誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない。-01
「源、明日一緒に映画観に行かないか?」
とある金曜日の授業終了後、俺――相沢武はそう彼女へ声をかけた。
「……は?」
いきなり何言いだすんだと言わんばかりに表情をしかめているクラスメイトの源由美奈。
「いや、昼休みの時にたまたま聞こえてきたんだけど、亜理紗と話してたろ? 最近やってる映画が気になってるって」
「はい、『死にたくなければ走れ』です」
「俺、あの映画作ってる監督のファンでな。でもB級洋画が好きな奴周りにいないし、興味ない奴誘うのも何かなぁ、って思って、一人で観に行こうかなって思ってたんだよ」
「私もそのつもりだったです」
「でも終わった後に感想とか言いあえるっていいじゃん?」
「そうです」
「一緒に行かないか」
「わかりましたです」
利害の一致ってこういう事だろうな。
俺と源は明日の十二時に、上映館の前で待ち合わせとした。
――なんか恭弥と枝折がこの世の終わりみたいな表情で俺たちの事を見ていたが、それは無視する事にした。
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秋音市には映画館が二つほど存在する。
一つは大型ショッピングモールに併設された映画館で、ビックタイトルや通常の全国ロードショーのタイトルであれば、こちらで見ることができる。施設としてもこっちの方が整ってるし、基本はこっちを使う。
けれど、マイナーなB級映画などは取り扱いが少ないため、今回俺と源が観たい映画は、秋音駅から少々離れた【シネマ座秋音】でしか上映されていない。
なので、俺は十一時四十五分にシネマ座秋音に入り、約束していた源を待つこととした。
しかし、待つ事もなかった。彼女は既にロビーの椅子へ腰かけていたからだ。
「悪い、待たせたか」
「いえ、今来たばかりです」
当たり前だが、彼女は普段の制服姿とは違い、白のワンピースを基本とした爽やかな恰好であった。眼鏡も普段の黒ではなく銀色のフレームで、めかし込んでると言ってもいいのではないだろうか。
「次の上映って」
「十三時十分上映回がありますです」
「じゃあ先にチケット買って、飯でも食いに行くか。奢るぞ」
「え、いえ。自分で出しますです」
「罪滅ぼしさせてくれ。今日は全部出すって決めて出てきたんだから」
「……先日の暴露、まだ気にしているのです?」
「お前が気にしてなくても俺が気にしてんの。これで心を軽やかにしたいんだから、大人しく奢られてくれ」
「もう……分かりましたです。精いっぱい奢られますです」
話が早くて助かる。
それに、最近は杉崎だったり枝折だったりで扱いが面倒な奴も多いし、同じツッコミ気質のコイツと仲を深めたいと思っているのが本音であった。
「何食いたい?」
「その、笑わないと約束してほしいです」
「内容による」
「近くにパンケーキが美味しいカフェがあるらしいのです。行こう行こうと思っていたのですが、機会が無くて」
「何だよ別に変じゃねぇじゃん。じゃあそこ行こうぜ」
道案内をしてもらう為、わずかに彼女が先行して歩くものの、隣にいない理由もない。
俺は彼女と距離をとる事もなく、同じ歩幅で歩き始めた。
**
「……なぜ私がこんな事に付き合わねばならんのだ」
杉崎有果は、小さなため息を溢すと周りの三人に視線をよこす。
「むう、あれは近すぎないか。源め、武に興味ないと言いつつ、しっかりと親友ポジションを奪いに来たではないか……!」
「親友ならいいじゃん。でも確かに近い。武君の匂い嗅げるもの。あー今手がちょっと当たったのに二人とも気にしてないし、もう相当距離詰めてない? 処す? 処す?」
「……」
武の親友を名乗っている田坂恭弥と、彼への性欲溢れるゴリラである美馬枝折、そして中村亜理紗だ。
恭弥と枝折は非常にわかりやすく嫉妬をしているが、亜理紗は何だか複雑そうだ。
友達同士が仲良くしていて嬉しいと思いつつも、しかし自分のいないところで仲睦まじく遊んでいるという疎外感もあるのだろうか。
「そんなに気になるのならば、合流すればいいのではないか?」
先日二人の約束を聞いていた恭弥が有果へと協力願いを出し、枝折がそれに便乗した形で今回の監視 (ストーカーともいう)が始まったのだが、彼女自身はそほど興味がなかった。
否、興味がないというのは語弊がある。
正確に記すればクラスメイト同士仲良く親睦を深めているという事は好ましいので静観するべきだと考えている、が正しい。
が、それによってストーカー紛いな現状があるのはよろしくないので、偶然を装って合流し、五人で遊べばいいという提案だ。
「えっと、それは、やめてあげて欲しいな、先生」
「む、中村が止めるとは珍しいな。こういう時は真っ先に声をかけにいきそうなのに」
「えっとね……武君と源ちゃんは、普段あんまりお話しする方じゃないでしょ? だから今、仲良しの所に割って入るのは、よくないかなって」
「相沢はともかく源は交友関係に乏しいからな」
「小六の時はそうでもなかったがな」
恭弥が過去を思い出すように発言する。確かに恭弥は武と小学一年生の頃から同じクラスの腐れ縁で、由美奈とは小学六年生の頃に同じクラスになっている。
「小六の頃の源はどんな女子だったのだ?」
「そこまで大きく変わっているわけではないが、クラスメイトの女子とは仲が良かったと記憶している。
男子とはあまり話さなかったが、まあ小学校高学年が異性とあまり話さないのは誰でもそのようなものなのだろう? よく知らんが」
「お前が異性やらを語ると何とも違和感があるが――つまり奴は交友関係自体は良好な方であった、という事か?」
「そうだな。特にケンカやイジメ等の話も聞いていないから、中学に上がる際に何かきっかけがあって変わったのではないか?」
「心の戸惑い……か?」
源由美奈は、真里菜へ特別な感情を抱いてしまった事に、自分自身戸惑いと自己嫌悪を隠せていなかった。
故に彼女は同性と交流を持つ事に抵抗を感じているのかもしれないし、それが無いにしたって、彼女は休憩時間中クラス内にいる事が珍しいと聞く。
自然と仲良く話せる友人が少なくなるという状況に至ってしまっても不思議ではない。
「……そうだな。それならば、現状維持で監視を続けよう」
「やっとボクの愛と田坂君の友情を感じてくれたんですね先生!」
「お前達二人の監視という意味だが」
これでいいか、と亜理紗へ問う様に視線を送る有果。そんな彼女の視線に頷きつつも、しかし未だに複雑そうな表情を変える事はなかった。




