立てなければならない状況も決して好ましくない。だから誰からも告白をされていなくて、一番聡い男子を選んだ。それが相沢だったのだろう。
この場合、源にとって一番波風が立たぬ方法は、相沢にOKを貰った上で、皆の興味が薄れた状況で円満に別れる事。
いつの間にか破局したカップル、その程度の関係にする事だ。
しかし――私には、当時のあいつが、そこまで落ち着いた男の子だとも思えない」
「その通りだ。武は怒ってしまったらしい」
「源ちゃんに?」
「否――そんな空気を作った、無意識の悪意を振りまく、女子全員に対してだ」
「想像に難くないな。アイツなら告白現場の近くで野次馬する女子達へ怒鳴り込んで、説教しそうなものだ。
『誰かが誰かを好きになる事を、祭りにすんじゃねぇ。
その想いを偽らなきゃいけない状況を作り出すような、告白公開処刑なんざ今すぐやめろ』……こんな所かな」
「だろうな。予想はし易い」
そして亜理紗も、その推論が恐らく正しくて――二人の友人が、その様な事件の後に、残る半年以上を同じクラスで、どう過ごしたのだろうかと考えた。
武は夏休みが終わり、二学期となり、女子から嫌われたまま残った小学生の最後を迎えたのだろうか。
源はそんな武の事を気にして、だが周りの空気を読む事にばかり気を取られ、何もできなくなっていたのではないだろうか。
「……じゃあ、二人はどっちも傷ついたまま、今まで過ごしてきてたって事?」
「少なくとも武は、源の事を気にしていた。
嘘の告白してきた源に気を利かせてやれなかったと。
もっといい解決策があったんじゃないかと。
そもそも告白を拒否すれば俺だけが嫌われ、あいつが気に病む事はなかったんじゃないか、とな」
「武君、おかしいよ。そんなの、武君が気にする事じゃないよ!」
「ああ。おそらく相沢は、その事をそほど気にしていないのだろう。時々思い出して悶絶位はしてそうだがな。
だがな、亜理紗。私はそんな奴に一つの格言を贈りたい。
――『誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない』――ドイツの植物生理学者、ヴィルヘルム・フリードリッヒ・ペッファーの格言だ。
奴は恐らく、誰とも争いたくない、誰も傷ついてほしくないという源の想いに気づき、彼女を傷つける者への怒りを胸に、行動したくなったんだろう。
源という優しい少女と、友達になりたかったから」
それが相沢武という少年の持つ魅力だよ、と。
そんな生徒を受け持つことができる教師としての誇りを胸に、有果は亜理紗へと語るのだ。




